オブジェクト1:忘れられた「モノ」①
あまり時間をかけないようにします。
私に大柄なスーツ姿の男が言う。
「お前は容量が悪い」
私に小柄な中年が言う。
「君は頑固だなあ」
私に同僚が言う
「君の言っていることはよくわからない」
私に若い営業の女性が言う。
「もっと明るく考えてみるべきではないでしょうか?」
私に父が言う
「お前はもっとできるはずだ」
私に母が言う
「お前はおかしい」
私にロボットが言う
「・・・鈴木様到着です・・・・・・・・・・・」
私が目を覚ますとバスに揺られていた、バスはよく晴れた森林の中をきれいに整備された道路を走っていた、日差しがやたらにまぶしくて木漏れ日が瞬いて目にひどく刺さる。
「ロビン、今何時?」
私が隣に座るロボット、ロビンに話しかけるとロビンは一泊の間をおいて答えた・
【・・現在14時25分です・・終点到着まで7分です】
「わかった」
鈴木は居眠りをしている間に固まってしまった体を重々しく伸ばしながら、気だるそうに答えた。
このバスは市街地の外縁部の森に向かっている。行楽シーズンには付近の山に登頂するために多くの市民が訪れる。
しかし季節外れの今のバスの乗客は私とロビンだけだ。
【…まもなく行楽園入口、行楽園入口、登山者のお客様は、停止しますバス停左側にお進み頂くとロープーウェイ乗り場がございます…】
車内アナウンスが流れ、程なくしてバスが停車した。
鈴木がバスを降りようと、降車口に差し掛かると、ピープ音が鳴った。
【…ICカードをタッチしてください…】
「えIC?今時タッチレスなの?」
【…ICカードをタッチしてください…】
アナウンスはせかすように同じ言葉を繰り返す。
「あーわかった、わかった、今出すから待って」
鈴木はリュックを下ろしてバックの中をまさぐり、ICカードを引っ張り出し、バスの端末にかざす。
【…乗車駅が設定されていません…】
「まあそうなるよね…始発駅からでいいから、あと随伴ドロイドの分もお願いね」
鈴木はICカードをかざしながらため息をついた
【…了解いたしました、随伴ドロイドの番号を確認します。SD-6654357、間違いございませんか…】
「間違いないよ」
すると、ICカードをかざしたバスの端末が緑に光り、鈴木はバスを降り、続いてロビンが続いて降車した。
バスは大きくUターンをしてもと来た道を戻っていった。
バスを降りるとロープーウェイのある左側ではなく反対側の歩道を進む。
彼の目的地は山頂ではない、バスがこれ以上先に進まなかった道の先だ。
「…鈴木様、目的地まで約5.8kmです…」
「わかった、行くぞ」
鈴木は大きめの軍用バックを背負い直すと歩き始めた。
「…はい…」
ロビンも鈴木の後についていく、彼の目的はハイキングでも登山でもない。
本探しだ。
彼の生きる時代は私たちより幾ばくか先の未来だ。
乗用車ぐらいの感覚でAI搭載のロボットが買え、情報技術、工業技術は人類の宇宙への歩みを加速させ、まもなく燃焼推進による不経済な大気圏突破方法は終わりを告げようとしている。
経済の不安定さは相変わらずで、抱える諸問題は少なくない、それでも彼の周りはおおむね平穏な時代である。
そんな時代でも大きく変わったことがある。
文書の重要性の低下である。
このいくばくかで情報通信における概念は変化した。
それは言語の抽象化だ。
今や言語化せずとも意図や感覚を相手に伝えることができるようになったのだ。
テレパシーとは違い、感情を相手に開放的に伝えるわけではなく、自身の話したい事柄を抽象化した情報に変換し、間接的に大脳新皮質に送り込むことによって円滑なコミュニケーションを成立させているのだ。
もちろん言語や音や映像による情報を付随させればより大きな影響力を発揮するのは変わらない。
それでも言語の壁、習慣の違いなどによる障害が緩和され、より人々はお互いを理解しやすくなった。
