37.執事じゃなかったアラン
金魚のヒレか尻尾みたい。長い裾は、最初からそのために追加された形状だった。足の先が見えないように窄まってるの。靴のつま先も見えない。遅いお昼を食べて着替えている間に、外は暗くなっていた。この世界も夜は暗い。同じ空の色でよかった。
なんとなく安心できる。リディに抱っこされて移動した先で、アランがぱりっとした洋装で立っていた。結婚式に参加する人の恰好が近い。高そうなスーツ、執事服みたいな感じ?
「ふふっ、執事ですって」
「そういえば肩書きを名乗っていませんでしたね。これでも大公で、小さな国の当主です」
上から下までじっくり眺めて、こてりと首を傾げる。皇帝陛下と皇后陛下、自治領の領主に大公閣下? 聖獣って、肩書が別にあるんだね。聖獣なだけで国から保護されたり、加護を与える存在だと思ってた。ラノベと現実は違う。
「でもリディのこと奥様って! それにアゼスも旦那様と呼んでたじゃん。閣下なのにおかしい」
「ええ、先日賭けに負けて旅の間はお付き合いしていましたが……閣下なんて表現、よくご存じでしたね」
偉いですと頭を撫でたアランが、リディの腕から私を抱き上げる。身長差を利用して奪った形に近いけど、不安定さはなかった。柔らかなお胸もいいけど、がっちりした腕の安定感も捨てがたい。居心地いいな。
「可愛い!」
「本当ですね、とても素敵なレディです。サラ」
エルとアランが口々に褒めてくれる。ドレスのここが似合うとか、僕ならこっちを選ぶとか。お飾りにも詳しいのは、二人がお金持ちだから? 私はまったく分からない。
「僕も抱っこさせて!」
ぴょんと飛び上がるエルが訴える。小柄なんだけど、これで聖獣としては熊……うーん、異世界の設計ミスなのか、この世界で熊は小さい動物なのか。
「チビじゃないぞ! 大きくなってやる!!」
「やめてよ、夜会で熊姿なんて」
ぴしゃんとリディが叱る。しょんぼりしたエルに悪いことをしてしまった。ぽんぽんとアランの腕を叩く。下ろしてくれない?
「サラの平等で優しいところは評価しますが、今のドレスでエルが抱っこするのは無理です。今夜は諦めてください。代わりに夜一緒に眠るのはどうでしょう」
リディやアゼスは嫉妬を全面に出すし、独占欲が凄い。でもアランはそうでもない。いつも私の考えを優先して先回りしてくれた。エルは……やんちゃな兄が近いかも。ふふっと笑ったら、皆も笑顔になった。
夜会の開かれる広間は、もう貴族が集まっているらしい。ざわざわと聞こえる室内の音がさざ波に似ていた。ずっと聞いてると眠くなりそう。
「待たせたな、リディ。これは! サラのなんと愛らしいことか。画家を呼んで肖像画を描かせよう」
後ろから現れたアゼスは、マント付き軍服だった。軍服じゃないかもしれないけど、これが帝国の皇族服なのかな? エルは良いところのお坊ちゃんって感じだし。4人とも印象が全然違うよね。
「さあ、私達の可愛い主人の初夜会よ。気合を入れなさい」
おう! 呼応する彼らに私も一緒に拳を突き上げた。気合い入れていこう!