——改訂版2——海の水は飲んではいけない
暗澹たるその部屋は蠟に身を揺らす炎があたりを仄暗く照らし、その部屋に響く不協和な笑い声は、二人の男の含んだような笑い声は闇に吸い込まれるのだった。
窓からも一切光が入ってず、辛うじて夜ということだけわかる。
いや、夜なのだろうか。
もしかしたらこいつらの周りだけ日に照らされてないだけではないのだろうか。
そんなことを思うほどに辺りは不気味でかつ陰湿としていた。
「おい、あの計画は大丈夫なんだろうな。」
暗闇の中、その組織のリーダーと思われる太った男が右隣の男に尋ねる。
「ええグレナウ様、あの計画は順調に進んでおります。」
この組織のリーダーの名前はグレナウというらしい。
「コリンギのことだ。その辺抜かりないんだろうが、今回は前代未聞の規模だ。俺も少しばかり緊張してきたぞ。」
「今回」とは何のことだろうか。
しかし何やら不吉なものであるのは確かなようだ。
そんな時だった。
その部屋の扉がノックされる。
入ってきたのは小さな子供だった。
「グレナウ様!コリンギ様!一つご報告があります!」
その子供は二人の男に改まった口調で言う。
「なんだイレイナ。言ってみろ」
グレナウ、この組織のリーダーと思われる男が応える。
「は!それが、ここに滞在予定の平民がいるようです!」
「ほう、名は?」
「それがシン・ヒイラギといった名らしいです!」
「ほう、シン・ヒイラギか…平民に似つかわしくない変わった名だ。心底腹が立つ」
「それとその男についてあともう一つ、彼の周りには公爵家が集まっているようです」
「そいつらの名は」
「エリック・オービンス、サンドラ・ユーロプス、ラン・イナカワの三人です!」
「オービンス!?ユーロプス!?イナカワ!?全員王と親しいやつらじゃないか!?そいつらの友達と思われるシン・ヒイラギにちょっかいを出したら報復が怖いぞ!これは無視を決め込もう!」
「お待ちくださいグレナウ様、これは逆にチャンスかと。ここでシン・ヒイラギにとんだ恥をかかせて公爵家の方々に嫌われてもらえばもしかしたら公爵家が私たちに力添えをしてくれるかもしれません」
リーダーの逃げ腰に即座に反応したのはコリンギと呼ばれた男だった。
普通の職場であれば上司に多角的な意見を授けたとして評価されるのだろうが、どうやらこいつの魂胆は違うような感じがする。
まるで自分の桎梏を全部リーダーと思われるとグレナウに押し付けているような、そんな感じだ。
「お、おおそうだな。見事な名案だ。…クックック、よし、それで行こう!イレイナ!お前には別の任務を与える!それはシン・ヒイラギに恥をかかせることだ!くれぐれも公爵家の方々には気づかれるなよ?いいか?くれぐれもだぞ?」
「は!」
どうやら方針が決まったらしかった。
正義部は運動会での功績を称えられて、称えられている時点でおかしいがまあそのおかげで同好会から正式な部活となった。
顧問は俺のクラスの担任の先生が引き受けてくれたらしい。
担任にはつくづく頭が上がらない。
そしてある程度の自由が許されるようになったので俺たちは合宿に行くことになった。
サンドラが言うには
「これは部活として認定されたお祝いと懇親会も兼ねているわ!」
らしい。
俺が思うにもうこの部活は懇親会をしなくてもいいほど打ち解けていると思うんだがどうだろうか。
ちなみに詳細は
「行く場所はそうね…夏だから海水浴にしましょう!海水浴と言えばユークね!いい?明日出発するからみんな準備を忘れないように!」
とだれもがそんなに急に決めたらグダグダになるだろ!と突っ込みを入れたくなるほどのスピードで決まったのだった。
そして俺たちは今馬車に乗っている。
なぜなら俺たちが合宿場所に選んだユークは馬車を使わなければいけないほどに遠くだからだ。
道中馬主が誰かと話していたようだが俺たちにとってはどうでもいい。
俺たちは3日ほど馬車に乗り続け、ようやく今回の合宿の目的地、ユークに着いたのだった。
町には潮風のにおいが漂っており、海が近くにあることを強く主張しているのだった。
サンドラはそんな街の空気を吸って一言。
