2人目:涙実
「あー、もう帰ってきてたんだ。もうちょっと遅くなるのかなーって思ってたよ」
ベンチで頭を抱えていると一人の女性がやってくる。
腰あたりまで髪の毛が伸びており、右目下には泣きぼくろがある。
肌は白っぽく、スレンダーなボディだ。
それでいて、大人っぽいナチュナルなファッションで胸だけが強調されている。
大きいなと思うのだが、不思議とイヤらしさはない。
「涙実か。久しぶりだな……。その、結構大人っぽくなったな」
胸を凝視してしまっておりサッと視線を逸らす。
視線を逸らしたことで見ていたことに気付いてしまったらしく胸を腕で隠し、睨まれる。
「龍二も男の子なんだね」
「そりゃ、まぁ……。あったら見たくなっちゃう」
「さいてー」
「涙実が言わせたんだろ」
「アハハ。そうなんだけどね」
涙実は回り込んで俺の隣に座る。
「それでこっちに帰ってきて早々どうしたの? なんか浮かない顔しているけど。もしかして東北に帰りたいとか思っちゃってる?」
「いや、あっちに良い思い出はあまり無いから。帰りたくないって程じゃないけど別に帰る必要も無いかな」
「そっか」
「あぁ」
久しぶりに会話するので1度言葉が詰まってしまうと次の言葉が中々出てこない。
「じゃあ、なんでそんな浮かない顔しているの?」
涙実は首を傾げながら顔を覗いてくる。
「いや……。あー、その」
涙実に相談して良い内容なのか少し考える。
一応俺は涙実にも「再会したら付き合おう」と言っているのだ。
涙実であればあの言葉は冗談だと理解してくれているとは思うが仮に本気にしていたらどうしようという気持ちに襲われる。
「ん?」
刻一刻と時間だけが過ぎていき、黙る俺がどんどんと不自然になっていく。
「あー……。都合良いお願いかもしれないんだけれど」
「うん?」
「怒らないで聞いて欲しい」
一応ワンクッション敷いておく。
もしかしたらとんでもない爆弾が飛んでくるかもしれないと覚悟させておけばショックだったとしても和らいでくれるだろう。
ある程度怒られる覚悟は出来ているのだが泣かれてしまうと困ってしまう。
「良いよ」
優しく微笑む。
なんでも包み込んでくれそうな笑顔だ。
その表情を見た瞬間俺は1人で抱え込まなくて良いんだと安堵の気持ちが渦巻き緊張の糸がプツッと切れた。
「はぁ……。あの、憶えてるか分からないけれど俺が転校する前『再会したら付き合おう』って言ったんだけどさ。憶えてる?」
涙実は体をビクッと震わせる。
「あー、うん。憶えてはいるよー。で、でも、それって冗談だよね?」
目を合わせようとすると無理矢理逸らされる。
「あぁ……。っていうか、ドラマの真似事が正解なんだけどな」
「そ、そうだよね。あー、ビックリした。改めて言うから実は本気だったパターンかと思っちゃったよ」
頬を赤くしている涙実は両手で顔を扇いでいる。
「でも、それがどうしたの?」
「言いにくいんだけどさ。それ、他の奴らにも言ってるんだよね」
「へ? 何。どういうこと? もう1回言って?」
「えーっと。涼風達にも『再会したら付き合おう』って言っちゃったんだよね」
涙実はまた鋭い視線を向けてくる。
そして、こめかみを押さえた。
「なるほどね……。そりゃ悩むよね」
「ちなみに涼風は本気にしてた。ちょっと前まで2人で話しててその話題持ってこられて迫られてた」
「涼風は純粋だからね。信じてるって言われても疑いはしないよ……」
「どうすりゃ良いと思う? 頼れるの涙実しか居ないんだよ」
他のやつに相談できるような内容ではない。
涙実以外のやつに相談したらどうなるか分かったもんじゃないだろう。
「涼風にだけなら責任取って付き合いなさいって言うところなんだけれど。希愛とか花音にも言ってるんだよね?」
「そうだな。バッチリ言ってるな……。アイツらが憶えてるのか、本気にしてるのかは分からないけど」
「はぁ……。それなら、私が1つ芝居をしてあげる」
任せなさいと言わんばかりに胸をポンと叩く。
「具体的に何をするんだ?」
「私が龍二を好きっていう設定にして涼風に『過去は過去。今は今』って説得してあげる。競走って形にすれば一応丸く収まるでしょ?」
要するに過去の約束なんて忘れて正々堂々勝負しろと涼風に押しかけ、選択権を俺に譲渡するということだろう。
「でも、それだと涙実が色々勘違いされないか?」
「それはそうだけれど……。どうしようもなくなったらその時はネタばらしするから。それにこれで龍二に恩を売れるって思えば割と悪くない話だと思うんだよね」
コイツあれだな。
ただただ、恩の押し売りをしたいだけだ。
「成功するなら幾らでも恩を買ってやるよ」
「えへへ。さっさと成功させて何か奢ってもらおうかなー」
大まかではあるが方針が決まり、俺の悩みも一旦涙実任せという状態になって少し気が楽になり、涙実となんてことの無い日常会話を日が沈むまで繰り広げた。
ベンチに座りながら日が沈むまでずーっと……。