オブジェクト1:忘れられた「モノ」②
また見てくださった方、ありがとうございます。
金属製の門扉には真鍮製の南京錠がかけられていたが軽く門扉を開けるとあっけなく留め具が引きちぎられてしまった。
これは立派な不法侵入だが、まあ、こんなところ誰かが来るはずもなく、警備のドローンも飛んでこない、そもそも電線が切断されており、建物自体に通電もされていない。
この地域は都市部の外縁部とはいえ、人はほぼ住んでいないそうだ、いたとしても山のふもとの町にいくらかいる程度だ。
錆びついて動きが悪い門扉を体の振動で何度か大きく押し広げ、自分の両肩が収まるまでこじ開けてロビンが通れることを確認したのち鈴木はポンプ場の敷地内に自身の身の丈と変わらないほどにうっそうと茂る藪に分け入り、ロビンもものカメラを高々に伸ばしてそれに追随した。
こういった建物は浸水対策のために出入り口が1m以上かさ上げされているため、うっそうと茂る藪の中でも出口が見えやすい、なのでそう迷うことなく玄関までたどり着いた。
玄関扉は分厚いアルミフレームの付いた金網ガラスの扉がついていた。
「セキュリティーはついているみたいだが…」
鈴木は扉の端に張られた警備会社のステッカーを見上げたが構わず扉に手をかけて揺さぶり始めた。しかし扉はびくともしない。
「仕方ない…」
門扉のように壊れなかったことに鈴木は嘆息をつくとリュックからペンチと窓ガラス粉砕用のハンマーを取り出し、何の躊躇もなく扉の金網ガラスを叩き割ったガラスはあっさりと割れ中の針金が露出する、鈴木はそれを手の入る程度の穴があくまでペンチで針金を切断して行き、その後防塵手袋をつけて内側から扉の鍵を開けた。
実は金網ガラスは火災時の飛散防止の意味合いが強く防犯目的ではあまり意味がないことで有名である、おまけにガラスの中に針金が入っているためにかえって割れやすく、また中の針金が錆びて膨張しているとさらに脆くなってしまう。
「よし、入ろう。」
鈴木は再び扉に手をかけるが扉が錆びついているか、建付けが悪いかでやはりあくことはなかった。
「…扉のフレームにゆがみを検知しました、解放には枠自体を取り外す必要があります、改修業者に連絡を取りますか?…」
「できるわけないだろ、ポンコツ」
すると今度はザイルをリュックから取り出してノブに縛り付け、それをロビンに繋げてた。
「ロビン、俺が「引け」と言う度に一回引け」
「…わかりました…」
ロビンは扉とつながられたザイルがしっかり張るまで距離を取って位置についた、鈴木も同じザイルを手に持ち同じく距離を取る。
そうしてロビンに合図を送る。
「よし、引け!」
鈴木の合図とともにロビンが胴体を大きく振ってザイルを引く、鈴木もそれに合わせてザイルを引いた。扉は軋みを上げながらわずかに動く。
「そら、引け!もう一回、引け!」
鈴木はロビンに声をかけて何度もザイルを引く、扉はそのたびに徐々に開いていった。
鈴木が通れるまで扉を開くと懐中電灯をつけて中へと入っていった。
「これで業者は必要ないな」
「…そのようです…」
扉を開けて中に入るが、セキュリティーのランプも、警報を発することもなかった。
「やっぱり、電源を切られて長いから、警報装置の予備バッテリの電荷も飛んでる、そもそも警備会社との契約が履行されているかも怪しいな」
ポンプ場の中には短い廊下があって、壁際に4つの扉があった、鈴木は順当に扉を開いていく、まず給湯室、次に便所、と続き、次の扉を開いた、すると刺すような腐乱臭が鼻を刺激した。すると突然ロビンからサイレンが鳴った。
「…警報、警報、基準値を超える硫化水素を検知しました。直ちに扉を閉めてください…」
「うお、危ない!」
鈴木は急いで扉を閉める。
どうやら共用をやめてからも汚水が汲み上げ槽内に流れ込んでいるようだ、よく見れば今閉めた扉もドア枠との隙間から硫化水素が漏れ出ているのかそこから錆がにじみ出ていた。
鈴木は扉を閉め気を取り直して次の扉に手をかける、扉を開くとそこは机と棚が並べられた部屋があった。
「ビンゴ、やっぱり集会所として使われていたか。」
こうした施設は稼働時でも人がいることは珍しい、何か問題が発生したときに職員が詰めることがあるぐらいだ。
しかし、公共建築物、しかもライフライン用の施設だけあって丈夫である。そのためある程度の大きさにあると災害拠点としての能力を付与される施設がある、それと同時にこうして公民館のようにして一部が解放されていたりするのだ。
