49.匂いを嗅いでしまう聖獣達
面倒ごとは大嫌いと宣言し、ランタンを持つ左手をそのままに右手で錠前を指さした。高圧縮の水が細く打ち出され、錠前の中をぐちゃぐちゃに破壊する。がこんと音を立てて落ちた錠を蹴飛ばし、扉を開いた。
かび臭い室内は、真っ暗だ。窓がない地下なら当然で、二人は気に留めた様子はない。中に踏み込むと宝石類を纏めて一か所に集めた。
「これらは詫び金として、国民に還元すべき財産ですね。ああ、このブローチはサラに似合いそうです。よく覚えて、似た物を作らせましょう」
ここで持ち帰って与えることはない。あの薄汚い王族の持ち物を、サラの肌に触れさせる気はなかった。考えるだけでもぞっとする。似たデザインで、もっと高品質の宝石を使い、あの銀髪に映える豪華なブローチを贈ろう。アランは機嫌よく宝石を山積みにした。
回収すると明言して、まとめて転送する。それから奥の棚にあったリュックを手に取った。新品ではなく、どちらかと言えばくたびれた部類だ。目立つオレンジのリュックは、緊急時を想定してサラが選んだ色だった。
山歩きが趣味だった前世界のサラに思いを馳せ、アランはリュックを抱き締める。今のサラとは違う匂いは、なぜか切なくなった。
「僕も!」
アピールするエルに渡す。大切そうに顔を近づけ、ふふっと笑う。
「匂いが今と違うね」
「大人だった頃のサラだからでしょうか」
ほかに残された家具や壺、絵画はそのまま放置した。城に乱入する民がどう処分しても彼らの自由だ。貴金属は偏って配分されないよう、すべての民に行き渡る配慮をする必要がある。しかし芸術品や家具は別だった。
それぞれに国や領地を治める聖獣にとって、芸術家は保護すべき対象だ。しかし芸術品は時代の流れに任せてきた。滅びた国の王宮で焼失しても、災害で水没しても、人の世界の流れに付随する物という認識は変わらない。
「引き上げましょう……っと、あなたはどうしましょうか」
「森へ送ったら?」
くーんと鼻を鳴らす狼は、王族への復讐を選んだ。だが手を出すのは夜と決めている。抜け駆けしたら、アゼスが怒るだろう。考えたのは短い時間で、すぐに決断した。
「一度エルの邸宅に連れ帰り、ご飯を食べさせるのはどうですか。復讐は夜です」
獣に対しても口調の変わらないアランへ、狼は伏せて視線を低くした。上目遣いで目を輝かせ、鼻を鳴らす。了承を伝えた黒狼を連れて、聖獣達はかび臭い地下から撤収した。もちろん、目当てのリュックを大切に抱き締めて。




