主題と副題
廊下に出てすぐ、涙実は腕を組んで見下すような視線を送ってきた。
ようなというか、多分見下されているだろう。
腕を組んでいるせいで胸がムギュっと強調される。
大きくてイヤらしくない胸が、大きくて柔らかくてイヤらしい胸へと変化した。
視線に気付いた涙実は容赦なく俺の足をグリグリ踏みつける。
「いっでぇ」
「この変態」
ベッと舌を出す。
「それで……。なんで話題出さなかったの? 気まずいから?」
首を傾げる。
「いやぁ……。すげぇ、言い難いんだけど」
「うん」
「バーベキュー誘う方に意識注ぎすぎて忘れてた」
「えー……」
嘘だろと言いたげな表情だ。
副題を全力で取り組んで、主題を放棄しているわけであり、そんな反応をされるのが普通だろう。
まぁ、要するに俺がど阿呆ってわけだ。
「じゃあ、私がパスすれば話題にするの?」
「そうだな。今からそっちの方向の話に持っていけるならやるよ」
「そっか。それじゃあ、やろうか」
「ここから出来るのか? 凄く不自然な形にならない?」
「任せて。流れが無いなら作り出せば良いんだよ。女子は会話を作るのが得意な生き物だからね。期待してて」
ポンっと軽く俺の胸にグータッチすると、「お待たせー」と部屋へ帰っていった。
少し棒立ちしたあと、大きく息を吸って気持ちをリセットし、部屋へと俺も入った。
「アンタたちさっきから何話してるのよ」
部屋へ戻るなり希愛の尋問が開始される。
「今はね、あれだよ。あのー、バーベキューどこでやろうかって話を軽くしてたんだよ」
涙実は苦し紛れの言い訳をする。
一言もバーベキューの予定立てなんてしていないのに良くそんな言い訳が思いつくものだ。
「ふん。そう。涙実が1枚噛んでるのね。まぁ、アンタがそんな気の利いた事提案出来るわけないわよね」
苦し紛れな言い訳だと思っていたが案外通ってしまう。
とりあえず、希愛の俺への評価が著しく低いという一点だけは理解出来てしまったのが悔しい。
希愛は希愛でなんとも言えない苦笑いを見せている。
否定して……。
「加賀くんは結構しっかりしてるんだよ! 私知ってるもん」
むふんと両腹に手を添える。
その気遣い自体はとても有難いのだがフォローのされ方が哀れな人みたいでどちらにしろ虚しくなる。
いや、うん、贅沢な悩みだよな。
「あー、でもさ、龍二ったら彼女できてるらしいじゃん? やっぱり彼女できるってことは気の利く男子ってことなのかな」
涙実は突然ぶっ込んでくる。
思わず、食べようとしたお菓子を元の皿に戻すという訳の分からない行動をしてしまった。
「え……。りゅうくん、彼女いるの」
涼風が真に受けて呆然としてしまっている。
もう既に目を潤ませてしまっている。
こりゃ、泣くのも時間の問題だろう。
涙実はこちらの方にウィンクしてきた。
どうやらこれが涙実の言うパスというやつらしい。
「いや。彼女はいないぞ」
「そうよ。こんなヤツに彼女なんているわけないじゃない」
すかさず希愛は茶々を入れてくる。
いつもであれば鬱陶しく思うのだろうが今回に関してはナイスタイミング過ぎて頭を下げまくりたい。
「よかった……」
涼風は胸に手を当てる。
ホッと一息吐くってこういうことなんだなぁ、とか他人事のように眺めていると「私加賀くんのこと好きだもん」とどデカい地雷をぶん投げてきた。
涙実もなんか噎せてしまっている。
「ちなみに、龍二は彼女作る気あるの? 花音にす、好きって言われてるけど」
笑いを堪えながら涙実は話を進める。
小馬鹿にされているような気がするのは果たして気のせいだろうか。
「あー……。彼女を作る気はこれっぽっちもねぇーよ。面倒臭いし」
雑なパスではあったが、とりあえず受け取りしっかりと意思表示する。
「そうなんだ……。今、彼女欲しくないんだ」
涼風は納得したようにうんうんと頷きながら呟く。
「えー。じゃあ、付き合えないのー?」
涼風とは一見真逆の反応を花音は見せるが、それでも納得はしていそうな表情をしている。
してるよね。
何はともあれ、雑なフリがありつつもしっかりと目的は遂行出来た……。という評価で良いだろう。
「再会したら付き合おう」という言葉を残したという事実はこれで消え去ったわけではないが、今すぐ対応しなくちゃならないというわけでもないだろう。
まぁ、今回の戦、無事勝利したと言えるのではないだろうか。