「くさいわね。何ここ、衛生環境大丈夫なのかしら」
それはあまりにも辛辣だった。
多分この街の住人が聞いていたら激怒していただろう。
だから俺はどぎまぎしながら周りを見渡したが、かろうじて周りには俺達しかおらず、町人には聞こえていないようだった。
俺たちは適当なホテルにチェックインすると、各々の部屋を適当に決め、というかサンドラの指図で勝手に決められ、俺は長旅の疲れをいやそうと眠りにつくのだった。
起きるとそこには衝撃的な光景が広がっていた。
なんと机の上にナイフで突き刺されたぬいぐるみがあったのだ。
そしてその横にはどうやら手紙もあるらしい。
俺はそれを開いて読んでみた。
『帰れ、さもなくば殺す。』
ここで普通の人だったら取り乱すのだろうが、俺は前世でもこういう経験が多かったので取り乱さない。
窓は全開になっておりそこから潮風のにおいが絶え間なく運ばれてくるのだった。
おそらく窓から入ったのだろう。
では犯人像の特定だ。
窓の大きさは大の大人が入るには小さい。
ということは小さい大人か子供だろう。
文字は綺麗でいてそして小さく丸まっている。
おそらくそれなりの家の出身だろう。
ぬいぐるみの刺してある場所を見る。
ボディに刺してあるということはこいつは少なくとも頭にさすことは躊躇があったということだ。
ということは俺に私怨がある人ではないということだ。
猟奇的殺人者、または殺し屋ではなおさらなくなった。
それはぬいぐるみの頭にナイフを刺さないのもそうだし第一猟奇的殺人者や殺し屋が手紙を出すとは思えない。
猟奇的殺人者や殺し屋でないということは人を殺しなれていないということだ。
そんな人が私怨もなく俺のところに忠告しに来たということはたぶん上からの指示だ。
そうか、これは組織ぐるみの犯行だろう。
ではなぜ俺が狙われたか。
それは俺が平民だからだろう。
まず俺に私怨がない、ということは俺が北コルロ高校の首席であることを恨んでいるわけではない。
ましてやサンドラや蘭たちと仲がいいからということはないだろう。
だってそれは私怨だからだ。
そして思い返すとあの馬主は俺たちに階級を聞いてきた。
今の時代に何の役に立つのだろうと思いながらも素直に答えた俺だったが、馬主が誰かと話していたのは俺が平民であることをどこかの組織に告げ口していたのだろう。
さらに、これは風のうわさだが平民と貴族が区別されていない今の時代に反感を持っている貴族もいるらしい。
残念ながらそいつらは自分たちが圧倒的マジョリティである平民に支えられてきたと気づかない、いわば馬鹿どもであるから当然頭のいい学校である北コルロ高校にはそんな輩はいなかった。
だから俺は忘れていたのだろう。
貴族の中にはそういう輩もいると。
ではさらに推理を進めよう。
俺は窓枠を念入りに見てみた。
そこには衣服の繊維などは見られなかった。
ということはこすれても繊維が落ちない、丈夫で動きやすい服装だったのだろう。
ましてやドレスなんかでは絶対ない。
そして犯人は俺がそこまで特定したとは考えてないはずだ。
ということは今日はそのままその服装でいるのだろう。
そして犯人は俺が帰るかどうかを確認する必要がある。
だから一回はこの後接触するはずだ。
俺がここまで推理に躍起になっているのはそのためだからな?
俺は辺りを見回してみたが他にこれといった証拠はなかった。
ではここまでの犯人像をまとめてみよう。
まず低身長、次に動きやすい服装、最後に…と行きたいところだがわかったのは結局それだけだ。
それなりの家出身だとか俺に私怨がないだとか組織ぐるみだとかはぱっと見ではわからない。
だから残念ながら外見の特徴はそれだけなのである。
しかし手掛かりがないよりかはましだ。
そして俺はそれらしき人物に注意を払っていたのだが……残念ながらそれらしき人は現れなかった。
当然巻き込んでしまうからこれをサンドラたちに言うわけにもいかず、俺は皆に隠しながらことを進めていたのだった。
翌日、俺たちは海水浴に行った。
せっかく海水浴のできる場所に来たんだ、堪能しないわけにはいかないだろう?
