5.狐が頭から齧る夢をみました
自分が代わりに死んでもいいとまで思わないけど、優しくしてくれた奥様が酷い目に遭うのは嫌だ。私は捕まってもすぐ殺されないと思う。だから!
覚悟を決めて立った私の両手は奥様を隠すには短くて、すごく悔しかった。強く大きくなれたらいいのに。せめて成人だった姿でここにいれば、奥様は守れたかも。アランさんが向こうの敵を倒して奥様に駆け寄る時間は、稼げたんじゃないかな。
「あらぁ、勇敢だわ。ますます好きになっちゃう」
思わぬ甘い声に振り返った私は、敵から目を離すという最悪の結果を招いている。だけど……この状況をどう理解したらいいのか。もう頭がパンクしそう、じゃなくて脳内は完全に飽和していた。情報量が多すぎる。
「ば、化け物っ!!」
叫んだ男の言葉も無理はない。私の知る奥様は、奥様じゃなかった。いや、奥様なのかな?
巨大な狐……それも尻尾がもっさもさ生えてる。私が動物園で見た狐は尻尾が1本だったけど、少なくとも片手以上の本数がありそう。そんな巨大狐が、奥様がいた場所でにたりと笑った。
黒豹みたいなアランさんより、さらに大きい。アランさんだって馬車より大きいのに、一回りは大きかった。呆然と見上げる私を跨いで、狐が盗賊の頭を噛んだ。ぼりっと硬い音がして、首が消える。口を動かして煎餅を食べるような音をさせる狐と、首無しの体を交互に見つめて。
ふらりと傾く。あ、よかった。気を失えるんだ。どうせ死ぬなら、痛くないように食べてください。両手のひらを合わせ、冥福を祈りながら倒れた。
「サラちゃん、起きて。ご飯を食べた方がいいわ」
あれ? 私は寝てたのかな。抱き起こす奥様のお胸が頭の上に載ってる。幸せな重さだ。幼女になる前の私は、ごく普通のバストサイズだった。いわゆる中の中。Cカップくらいね。奥様は……想像ではXYZって感じ。もう振り切ってる。
大きすぎると垂れると聞いたけど、奥様の場合は重力がおかしいんだと思う。形もいいし、実際のところ何サイズかな。胸の重みを頭で感じながら、今度は顔を胸に押し付けられた。
「死因、窒息でいいや」
よく分からない感想が口からこぼれた。
「大丈夫? 盗賊を倒したら寝てるんだもの、心配したわよ」
おほほと上品に笑う奥様は、狐じゃない。獣耳もないし、尻尾もなかった。それを確認してほっとする。
「盗賊のせいで、街まで間に合いませんでしたから。今夜は野営です」
ぐるりと見回すと、もう空は暗かった。そういえば月がない。新月かな。真っ暗じゃなく、ほんのり物の影が見える程度だ。だから奥様やアランさんの表情もよく分からない。と、突然明るくなった。
「ここはサラちゃんには暗いのね」
奥様はほわりと笑う。私も笑い返そうとして、顔が引き攣った。奥様、手が燃えてます!
「奥様、手が燃えてる! なんか青白いけど、燃えてる!!」
水を探すけど、見当たらなくて。パニックになりながら、着せてもらった上着を手に被せた。テレビで観た火事の消火方法に、空気を遮断する方法がある。手を覆ったのに、光は消えなかった。
「あらあら。これは狐火だから安全なのよ」
狐火って、妖怪の周りで燃えてるアレ? 知識がなくてごめんなさい。つまり、あの大きな狐は奥様で合ってる!?