——改訂版2——魔王転生 夏休み編 イレイナ視点2
翌日、私の上司となった元部下がこんなことを命令してきた。
なんでも例の平民、シン・ヒイラギたちはあの脅しの後に帰っておらず、海水浴に向かっているという。
だからそいつは私に今度こそはシン・ヒイラギに恥をかかせて来いと命令するのだった。
ちなみに私の上司は最後に「お嬢ちゃん」と付けるのを忘れなかった。
脱衣所に行くと、あの平民の友達と思われるサンドラ・ユーロプスとラン・イナカワがいた。
もう一人、知らない人もサンドラ・ユーロプスとラン・イナカワの話の輪に加わっているが今はどうでもいい。
サンドラの方は出るところはしっかり出ていて、高校生らしからぬスタイルだった。
ランの方は胸元が少し寂しいが多分これが好きな男の人もいるんだろう。
私の胸?そりゃあもう、ボインボインよ。
通りかかった男のだれもが振り返るほどだと思うわ。
まあ前に買って結構気に入って着ていた服が男の子用だったのは衝撃的だったけど。
しばらく二人を観察しているとどうやら二人そろってシャワーに行ったらしかった。
私は今しかないと思ってサンドラの方の水着を盗んだ。
決して個人的な恨みは入っていない。
もう一度言う、決して個人的な恨みは入っていない。
そしてシン・ヒイラギたちが宿泊しているホテルに着くと私は彼の部屋に入り込み、その水着を置いた。
これでサンドラ・ユーロプスたちとシン・ヒイラギの間に亀裂が生じるだろう。
……本当にいいのだろうか?
……私はこんなことがしたくてこの組織に入ったのだろうか?
駄目だ、雑念が入ってしまった。
私は頭を振ってその雑念を追い払うのだった。
それを上司に報告すると「よくやったね、お嬢ちゃん」と褒められた。
「お嬢ちゃん」という言葉に若干のイライラを覚えたがもうこいつは上司なんだ。
落ち着け自分。
とにかく、これであいつらの間には決定的な亀裂が入ったはずなんだ。
そして私はもしかしたら元の地位に戻れるかもしれないんだ。
しかし、平民を脅した時とは違い、意気揚々とはなれなかった。
心のどこかがずっと曇ったままだった。
多分これは新しい環境、特に上司が元部下という状況になれていないだけだな。
そう思い込み、隙を見せるとはいってきそうな雑念を避けるのだった。
その次の日、平民どもはまた海水浴に向かったらしかった。
あいつらの仲に亀裂は入らなかったらしい。
……なぜだろう?
しかしそんなことは考えていられない。
であるならば、今日はあいつらの仲により一層亀裂を入れるんだ。
その為に私はまた脱衣所に入った。
昨日と同じく三人で会話をしている。
いいな、私も学校に行っていたらあんな感じに友達と話せたのかな。
私はそんなことをつい思ってしまい、雑念の付け入る隙を与えてしまった。
すると、サンドラ・ユーロプスが私の方を怪訝そうに見て
「何か用かしら?」
と聞いてきた。
ほかの二人も私に注目する。
私はそれを契機にすぐに任務を思い出し、まずい!と思った
「あ、あはははは、皆さん、スタイルがいいなぁって」
「そう、ありがと」
私は怪しまれたかと思ったが、3人はすぐにさっきの会話に戻った。
私は気づかれないようにほっと胸をなでおろした。
今回は下着を盗もうと思う。
水着よりもより悪質なものだ。
3人が海水浴に行ったことを確認した私は急いでサンドラのロッカーから彼女の下着を盗み、それをシン・ヒイラギの部屋に置いたのだった。
私は一人、部屋で雑念と格闘しているのだった。
今までにもこんなことは何回かあったものの、今回のは強敵で歴戦の私ですら手こずるものだった。
(本当に私はこんなことをしたくてこの組織に入ったのだろうか?)
この組織の目的のためだ、仕方ない。
(果たして私は本当に旧体制へと戻ってほしいと思っているのだろうか?)
思っている。思っているからここまで来たのだ。
(…本当に?)
