19.滅びはスキップで駆け込むもの
隣国からの通達に、王家は慌てふためいた。ケイトウ国は食糧の半分近くを輸入に頼っている。穀物も肉類もすべてだ。唯一手元で自給できているのは、運搬中に傷みやすい野菜だけだった。
「備蓄でどのくらい持ち堪えられるか」
国王の呟きに、宰相は首を横に振った。
「無理です。今月いっぱいでしょう。何より、この輸入禁止措置が、貿易中立都市バーベナによって発令されたことが問題です」
呻く国王は不思議そうな顔をする。外交関係を大臣や宰相に任せてきたため、理解できないのだ。近隣諸国で危険なのは、聖獣により統治されたサルビア帝国のみ。そう認識していた。だが、それは軍事面だけの話だ。
ケイトウ国は北を大きな山脈に塞がれた小国だ。東から南にかけて帝国とその属国に接し、西は貿易都市バーベナと繋がっている。西がダメなら、帝国の配下にある属国経由で仕入れればいいではないか。
どの都市や国も、直接触れ合っていない土地であっても、どこかを経由して取引が出来るはず。その主張に、宰相は眉を寄せた。この程度の世界情勢も理解せず、この男は安穏と国王の座にいたのか。そんな王を担いでいた自分の愚かさも呪いたくなった。
「貿易中立都市であるバーベナは、帝国によって庇護されている。その独立権も商売に関する采配も、です。つまり帝国の財布と言ってもいい。そのバーベナが我々を切り捨てたなら、帝国も同様。属国は言うに及ばずです」
資源も人材も乏しいこの国は、その環境故に聖女を求めた。自分達が努力して開拓する道より、簡単な方法を選んだのだ。そして失敗した。
「ならばバーベナを攻めればいい」
攻め落として勝利すれば、食糧も土地も金もすべてが手に入る。短絡的に国王が発した言葉に、宰相は辞職を決めた。もう無理だ。このバカを担いで、一緒に倒れる気はない。どこぞの国へ逃れて、貯めた財産で細々と暮らそう。そもそも聖女召喚だって、予算が組めないから無理だと反対したのに。
ぶつぶつと口の中で文句を転がした宰相だが、声に出したのは別の言葉だった。
「どうぞご自由に」
滅びるなら一人で行け。本音を滲ませた声色は正直だった。ひどく冷たく響いた声に国王は不機嫌になる。無礼だのと騒ぐ国王を置いて、宰相は踵を返した。
民の間ですでに噂が広まっている。おそらくバーベナの領主が、最後の温情を掛けたのだろう。聖女を傷つけたケイトウ王国を、聖獣は許さない――その宣言とともに、今後は食糧が入らなくなることも公開された。
搾取され従うことに慣れた国民も、我慢の限界だ。暴動が起きて城が落ちるのと、この国が飢え死にするのは、どちらが早いか。宰相は足早に屋敷へ戻り、使用人に暇を出した。たっぷりと退職金を弾み、金貨や宝石類をすべてかき集めて国から出奔する。一週間後には事情を察した文官がごっそり逃げ出し、騎士団は丸ごと隣の小国に引き抜かれた。
さらに数日後、情報を得た貴族や城の使用人も一人、また一人と行方を晦ます。誰も守らなくなった城は、革命を叫ぶ国民により破壊された。国王を含め籠城した者は捕まった時には気が触れていたとか。それは取引停止から、ちょうど一ヶ月後の出来事だった。
城が落ちる前夜、中から悲鳴と助命の叫びが聞こえたらしいが、真偽の程は明らかにされていない。