公民館などの施設は財政に余裕のある自治体が作るもので、財政難の市町村にはそういった施設を増やす余裕がない、それに昔の役所では行政関連の紙媒体書類が倉庫を圧迫するので、世俗的なものを置く余裕がない。
そのためこのような施設の空きスペースを有効利用しない手はないわけである。
するとこのようなところには書籍や貴重な郷土資料が眠っていることがある。
「どれどれー…ポンプ場の設計図に、積算書…微妙だな、設計検討書これはまあまあかな」
「…需要が少ないと推測されます…」
「いうな、重いだけとか言うな」
鈴木はなおも本棚を物色するすると一冊の本を手に取った、表装は堅い厚紙で綴じらていて、タイトルは年度のみであった。
「タイトルからして70年ぐらい前ものか」
「…年号が記載されている時代の資料は貴重です。また、正確には75年前です…」
「そもそも今からしたら年暦を二つ併用していた頃があったほうが信じられないな、今じゃ形骸化して今の年度を年号付きでいえる人間はまれだよ」
鈴木は本を開く、中はアルバムであった、写真の下にはタイトルが添えられており縁日の慰労会の写真や出陣式と書かれた男たちが神輿を背にして移っている写真などがあった。
「郷土資料というには弱いか?」
「…歴史的重要性は感じません…」
「だめだよな、まあ、とりあえず持っていこうか」
鈴木はロビンの左右につけたカバンに見つけた本や書類を詰め込み今いる部屋のさらに奥を見た、部屋の奥にはまだ扉があった。鈴木はそのまま奥の部屋に入ると電気室がありさらに奥には発電機室があったが目新しいものがなかったためポンプ所を出た。
鈴木が玄関を出た瞬間大きな音が聞こえた。
「な、なんだ?」
「…付近にて発砲音を確認しました…」
「発砲音!?」
鈴木は左右を慌てふためいて見渡すが目に入るのはうっそうと茂る藪ばかりで近くに何も見ることができない。
「ロビン、今の音はどこからなった!?」
「…モバイルグラスに発砲音の方向を表示します…」
すると鈴木のモバイルグラスに発砲音の方向が大まかに示される。
発砲音はポンプ場を見つけた時にあったガードレールの方向からだ。
だが別に軍経験もなければ狩猟経験もない、どうすればいいかわからずとりあえず藪の中に飛び込んだ。ロビンも体制をかがめ藪の中に身をひそめる。
身をかがめたのはいいもの、あたりは特にこれと言って足音などは聞こえない、しかし草をかき分ける音がし始めた。不法侵入がばれたら警察だが、このまま逃げて撃たれでもしたらたまらない、鈴木は観念して声を上げる。
「う、撃たないでください!」
鈴木が大声で叫んでしばらくするとしわがれた男性の声が聞こえてきた。
「撃たんからゆっくり出てこーい」
鈴木がゆっくりと体制を上げる、すると藪の上に突き出したオレンジ色の帽子が見えゆっくりとこちらに近づいてきた。
「おめー、こんな山奥でなにやってるんだ?」
藪の中から出てきたのは間延びした声の老人だった、蛍光色のオレンジの帽子とジャケットを身に着け、右手にはスコープの付いていない猟銃を持っていた。
「いやー猪かとおもうたわ、けがしてないか?」
老人は左手を鈴木に差し出した。
「ありがとうございます…地元の猟師さんですか?」
鈴木は老人の差し伸べた手をつかんでゆっくりと立ち上がった。
「ああ、そだ、こんなところで何をやってんだ?遭難しちまうぞ。」
老人は怪訝そうに鈴木を見る。
「あいえこれはですね…ちょっと郷土資料の探索をしていまして」
とっさに鈴木は言い訳を考える。
「おめ~・・・」
老人は目を細めて鈴木を見る、獣を追う猟師という職業柄獣のような鋭さが宿るのか老人若干落ちくぼんだ目がギラリと光ったように見えた。
「いやー、その・・・」
鈴木にとって息の詰まる刹那だった、そして老人はふにゃりと表情を崩した
「お前さん学者かなんかか?」
「へ?ええ、そうなんです、大学で民族学者をやってまして」
「なんだあ、そうか、でもこの辺は廃墟ばっかでなんにもねーぞ?」
「こういった廃墟に何かないかと思っていまして、いろいろなところ探しているんですよ」
「ほー大変だねえ」
「そうなんですよ、では私はこれで、ロビン行くぞ」
「…はい鈴木様…」
鈴木は老人が変な勘繰りをされる前にとこの場を立ち去ろうと会釈をして背を向けて立ち去ろうとしたが老人に再び呼び止められる。
「なあ、おめえさん」
「なんでしょう?」
「猪鍋でも食わねーか?」
「はい?」
鈴木は首を傾げた、まだしばらくこの老人からは逃げられそうにない。
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