本当だ。いや、本当だと思いたい。
本当じゃなかったら今までここでしていた苦労は何だったんだ。
そんな時、私の部屋の扉がノックされる。
扉を開けるとそこにはセクハラ男が立っていた。
「よう、嬢ちゃん」
「よう、嬢ちゃん。元気にしてるかい?」
まさか部屋にまで来るとは……
これはさすがに度を越している。
「いやいや嬢ちゃん、今日はそんなことをしに来たわけではないんだ」
そう言うとセクハラ男はいつもとは違う真面目な顔をした。
「ちょっと嬢ちゃん、話があるんだ。ここではなんだし中に入らせてもらっていいか?」
私はそいつのいつもとは違う雰囲気に押されて部屋へ招き入れてしまった。
「いやはや、しかし俺のような男でも女のこの部屋に入れるとはなぁ。いい匂いが鼻腔をくすぐるぜ!」
男は部屋に入った瞬間、いつもの顔になり気持ち悪いことを言った。
さっきの顔は嘘だったのか……少し失望した私は男に
「用がないならさっさと帰って」
と失望を隠さずに行った。
すると男の方からは
「いや!すまん!女の部屋に入るのは初めてでつい緊張しちまったからいつものノリで平常心を取り戻そうとしていただけなんだ!」
と反省の言葉が帰ってきた。
私は呆れつつ、本当かと疑いながら男の行動に注視した。
すると男はまじめな顔、先ほど見せた顔になりこう言った。
「嬢ちゃんはこの組織になんで入っているんだ?」
私は一瞬動揺した。
こいつに心の中を見られているのかとすら疑った。
だってそれはまさに先ほど私が悩んでいたことだったからだ。
男は私の顔に答えを見つけたのかこう続ける。
「やっぱりな。嬢ちゃんは結構前からこの組織にいる意味をなくしていたんじゃないか?しかし、その時の地位やら今まで積み重ねてきたものやらのせいでやめるにやめられない状況になっちまっていたんじゃないか?」
これも残念ながら図星らしい。
「俺はな、そんなしがらみなんか考えずにとっととやめていいと思うぞ」
しかし私は否定する。
私は今まで積み上げてきたものという桎梏の前では無力だった。
すると彼はそんな私の頑なな態度に一つため息をついてこう話し始めた。
「お前が入ってきたのは確か……5年前ぐらいだったか?
そん頃は小さくて、子供っぽくて、誰からも愛されていて、とにかくかわいかったんだ。
組織の奴らは誰もが旧体制へと返り咲こうと血気盛んになっていたがお前の周りだけは違った。
お前の周りはいつものんびりとした雰囲気で、お前と一緒にいれば家族ってこんな感じなんだろうなぁとも思えた。
忘れちまったかもしれねぇが俺だって昔はお前と遊んでたんだぜ」
違う、私も覚えている。
確かこの男は特に私をかわいがってくれていた。
そしてそんなこいつを私は好きだった。
「お前がバケツにいっぱいのダンゴムシを詰めて誇らしそうに見せてきたときはさすがに男の俺でも引いたけどな。
でもな、俺にとってはそれは幸せだったんだ。
まるで俺が昔棄てた家族に戻ったつもりでな。
そん時からかな。俺はこう思ったんだ。
一生こいつを守っていこう、こいつに幸せな人生を送らせようってな。
それからはみるみる俺らは家族みたいになった。
お前は良く俺の後ろについてきてくれたものさ。
組織のみんなもそんな俺たちをほほえましく見守ってくれていたさ」
それも覚えている。
私はこいつの少し酒臭くて、でも大きな背中が好きでいつもついて回っていた。
「しかし2年前くらいからかなぁ。
お前が子供のかわいいから別種のかわいいへと変わっていってしまったのは。
俺はそんなお前と、俺とは到底不釣り合いになっていくお前と共にいることがだんだん嫌になっちまった。
だから俺はお前にきつい言葉を言うようになっていった。
時には泣かせることだってあった」
そうだ、この男は途中から変わってしまった。
私に暴言を吐くようになっていったのだ。
その時の私はつらかった。
同時に怖かった。
なんで今まで優しくしてくれていた人がこんなにも豹変してしまったのだろうと。
そこで私は学んだ。
私はもっとかわいく生きなきゃダメなんだと。
私は誰かの顔を伺いながら生きなきゃ捨てられるんだと。
「でもな、お前はそんな俺にも必死についてきてくれてたよ。
だがそんな様子を見てさらに腹が立った俺はさらにきつい言葉を言う。
悪循環していたんだ。
そしてある時、お前は小隊の上司となった。
そしてお前はもう俺を見限って離さなくなったんだよ。
俺はそれからしばらくして気づいた。
お前のいない世界はこんなにも灰色なんだってな。
お前がいない世界はこんなにもつまらないんだってな。
そして俺は自分の行いを悔いた。
なんでお前にあんなことを言ってしまったのだろうと。
でももう悔いたって遅かったのさ。
そして俺たちの関係は今に至るってわけさ」
男はここまで話し終えて、一息ついた。
男は私の方を伺っているようだった。
私はこいつと仲が良かった時の過去を思い出し、同時にこいつに激しい憎悪を覚えた。
こいつは自分の都合で私をこんな私にしたのだ。
