47.愚かな王と愚鈍な臣下、無知な民
ケイトウ国の正式名称は、ケイトウ=ヒユ聖王国である。聖の文字が入っているのは、数代続けて聖女を輩出した過去の実績だった。誇るべきはそこだけ、特筆する名産品もなければ有能な人材も生んでいない。過去の栄光に縋るだけの国だった。
聖女召喚に踏み切ったのは、現国王の不人気が原因だ。民の間に不満が蓄積し、爆発しそうな怒りを逸らすための手だった。外交でも失敗が続き、現時点で貿易都市バーベナを経由しない取引は行われていない。北の山脈から吹き下ろす冷たい風で、農作物の不作が続いた。
西をバーベナと接するケイトウにとって、東から南へかけて広がる平地は喉から手が出るほど欲しい土地だ。国の士気が高ければ、接する小国に対して戦を仕掛けただろう。しかしそれほどの才覚も覇気もない。誰かが何とかしてくれるはず、そんな他力本願な国王が縋ったのは……王国の過去の栄光だった。
召喚術に関し、先祖は豊かな知識と経験を残した。手順を記した書物であり、塔の魔法陣であり、贄の基準だ。城に仕える召喚師に大切な秘術書を渡し、塔の魔法陣を使わせ、贄をケチった。
魔力を大量に使用する記載があるが、一人二人で補える量ではない。他国から魔力の豊富な者を呼び寄せるなら、まだ成功率は高かったはず。だがその費用を捻出せず、他国の者に頭を下げて頼むことを嫌がった。聖女を輩出し続けた王国のプライドは、悪い方へ循環していく。
愚かな国王を戴いた民は運が悪い。きつい言い方をすれば、彼らにも責任があった。あまりに杜撰な都市計画や国の運営状況を監査せず、放置した貴族。甘い汁を吸うだけの貴族は、足元の疲弊を無視した。増えていく税の負担にあえぐ民も、蜂起せず諦めた。
すべてが悪い方向へ回り続ける歯車がかみ合い、異世界の罪なき女性が犠牲になる。それが許される世の中であってはならない。
「人がいないね」
忍び込んだエルは、軍服に似た服の襟を緩めながらぼやく。紛れ込むためにケイトウの貴族服を着用したのに、誰もいないのなら熊姿でもよかったじゃないか。そんな本音がちらり。首を締め付けるホックをすべて外してしまった。学ランを着崩す不良少年のようだ。
「さっさと回収しましょう。その先を右に曲がって、2つ目を左、15歩で右の壁を叩くと隠し扉です」
「面倒くさっ」
文句は口をつくが、言われた通り歩いて壁を叩いた。しかし隠し扉が現れない。ムッとした顔で振り返った。
「情報が間違ってる!」
「いいえ、申し訳ないことをしましたね。大人の歩幅で、と付け加えるのを忘れました」
遠回しに足が短いと言われ、隣をすっと歩くアランが3歩半ほど先で立ち止まった。右の壁を叩くと、ゆらりと開く。
「情報ってのは、誰が使っても分かるように距離を正確に示すもんだけど」
先ほどの仕返しに、距離を単位で示すべきだとやり返した。仲が悪いのかと言えば、そのようなことはない。足元が滑りますと注意するアランは、エルが滑ったら手を貸せるように準備していた。暗闇に下りていく。夜目が利く聖獣達は、聞こえた呻き声と獣の気配に眉を寄せた。
「気を付けて、何かいます」