だから俺は精一杯に楽しんだ。
サンドラたちの水着姿はいつも制服の下で分からなかったきれいな肌を露出させ、出ているところは出ていると分からせるものだった。
海に入るのにもいつものツインテールは崩さないようで髪は二つにまとめていた。
いつものこいつの烈しさにぴったり合うような赤色の水着を着ていたため俺はこいつがいつものあれを自覚してやっているんじゃないかと、水着と同じように自分のキャラ付けとしてやっているのではないかと一瞬疑ったが、これは自分で選んだわけではないということを聞いてその疑いは晴れた。
サンドラが言うにはこの水着は自分で選んだものではないから似合っているかどうかわからないと、だから似合っているかどうか教えてほしいということだったが俺はそういうのがよく分らない輩なのでなあなあに答えておいた。
蘭は……なるほど、確かにかわいいがサンドラに比べると胸元が少し寂しい。
しかしこれでは蘭があまりにも不遇ではないか、比較されただけで終わりなのはかわいそうではないか。
何かこいつにしかない表現はないだろうか……
背が小さい?それは誉め言葉ではないだろう。
肌がきれい?それはサンドラの時も言っただろう。
何かないか……俺はそんなことを思いながら蘭を凝視していた。
すると蘭は俺の視線に気が付いたようでこちらを振り向くと俺と目を合わせた。
そして一言
「…真のエッチ」
と言った。
確かにその状況は俺がまるで蘭の水着姿を焼き付けているようだった。
俺は慌てて訂正に入る。
「いや!違うんだ!蘭!これはお前の特徴が胸の小ささぐらいしかないということを不遇だと思った結果であってだな!」
これはもちろん墓穴であった。
俺はそれも含めて改めて訂正しようとするが蘭のこの言葉に阻まれた。
「…真のエッチ」
蘭は胸に手をやりながらジト目になって言った。
エマさんもかわいかった。
エリックはやっぱりというか、体は引き締まっていた。
蘭のあれがトラウマな俺にはこれくらいしか言えない。
だってじろじろと見てまたあんなことになるのはごめんだからな。
それにエリックにそっちだって勘違いされたらどうするんだ。
いや、そっちの方を否定するわけではないが俺は全然そっちの気は無いぞ。
まあ海水浴は比較的楽しかった。
サンドラたちに隠し事をしているのは申し訳ないと思ったが、それでも俺はその一瞬だけはそんなこと忘れて楽しんだ。
しかしことはそんな簡単に進んではくれないようだった。
なんと着替え中、サンドラの水着がなくなってしまったらしかった。
まあサンドラだって人間だ。
なくしてしまうことの一回や二回はあるさと思った俺だった。
しかし、それは俺たちがホテルに着いてから急展開を迎える。
事実から言うと水着が、サンドラの着ていたものと全く同じである赤色の水着が俺のホテルの部屋から見つかった。
これでは俺が水着を盗んだ犯人みたいじゃないか。
しかし、俺は盗んでいない。
じゃあこれは一体どういうことだ?