だから私は極めて冷徹にこうつぶやいた。
「あなたって……最低ね」
「ああ、俺は最低さ」
男は私の言葉を心の中で反芻しているみたいにつぶやく。
「だから、俺みたいになるなよ。お前は他人の目なんか気にせず自分の生きたいように生きろ。他人の目なんか気にせずわが道を進めばいいさ」
その言葉には彼の後悔と私への愛情が詰まっているような気がした。
そしてその言葉は私にとんでもないデジャヴを起こさせるのだった。
確かこの内容は前にも言われたことがある気がする。
しかしどこだっただろうか。
そんなことを考えているうちに男は
「じゃあ、それだけだから」
と勝手に帰っていってしまった。
「——レイナ!イレイナ!」
酒でのどを潰した声が私の名前を叫ぶ。
私が目を開けてあたりを確認するとどうやらその声は扉の方から聞こえているようだ。
私はまだ眠っている脳と体を何とかして動かすとその扉の方へ急いで向かうのだった。
そして扉を開けた先にいたのはあの、今よりかは少し若く見えるセクハラ男だった。
私はセクハラ男に飛びついた。
どうやら私にとってはこいつと会えたのがうれしいらしい。
「ねぇ!今日はどこに行くの!」
私は意気揚々と尋ねる。
「そうだなぁ……」
男は考え込む様子であごに伸びたひげをさするのだった。
「そういえばあそこに新しいパン屋ができていたなぁ。よし!今日はそこに行こう!」
「わぁい!やったぁ!じゃあ、私はメロンパン2個ね!」
「おいおい、今決めちまうのか?そんなことしてたらあっちに行ってから選べなくなるぞ?」
「あ!そっか!アハハ!じゃあまだ選ばない!」
「どっちだよ!ガハハ!」
そして私と彼の笑い声が廊下に響き渡る。
周囲の人はそれをほほえましく見ているのだった。
場面は暗転する。
そこにはさっきの笑っていた様子とは違い、いら立っているセクハラ男の姿があった。
「なんでそんなこと言うの?」
私が泣きそうになりながら問いかける。
「だからお前がうざいんだよ!本当の子でもないくせにちょこまかとついてくんな!小ざかしい!」
「また一緒にパン屋行きたいよ……」
「一人で行ってろ!そんなことも一人でできないのか!馬鹿め!」
私はその言葉に心を打たれ、涙を流しながら自分の部屋へと向かった。
「うぅ……なんでそんなひどいこと言うの……」
そう、こんな時だった。
私がこれからほかの人の顔を伺って生きようと思ったのは。
目が覚める。
何やら悪夢にうなされていたようで私の頬には冷たくなった涙が一筋流れていた。
時計を見てみるとどうやら朝ごはんまではまだ時間があるらしい。
私は昨日のことをもう一回整理してみることにした。
しかし、私が昨日考えていたこと、私がこの組織にいる理由についてだが、その答えはもう出ていた。
それは「ない」ということだ。
私もあんな最低男の言いなりになるのは嫌だが、確かに自分の道を進みたいとは思っている。
だから、この組織をやめようと思うのだ。
そしてここで起きたつらい過去ともおさらばしようと思うのだ。
そう思い立ったら善は急げ、さっそくやめる意を伝えることにした。
私は今リーダーのいる部屋の前に立っている。
脱退する意向を言ったら相手方はどんなとっかかり方をしてくるだろう。
私にはそれだけが唯一の気がかりだった。
しかし、為せば成る、為さねば成らぬ何事もだ。
私は決心をして扉をノックした。
「失礼します!」
「ああ、なんだ、降格されたイレイナか。何の用だ?」
こいつは発言をいちいち棘のあるものとしてくる。
「実は私…この組織をやめようと思っています!」
「ああそうか、じゃ、もう今からやめていいから。」
グレナウはあり得ないスピードで私の脱退を認めた。
「へ?」
「「へ?」とはなんだ。お前が言い出したことだろう。そもそも俺たちも利用価値がなくなったお前をどうしようか持て余していたところだ。ちょうどいい」
「あ、はい……」
どうやらグレナウたちにとっては私はもう用済みらしかった。
私は釈然としないわだかまりを抱えつつもその場を後にするのだった。
お金なら貯金がちょっとある。
私は一泊だけホテルを借りることにした。
そして近くの店で手紙と書くものを買うと、こんなことを書き始めた。
「私はあなたたちの仲に亀裂を入れた張本人です。
ごめんなさい。
私は先ほどまである組織に所属しており、そこの命令で行いました。
これからもこんなことがあるかとは思いますが、その組織のせいですので、くれぐれもシン・ヒイラギ様を責めないでください。
ちなみに組織の所在地は東町〇番地△△△―□□□です」
そう、これはシン・ヒイラギたちに渡す手紙だ。
私はこれをあいつらに渡して今までやってきた悪行をリセットとまではいかないものの、少しでも返上してから私の人生をやり直すつもりなのだ。
(しかし、こんな私を親が許してくれるだろうか?こんな、すべてを平民のせいにしていた私を)
そうだ、こんな私を親は許してくれるのだろうか?
私はあの組織に入った後悔を拭えないでいた。
ほげー




