——改訂版2——魔王転生 夏休み編 イレイナ視点4
私はホテルに帰った。
そういえばホテルは一泊しかとってないんだった。
もう一泊取らないと。
しかし、ホテルの受付の人から言われたのは予想外のことだった。
「すいません、もうホテルの部屋が全部埋まっていて……」
そこで私は思い出した。
今はどの学校も夏休みだということを。
そしてここは夏の観光地として有名なことを。
失敗した。
これだったら変に出し惜しみせずにいっぱい取っておけばよかったかもしれない。
しかしそんなことはもはや後の祭り、受付で自分の荷物を受け取った後、泊まるホテル探しに出るのだった。
結果から言うとどこもかしこも埋まっていた。
野宿するしかないのか。
私はそう決心しかけたが、「そういえば」と一縷の望みを思い出す。
私はその一縷の望みの場所へと向かった。
私の前にあるホテルは……そう、シン・ヒイラギたちが泊っているホテルだ。
もちろんここの部屋も全部埋まっているのは先ほど確認した。
しかし私には最後の手があった。
そう、シン・ヒイラギたちの部屋を借りることだ。
確かここらへんにあいつらの部屋はあったはずだ。
そうして目当ての部屋を探しながらさまよっていると……やっと見つけた。
私はとりあえず右の部屋からノックした。
出てきたのはシン・ヒイラギだった。
見るとだいぶ眠そうである。
それもそのはず、もう今は深夜を回っているのだ。
私は単刀直入にこんなことを言った。
「あの…一晩泊めてくれない?」
「なんでだ、家に帰れよ」
当然の反応だ。
私はこう答えるしかなかった。
「実は私、家がないの」
多分この後になんで家がないかも聞かれるんだろう。
私は思い出したくもない過去をこれから言わなくちゃならないことを思い、悲痛に顔をゆがませるのだった。
しかし、彼からは予想外の反応が返ってきた。
「お前はベッドで眠れ。俺はこの寝袋を使う」
しばらくはその言葉の意味が分からなかった。
私の脳はフリーズし、彼の動向のみを注視していた。
しかし、しばらくして理解すると私は混乱したままこんなことを口走ってしまった。
「へ、平民の癖にしては良くそこらへん分ってるじゃない。そうよ。あんたみたいな薄汚い平民は私みたいな高貴な貴族にいいものを譲るべきなの」
私は何で素直になれないんだろう。
これじゃせっかく善意を見せてくれた彼にも嫌われてしまうかもしれない。
「へいへい」
しかし彼はそれを軽く受け流した。
なんで受け流せたんだろう。
そういえばこの正義部?にも素直になれていない人がいたな。
そうか、それで慣れていたんだ。
私は初めてその女に感謝できた。
私は少しの罪悪感を感じつつも、彼が譲ってくれたベッドに入った。
「ねぇ、聞こえてる?」
夜の静寂を破ったのは私のこの声だった。
「ん?ああ、聞こえてるぞ」
「なんで家がない理由を聞かなかったの?」
「……なんだ、急に話したくなったのか?」
「……うるさい、平民は黙って貴族の質問に答えなさい」
「……まあそりゃあ、あんな苦しそうな顔されたらな」
そうか、私はそんなに苦しい顔をしていたんだ。
そして彼はそれに気づいて聞かないでくれたんだ。
「そう、優しんだね」
「いや、そうでもないさ」
「平民は貴族からの誉め言葉をちゃんと素直に受け取りなさい」
「へいへい、嬉しゅうござんした」
そう言って彼はおどける。
「絶対思ってない」
私はそんな彼に突っ込む。
「ばれたか!」
「ばればれ」
彼は案外面白いのかもしれない。
この一連のやり取りは私の肩を震わせた。
こんな彼になら、優しい彼になら私のことを話せるかもしれない。
私はこういって話を続けた。
「……私の親はね、平民に殺されたの」
「ふーん」
彼から帰って来たのは意外にも簡素な答えだった。
それが私には心地よかったのかもしれない。
重大なことを軽く受け流せるような彼の胆力に安心感を覚えたのかもしれない。
だから私の口はその発言を皮切りに氷解したようにいろいろと喋りだした。
「お父さんはね、階級なんか気にせずに分け隔てなくだれとでも接する人だったの。
でもそれがダメだったのかな。
お父さんの友達の一人が『自分のことを見下している』って親をめった刺しにしてしまって……
病院にはすぐ行ったんだけどもう手遅れだったわ。
ついでに家も燃やされたわ。
その時からかな、私が平民を憎むようになったのは。
まあめった刺しにした人は死刑になったんだけどそれでもいまだに許せないわ」
「ふーん、にしては俺に対して恨みを持っているようには見えなかったけどな」
彼は当然の疑問を私にぶつける。
そうだ、私は平民に恨みを持ってないとおかしいのだ。
しかしこれにはあるときの気づきが関係している。