そんな時俺は窓が開いていることに気が付く。
そうか、あいつらはサンドラたちと俺の関係に亀裂を入れようとしているのか。
しかし、かといってサンドラたちに正直にそのことを話して巻き込むわけにはいかない。
仕方ない、ここは俺が盗んだということにして謝るか。
俺は隣の部屋、サンドラの部屋の扉をノックする。
するとサンドラはすぐに出てきた。
「はい、ってなんだ、あんたなの」
「なんだ」と言われるほど俺は期待外れなのかよ。
「で?要件は?」
「ああ、すまん、お前の水着盗んだの俺なんだ。今返すよ」
「ふーん、あんたがねぇ。考えにくいけど…まあ返してくれるならいいわ」
そして俺は部屋からサンドラの水着を取ってくると、サンドラにそれを渡した。
「ところでこの水着、どうだったかしら?変じゃないわよね?」
「ん?ああ、まあ、普通に良かったと思うぞ。」
「…そ、また曖昧な表現で逃げるのね。まあいいわ。盗んだ件については皆には内緒にしといてあげる」
「助かるよ」
その次の日、俺たちはまた海水浴に行った。
そんな連続で行って飽きないのかと思われるかもしれないが、そんなことはない。
今は日々の鬱憤を、日ごろからの解放感への憧れを存分に海に費やしているのであった。
しかしやはりというか、それでもというか、ハプニングもとい誰かの作為は俺を待ってはくれないようだった。
なんと今度はサンドラの下着が盗まれたのである。
近くの店から下着を買って何とかやり過ごしはしたものの、サンドラは泣いていて、俺は柄にもなくかわいそうだと思った。
ただ、俺はうすうす気づいていた。
サンドラの下着が俺の部屋から見つかるであろうことに。
そして案の定そうなった。
フリルの着いたピンク色で…って女子の下着をそんなにじろじろ見るものでもないな。
俺はそれをあまり見ないようにとると、急いでサンドラの部屋に向かうのだった。
手の中にはなぜかぬくもりを感じる。
それを俺は自分の手のぬくもりだとわかってはいても緊張してしまう。
意識してはいけない、そう思うほどほわほわとした感覚が俺を包むのだった。
サンドラの部屋に行き扉をノックする。
サンドラは扉を開け、俺だと気づくと即座に俺の腕をつかみ、サンドラの部屋に引き込むのだった。
中にはエリック、蘭、エマさんがいて、まるで俺の到着を待っていたかのような歓待ぶりだった。
「さぁ、みんな、ひとまずこの状況を見なさい!」
そしてサンドラが指さした方向には…サンドラの下着を持った俺がいた。
そうか、確かにこれはいくら何でもやり過ぎだろう。
次の瞬間には俺を蔑んだエリックやら蘭やらエマさんやらの眼が俺を貫くのだろう。
これだったら早目に俺とサンドラの仲を引き裂こうとしている輩がいるということを打ち明けるべきだったかもしれない。
いや、しかしサンドラたちを巻き込みたくはない。
だから俺の判断は正しいのだろう。
しかしなんだ、自分が正しいと思っていながらもこいつらからそういう目で見られるのはそこまで辛いことだったんだな。
おめでとう謎の組織、見事俺とサンドラたちとの仲を引き裂いたようだな。
お前らの計画は無事成功し、俺は自分の考えの甘さを痛感する結果となった。
どうして俺たちに目を付けたのかはわからないが今夜のお前らの飯は美味しいだろうな。
しかし待っていろ。
俺は必ずお前らに復讐してやる。
地の果て天の果てまで追いかけてやるさ。
しかし、俺の予想はいい意味で外れた。
俺を見た皆の目線は蔑みのそれではなくて、同情、というよりかは俺のために怒ってくれている憤怒の眼になった。
「これは確かに、なるほど、サンドラさんの言ったとおりだ」
エリックが呟くように言う。
サンドラの言った通り?一体何てサンドラに言われればお前らが蔑みの眼ではなく憤怒の眼になるんだ?
「あんた、最近様子が変だったのよ。なんか隠している様子だったし。そしていつものあんたとは思えないような行動をするから。だから私たちはこんな仮説を立てたわ。あんたと私たちの仲を引き裂こうとしている奴がいるってね。優しいあんたのことだから私たちを巻き込まないようにと言わなかったんでしょ?でも思い出しなさい、私たちは正義部よ。そういう輩の成敗を独り占めするだなんてひどいわ。さっさと何があったのか打ち明けて楽になりなさい」
そうか、こいつらは俺がそんなひどいことをやってのけるようなやつではないと信頼してくれているんだな。
俺はそんなこいつらにとっては当たり前の事実に心を打たれた。
俺もこいつらを信用してもいいのかもしれない。
同時にそう思うのだった。
「実はな、…」
そして俺は一昨日あったナイフの刺されたぬいぐるみから話を始めた。
もてたいです。
もてて女の子からちやほやされたいです。
どうすればいいでしょう。