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48.宝物庫には番犬が付き物ですが

 唸り声は怒りや激痛へのいら立ちが混じっている。目を細めて前方を確認した二人だが、先に口を開いたのはエルだった。


「なんて……ひどいことを」


 黒い狼だった。全身に食い込んだ鉄製の棘、首輪の中にも仕込まれているのだろう。黒い毛皮は血でしっとり濡れていた。一部は壊死して落ちた毛皮が禿げ、下の肉が露出している。番犬のつもりか、長い鎖に繋がれた狼は牙を剥いて威嚇する。


「助かるかな」


「助けない選択はないですね。少なくとも、彼は死ぬ前に己の牙と爪で、復讐する権利があります」


 その口調は軽いが、声に滲んだ怒りは隠せなかった。アランはすたすたと近づき、噛みつこうとする狼を避ける。右手の爪を長く伸ばし、革の首輪を切り裂いた。驚いた顔で止まった狼は、不思議そうな顔をする。それから気づいたのか、慌てて数歩下がった。


 後ろ足を傷つけられた狼が痛みに顔を歪める。


「治すのは私よりアゼスの方が得意ですが……まあ、何とかなるでしょう」


 治癒に関する能力は、大地の持つ権能だ。傷ついた狼は大人しく伏せた。汚れた地に伏せる狼の傷が癒え、血が止まる。禿げた毛皮が戻り、綺麗に塞がった。くーんと鼻を鳴らす狼の眉間から鼻先まで撫で、アランは後ろを振り返る。


「エル、出番です」


「浄化だね」


 血で固まった毛皮も、汚物が散乱した足元も纏めて浄化していく。ふわっと豊かな毛皮が狼を覆った。冬毛のままらしい。アランが風を使って毛皮を手入れして、狼に話しかけた。


「復讐するなら付いて来なさい。そうでなければ、森に帰って構いません」


 狼はすぐについていく選択をした。その尻尾は大きく左右に振られ、どう見ても毛並みのいい巨大犬だ。じっと見つめた後、ぼそっと呟いた。


「エルの毛皮より柔らかいかも知れませんね」


「犬枠を取られるリディが泣くんじゃない?」


 ほぼ同時に自分の地位を保全する発言をした二人は吹き出し、奥へ向かって歩き出した。荷物は宝物庫に隠されており、その番犬は手懐けた。もう遮るものはない。


 歩く道がじめじめと濡れており、アランは右側に流れる川に目を止めた。王宮は必ず脱出路を確保して作られる。ここが下水なら分かるが、宝物庫がある地下に下水を通したりしないだろう。飲み水を井戸で確保する王宮に川は不要だ。ならば……これは脱出のための手段になる。


「エル」


「はいはい。熊使いの荒い奴」


 言葉は嫌そうなのに、口角は上がっていた。敵の脱出路となれば、当然枯らすのが正しいよね。追い詰められて駆け込み、使えない川に絶望する姿を想像するだけで嬉しくなる。


「氾濫させても面白いけど、宝物庫が水没しちゃう」


 自分達が溺れる心配はしない。聖獣は、その程度の自然災害で影響を受けることはなかった。楽しそうなエルは、ぱちんと指を鳴らして氷を作り、内側に炎を揺らす。ランタン代わりの魔法を使い、目の前に見えた扉の錠前を覗き込んだ。複雑な造りににやりと笑う。


「僕ね、面倒は嫌いなの」

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