これにより大きく影響を受けたのは、メディア業界だ、伝えやすくなったのはいいが、ユーザーがメディア単体ではなくそれに付随するはずの情報本体に直接触れてしまうため、本や音楽などがただの文字や言葉の羅列として若者を中心に冷遇し始め、忘れ去られ始めて久しかった。
だがこうなると対になる少数派も生まれた。
それを世間一般的には「拝聞主義」と言われる者たちだ、文字通り、文字や文脈による感覚共有を至高とする者たちである。
そんな彼らが欲したのが古き良き時代の書籍や音声媒体だ、しかし時間悔過しそれらの情報媒体はほとんどが劣化、紛失していた。
そういったものは、どこかに忘れ去られて眠っている。
そういうものはアンティークとして高値が付く。
よってそれを探す漁り屋が現れ始めた。
彼、鈴木もそんな一人だ。
「さて今日は何か見つかるかな」
「…前回は一般流通しているような絵本を数冊発見しましたが劣化がひどいものでした…」
鈴木は右側の道を歩き続けるそれに続いてロビンもついていく。
ロビンは未整地での運搬と補助を旨とした四足歩行ロボットである。
主な用途は山岳救助と災害救助用時の動力補助で端的に言えば小回りの利くトラクターと言ったところだ。
「あれでも小銭ぐらいにはなるからいいけど、交通費できれいに消えたからな」
「…基本的に高値が付くのは希少性のある書籍などが主なうえに状態が劣悪であればそこまで値段が付きません…」
「脆くなってまともに読めないからな。スキャンした画像データにすれば読めるだろうに何が気に食わないんだか」
鈴木はうんざりしながら歩く、そしてロビンのモノカメラ横のアクセス信号をしばらく点滅させるとインターネットの知識と自機のストレージデータから会話を成立させようと言語化を行う。
「…拝読主義の方は直接気記録媒体に接触して情報を取り込むことが最も価値があると考える傾向があり、これは一種の偶発性による好奇心を刺激しー…」
「あー理解できないから黙れ」
鈴木はがロビンの言葉を遮るとロビンは解説をやめ、特に不満も感じさせない、しかし淡白に「…わかりました…」と言って沈黙した。
やがて、舗装されたアスファルトの道は草木によって浸食され擦り切れたように自然へ還元された道へと入っていく。
さらに奥に進むと道は藪によって行く手閉ざれた、それでも鈴木は気にせずフードを深めにかぶり藪の中へ踏み入っていく。
途中道が土砂崩れで寸断され小高い丘となっていればロビンにザイルといわれる登山用ロープを装備させて丘へ先行させて、そのあと鈴木がザイルをたどって登っていく、途中崩れそうな足場はロビンがマーキングを行い、鈴木のモバイルグラスに表示させる。
こうしたロビンの活用で素人の鈴木でもある程度の踏破を可能としている。
そうしてまた藪を手でかき分けていくと何か堅いものに手が激突した。
「痛ったい、なんだ?」
鈴木が痛みから手を振ふるって、手が当たった部分を探ると錆びだらけの金属板が現れた。
「ガードレール?」
金属板の外装はほぼ錆びだらけで、形状と、わずかに残った白い塗装そして樹脂製の反射板からようやくそれがガードレールと類推できるほどだった。
「…鈴木様、こちらが目的地です…」
鈴木がガードレールの向こうをのぞき込むとそこには白く塗装された建築物がかすかに見えた。
さらに視線を下に落とすとガードレールの奥は今立っている位置より下4メートル下に道があり、そこにコンクリートの壁とスライド式の金属門扉があり壁には「後楽園汚水ポンプ場」と書かれていた。
「これは見つからないな」
「…手を痛めて正解でしたね…」
ロビンが淡白に言う
「バカ言うな、もの凄い痛かったんだぞ」
鈴木は手をさすりながらロビンをにらみつける。
しかしロビンはじっと鈴木を見つめている。
「無表情な顔しやがって」
「…表情を模倣する機能が本機には搭載されておりません。御入用でしたらそういった機能は本機とは別の機種にー…」
「黙っとけ」
「…わかりました…」
そして鈴木はロビンとともに道を下っていった。