17.お母様と呼んでみたら照れる
この世界に来て、あまり街を見ていなかった。だから中世ヨーロッパっぽい発展途上の世界と決めつけてて……まさか、こんな大きな店があるなんて!
記憶にあるスーパーを通り越し、デパートだった。建物は4階まである。でーんと立ちはだかるレンガの壁が見事だった。これは凄い。緊張しながらリディと手を繋ぐ。アランがさっと抱いて下ろしてくれた。馬車を残して、3人で中に進む。
「奥様、個室での対応が可能とのことです」
店に入るなり、アランさんが何か交渉した。店の入り口に強面のおじさんが立ってるんだよ。用心棒みたいなの? それとも別の役目があるのかな。
「なら個室を押さえてちょうだい」
簡単そうに頭の上で話が進む。きょろきょろ左右を確認した私に、リディがにっこり笑った。
「お部屋に服を運んでもらいましょうね」
「え? 見て回らないの?」
お互いにきょとんとした顔で見つめ合い、リディは私を抱き上げた。顔を近づけて、見て回りたいかと尋ねる。だから頷いた。いろいろあるし、見たことない物も並んでる。異世界のデパートに興味があった。
「お久しぶりでございます、オルドリッジ夫人」
「この子の服が欲しいの。どのあたりにあるかしら」
「個室に運ばせましょう」
うーん、貴族の買い物って個室に運ばせるスタイルなの? 庶民だったからよく分からないや。リディは奥様だし、きっとお金持ちでいつも運んでもらうんだよね。お店を歩き回るなんて、よくないのかな。
「サラ様、お気になさらず。店を見たいのでしたら、僕が」
「私が抱いて行くから問題ないわ」
人前だと、アランは私を「サラ様」と呼ぶ。奥様の養女になってるせいみたい。再び大岡裁きが出そうになったけど、アランが肩を竦めて引いた。これも立場の差? 難しいな。後でよく教えてもらおう。
「さあ、行くわよ。まずは外出着、それから室内着と下着、外套などの上着も必要ね。靴も可愛いのが欲しいけど、あったかしら」
「リディ」
呼んでから慌てて口を手で押さえる。もしかして「奥様」と呼ぶべきだった? 慌ててリディの顔を見上げると、心の中で声が響いた。ママがいいと言われたけど、ちょっとハードルが高い。過去も「お母さん」だったし。それならお母様はどう? と聞かれて唇を湿らせる。緊張するなぁ。
「おか、あさま」
嬉しそうにリディが「なぁに?」と尋ねる。その笑顔が本当に幸せそうで、私も嬉しくなった。でも恥ずかしさもあって、照れちゃう。
「あのね。自分で触って選んでもいい?」
手触り重視で行こうと思ったんだけど、リディはもちろんと頷いた。さっき話しかけてきた店の偉い人っぽいおじさんに付いて、店内を見て回る。ワンピースやドレスが多いけど、普段着に使えそうな服もあった。それに下着や靴、帽子、バッグに至るまで。なんでも揃ってる。
「こちらは一点物でして、ぜひオルドリッジ家のお嬢様に身に付けていただきたい」
店のおじさんお勧めは、キラキラしたドレスだった。お値段の桁が多い。数字じゃないから読めないけど、他の札は3桁や4桁なのに、これだけ6桁もある。要らない。首を横に振った。
「やだ」
「本当にいらないの? きっと似合うわよ」
その分他のお洋服を買った方がいい。庶民は高価な服に慣れてないし、そもそも子ども服って長く着ないから。成長期だと1年も着られないじゃない。心の中なら店の人に聞こえないので、遠慮なく理由を並べた。残念そうにしながら、リディが諦める。
ところであの服に使ってる、きらきらは何だろう?
「あれ? 宝石の粉よ」
……宝石の粉? 桁違いの値段に納得し、同時に絶対いらないと心の中で改めて叫んだ。