32.ようこそ、聖獣帝国サルビアへ
自称パパのアゼスの背中に乗る。といっても、リディに抱っこされてた。自力で登れないんだよね。手足が短いから大変で、すぐに彼女に回収された。乗ってみると巨大鷲の背中は広い。何より、羽毛が柔らかいのが驚きだった。
「うわぁ、ふわふわだ」
手をついても羽毛の底に触れない。すっごい深さ! 柔らかいし温かい羽毛に包まれて、ぺたんと座ったら顔が出なかった。やばい、これは生きた羽毛布団じゃん。絶対に寝る。
「寝ても良いぞ、リディが支えるゆえ」
「そうよ、寝てていいわよ」
リディはひらっと左手を振って、何かを取り出した。革製のそれを、アゼスが器用に首にかける。と、掴む場所ができた。いわゆる手綱みたいな感じだ。リディはその革へ器用に体を預けて座り、私を膝に乗せた。左右を羽毛で覆われて、後ろには柔らかいお胸様。ここが天国か。
「ふふっ、サラちゃんは本当に可愛いわ。都で自慢しなくちゃ」
皇后陛下に自慢されるような娘ではありませんよ。心の中で遠回しに断っておく。連れ回されて、ペットのように自慢されるのは辛い。主に体力面でだけど。
足を動かそうとしたら、長すぎる裾を踏んだ。これ、デザインミス? まったく、もう! 手で裾を引っ張り上げて、足を抱え込む形になった。体育館座りって呼んでたけど、正式名称あるのかな?
「さて参るぞ」
準備ができたと思ったみたい。アゼスがふわりと浮いた。鳥が羽ばたいて空へ向かうのと違い、ホバリングで上昇するヘリだった。垂直に移動してから羽ばたくと、一気に加速する。物理の法則は、異世界の魔力やら聖獣の能力に負けた。もしかしたらニュートンの法則もおかしいかも。
垂直離陸で高速ジェット、アゼスは有能な戦闘機っぽい動きで加速し続ける。でも正面から吹いてくる風は、微風程度だった。
「風は遮ってるわ。じゃないと飛ばされちゃうもの」
さすがのリディでも飛ばされるのか。間違いなく、私は出発地点にそのまま落下だね。風を遮る魔法? も後で教えてもらおう。異世界に来て魔法があれば、当然習うよね。しかも魔力あるみたいだし。
わくわくする私は、徐々に余裕が出てきた。周りを見回して、その高さに驚く。ジェット機ほどじゃないけど、ヘリくらいかな? 下を人が歩いてたら辛うじて分かる。スカイツリーくらい? 上がったことないけど、たぶん。
それより驚いたのは、速さだった。あっという間に景色が流れていく。真横を見たら横線がいっぱいな感じ。加速Gを感じないから、お胸様に押しつけられることはなかった。でも、代わりにリディに抱き締められて、後頭部が二つの山に埋もれる。うん、柔らかい。
「ほら、もう見えてきたわ」
リディが指差す先は、正面よりやや左側。太陽を背に飛ぶアゼスが左へ旋回した。見えてきたのは大きな円形の都市だ。外側に塀はない。異世界の都市は皆、塀があるかと思ってた。
外側は緑の円だから、きっと畑だと思う。その内側にある青い輪は水? 川かな。今度は小さな家がいっぱい並ぶエリアがあって、ここの屋根はすべてオレンジ色で壁が白い。そこでまた青い川の輪があって、内側に青い屋根の大きな屋敷が並んでいた。ど真ん中は持ち上がった城壁が白くて、屋根は真紅。色分けが華やかで目を奪われた。
「綺麗でしょう? ようこそ、聖獣帝国サルビアへ。ここがあなたのお家よ」
リディの言葉を心の中で繰り返す――聖獣帝国サルビア。とっても綺麗な都、ここが今日から私のお家になるの?
「降下するぞ」
アゼスの声が聞こえて、角度が変わった。城壁へ向かって真っ直ぐ突っ込むアゼスは止まらない。減速しようとしない彼の背中で羽毛を握って引っ張り叫んだ。
「ぶつかるぅう!!」