「それはね、ある時私は気づいたの。
平民の中にもいい人はいるってね。
私の父親の友達でめった刺しにした人じゃない人なんかはその最たる例だったわ。
手元に何もない私をしばらくの間自分の家にかくまってくれてね。
その人は私を我が子のように扱ってくれたわ。
でもやっぱり前からいるその人の子供たちとはそりが合わなくてね、すぐに家出したわ。
そのあと何の当てもなくふらふら歩いていたらその組織に出会ってね。
その時の私はこんな風になったのは平民のせいだと思っていたからすぐにそこに入ったのよ」
「ふーん」
重大なことを聞いたのにそれでも変に同情して私の心をチープな解釈に押し込まないでくれる彼のやさしさに私の思いが溢れる。
「私って駄目な子よね。これじゃあ私の親に格好がつかないわ」
彼はしばらく沈黙した。
それもそうだろう。
こんな重いことを言ってしまったんだ。
誰だって人からこんな話をされたら一体どうしたらいいかわからないだろう。
でも私は話したことで少し気持ちが軽くなった気がする。
これだけでも感謝すべきだろう。
だからお礼の言葉を言って寝入ろうとした。
そんな時、彼は口を開く。
「親っていうのはな、お前のそのダメなところや後ろ暗いところも含めてお前を愛しているんだ。
もしかしたらそうじゃない親がいるのかもしれないがお前の親は話を聞く限りだとそうじゃない親ではないんだろう。
お前は今の自分じゃ親に格好がつかないと言ったな。
だが、そもそも親というものは格好をつけるものではない。
それにそんな格好がつかないお前だってそいつらは愛しているはずだ。
親に申し訳ないと思うな。
そんな姿を見たら親たちは自分たちが子供の桎梏となってしまったと逆に悲しむだろう。
お前は生まれたときからあくまで一人の人間なんだ。
自分のやりたいと思ったことをやればいい。
そして親っていうのはそういう子供の姿を応援する生き物なんだ。
もちろん人間なんだからたまには失敗するだろう。
しかし、それの是非を親に頼るな。
親を自分の足枷とするな。
お前の人生なんだから自分に主導権を握らせるんだ。
お前はお前が失敗だったと思っていること、Code:0に入ったことでこの先の人生をずっとくよくよ生きていたいのか?
違うだろう。
お前はその組織をやめてやり直そうとしたはずだ。
お前はもっと自分らしく生きろ」
お前はもっと自分らしく生きろ、か。
その言葉は強烈なデジャヴを伴って私の心に反響した。
そして思い出す。
私が忘れていた、というよりかは蓋をしていたあの日のことを。
そう、父が最後に叫んだ言葉を。
『イレイナ!愛しのイレイナよ!わが道を進みなさい!お父さんとお母さんはいつでもお前の味方だからな!』
そういえばこんなことをあのセクハラ男も言ってたっけ。
私は父の言葉を思い出し、今なら自由に生きれそうな気がした。
そうか、両親はどんな私でも応援してくれていたんだ。
私が自由に生きたって一人じゃない。
私のお父さんやお母さん、もしかしたら私を引き取ってくれた平民やあのセクハラ男がいるんだ。
同時にそれは実感でもあった。
私は一人じゃない。
彼の言葉はそう克明に私の心に気づかせるのだった。
同時に彼に何らかの不思議な感情が芽生えたのも感じた。
私はぽつりとつぶやく。
「……自分らしく……か。ありきたりな言葉ね。でもありがとう、元気づけられた気がしたわ。」
「——レイナ、イレイナ、お父さんはお前が気づいてくれてうれしいよ。お父さんたちはどんな時でも遠くからお前を応援しているからね」
そんな声が優しい光に包まれた中、聞こえる。
その心地よさはずっと浸っていたいようなものだった。
そんなとき、さっきまであった掛布団のぬくもり、手触りなどが一瞬にしてなくなった。
私は夢でお父さんの声を聴いていたこともあり、お父さんがやったのかと思い、眠気で目をこすりながらこう言った。
「お父さん?」
そこには目はまだはっきりとしていないのでよく分らないが、金髪の女性のような人がいた。
「ふーん、ま、納得はできないけど理解はしてあげるわ」
私たちはなんとかサンドラ・ユーロプスの気持ちを宥めるのに成功したようだ。
というのも、私とシンが同じ部屋で寝ていたことをあろうことか目撃してしまったサンドラ・ユーロプスが激昂したのだ。
「しかしあんたがCode:0に入った理由がそんなだったとはねぇ」
サンドラ・ユーロプスは一通り話を聞いてそう呟く。
そして私の方を一瞥すると
「まあ、もう立ち直っているみたいだからいいけど」
と続けるのだった。
そうか、私は立ち直っていたのか。
その言葉で初めて自分の気持ちが軽くなっているのを実感した。
今は図書館の巡回をしている。
私のチームメンバーであるエリック・オービンスとエマ・コーギーと共に図書館を歩き回っているのだ。
しかし、エマ・コーギーの様子を見ていると、どうやら先ほどから何回か目の端でエリック・オービンスを追いかけているように感じる。
なるほど、この正義部のすったもんだはどうやらシン・ヒイラギの周りだけではないらしい。
私はその空気感を楽しんでいた。
しかしどんなに回ってもそれらしき人物には出会わないし、そろそろこの二人の甘酸っぱい距離感にも飽きてきた。
かといって、この人たちとはあまり話したことがない私はそんなことをこの人たちに言えるはずもないのだが。
まあ、だから私は、私だけは当てもなくただ無意味にこの時間を潰していたのだった。
そんな時、もう一方のチーム、シンのチームから無線が入る。
『敵のアジトを突き止めた。合流してそちらに向かおう』
「了解」
エリック・オービンスがそれに応える。
私たちは図書館前で集合することになった。
私たちは図書館前に集合した。
「おう、遅かったな。アジトの場所は西町#番地*****―***だ」
シンがCode:0のアジトの場所を伝える。
「わかりました。では向かいましょう」
エリック・オービンスはそれに同意し、さっそく向かうことにした。
「ここが本当のアジトってわけですか」
エリック・オービンスが前に建っている建物を見ながら言う。
そこは前と同じく活気であふれていて、飲み屋みたいだった。
「ふぇぇ、今から適地侵入するなんて緊張しますね」
エマ・コーギーが組織の建物の外観や活気に気圧されながら言う。
私にとっては緊張どころのものではなかった。
この組織には警察でも手が出せないほどの強者がわんさかいる。
しかも新しい場所だから勝手がいまいちわからないため、万が一ばれたりしたら終わりだ。
私が目の前にいる強大な敵に圧倒されている一方、エマ・コーギー以外のメンバーは、まあラン・イナカワについては無表情だからよく分らないのだが、今から戦う敵の強大さがまるでわかってないんじゃないかと疑うぐらい余裕そうだった。
確かこの組織の強さについては再三言ってきたはずだ。
大丈夫、表面上だけが余裕そうなのであって、内面ではこれからどうするか考えに考え抜いているはずだ。
しかしそんな私の考えは、というよりかは一種の願望はサンドラ・ユーロプスのこの言葉によって一瞬で打ち壊されるのだった。
「緊張なんて戦っているうちにならしておけばいいのよ。じゃあ皆!正義部執行よ!」
そう言ってあろうことかサンドラ・ユーロプスは正面から堂々と入ろうとする。
私はとっさに叫ぶ。
「ち、ちょっとまって、えぇ!?正面突破するつもり!?一応言っとくけどここの奴らは私の比にならないくらい強いのよ!?私を捕まえたくらいで調子に乗らないほうがいいわ!」
その後の私はあまりの怖さに記憶が飛んでいて次に意識が戻ったのはなんとシンとサンドラ・ユーロプスがグレナウたちのいると思われる部屋の前にたどり着いた時だった。
どうしてここにいるんだっけ。
今は思い出せない。
サンドラ・ユーロプスが指で「3…2…1…」とあらわす。
そして0になった瞬間、サンドラ・ユーロプスとシンはドアを勢いよく開け、突撃する。
中からはこんな声が聞こえた。
「正義部ここに見参よ!あんたらの悪事、成敗させてもらうわ!」
サンドラ・ユーロプスの声でそんなことが宣言される。
「正義部?くそ!あの公爵家たちと平民の集団じゃないか!なぜここに!」
グレナウの怒号が響く。
「決まっているわ。あんたたちの悪事を晴らすためよ。さあ、観念しなさい!」
「くそ平民どもが……」
「へぇ、そんなこといっちゃうんだ。グレナウ・サンズボーンさん?」
「なぜ俺の名を……そ、そうか!あいつか!イレイナの奴か!勘違いしないでくださいユーロプス様!そもそもあなた方にちょっかいを出したのはあいつです!あいつが全部悪いんです!」
「うるさい口だわ。いい?とにかくこの一件はお父様にちゃんと報告するから」
「ひぃ!ご勘弁を!」
そういえばサンドラ・ユーロプスの親は王に近しい人だったんだっけ。
多分グレナウはいろいろな圧力によってこの世界から消されるんだろう。
そしてそれはこの組織の副リーダー、コリンギ・エンデンも同じだろう。
そしてしばらくすると二人、サンドラ・ユーロプスとシンは部屋から出てきた。
シンはなぜか圧倒されたような顔をしていた。
「終わったわ。行きましょう」
サンドラ・ユーロプスは私とエマ・コーギーを交互に見てそう告げる。
途中後ろからコリンギ・エンデンが追い付いてきて何やら二人に媚びるような笑顔を向けていたがすぐに顔面が蒼白となり、その場に立ち尽くした。
私たちはそいつを置いてその場を後にするのだった。
わんわん




