表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

8杯目 あんたを殺す

 なによ‼︎

 ラーメンなんかのことで、こんなにも熱くなって……この女‼︎ こともあろうに、この私——エミネンザール=フォン=グランシャールの口を、塞ぐですって⁉︎

 この女この女この女この女この女‼︎‼︎‼︎

 ……許さない——絶対……絶対に。屈服させてやる。いつの日か、私の前に跪かせ、こうべを垂れさせてやる。

 貴女のその顔が屈辱に塗れるその日を、私は必ず実現させる。必ずだ。必ず、最後に私が勝つ。

 エミネンザールに渦巻くサオリへの絶大なる怒り。こんなボロ小屋に追いやられても、エミネンザールの中に消えずに残っている元公爵令嬢としてのプライド。それを真正面から折りにきた。怒りを覚えないわけがなかった。

 もちろん、サオリにその気はない。ただひたすらに、彼女は“ラーメン”のことしか頭にない。サオリもまたエミネンザールに怒っていた。ラーメンを軽んじる者が店を開きたい、などとのたまっていることに。

 エミネンザールは聡明な女でもあった。

 怒りの感情は消せない。むしろ、この類のものは時が過ぎれば過ぎるほど、大きなエネルギーとなってエミネンザールの元に留まり続けることだろう。怒りは徐々に変質し、“怨み”となって残る。怨みは強い。その原因が解消されるまで消えることはないだろう。

 今は勝てない。私には何もない——それが分かっていたエミネンザールは、キッと口を一直線に結んで、サオリに頭を下げたのだった。


「…………私が、間違っていましたわ。心を入れ替えます。美味しいラーメンの作り方を、どうか一から教えてくださいませ」


 サオリは無表情のまま、エミネンザールの言葉を受け止めた。そして、その肩に手を乗せ、口角を多少上げて、語りかけるように言葉を紡いだ。


「エミちゃんは出来る子。ラーメンはね、自分を信じて作ってくれる人のこと裏切らないよ。初めは上手くいかなくても、試作を重ねていくうちに身体が、心が、ラーメンになっていくから。だから、頑張ろ? 私も、教えられることは全部教えてあげるから!」


 言い終わると、サオリの顔は満面の笑みに変わって、エミネンザールに向かって勢い良く親指を立てた。その仕草を、エミネンザールは刺々しい思いで凝視していた。そして、忘れないでいよう、と心に誓っていた。


 エミちゃんは出来る子?

 身体が、心が、ラーメンになっていくから?

 教えられることは全部教えてあげるから⁉︎





 いつか——




 ——復讐してやる‼︎‼︎‼︎

 必ずだ‼︎ 完膚なきまでに‼︎


「…………お願いしますわ」


「うん‼︎」


 エミネンザールの運命の歯車がこの瞬間猛烈な勢いで動き出したことに、サオリは気付いていなかった。


「……お前の敵は、この、味では、倒せないというのか」


 それまで沈黙を守っていたアインゼルベンが、そう口を開いた。その目の前の丼は、いつの間にか空となっていた。


「そうか、これでは……勝てない、のか。エミネンザール、すまな、かった」


 そして、娘のいる方にその頭を下げた。あの、アインゼルベン=グランシャールが。『戦鬼』と呼ばれ、参戦する度に戦場を震撼せしめた、あのグランシャール公が——ジンクは、かつての威光を知るからこそ、目の前の光景を理解できずにいた。


「お父……様?」


 やめて。そんな哀れなことは。エミネンザールは、そう言いかけて止めた。とても言えなかった。


「……私は、どこかで、知って、いた、のだ。戦ばかりの、世が、終わる、ことを。我ら、黄昏時たそがれどきと、なる、こと、を。だが。それを、認め、られな、かった」


 エミネンザールは何も言えない。ただ、頭を左右に振るのみである。


「残りの、時の、長い、お前にだけは、戦以外の、生きてゆく、道を、示して、おいて、やる、べき、だった……本当、に、すまな、かった」


 やめて。哀れよ。言わないで。誇りを失うわ。お父様は当主よ。『戦鬼』アインゼルベン=フォン=グランシャールが、謝らないで。誇りを失っては、私はもう。


 生きていけないわ。


「……すべてを、捨てろ、エミネンザール。お前は、グランシャールの、亡霊と、決別、する、のだ」


 グランシャールの、亡霊?


 ……お父様?


「……何よ、それ。何よ何よ何よ何よ何よ何よ‼︎ 捨てられないわ‼︎ それだけは、絶対に——」


「エミちゃん。捨てようよ」


 え。

 エミネンザールは、サオリから発せられた言葉に、耳を疑った。


「捨てようよ。余計なものを持ってたら、この先生きていけないよ?」


 あんたを、殺す。

 エミネンザールの白い顔は、途端に紅潮した。

『鬼滅の刃』のアニメを一昨日くらいから観始めました。いやーすごい作品ですね。何がすごいって、シンプルで明瞭で丁寧で優しくて強い作品なんですよね。なかなかないと思います。

 こういう作品を自分の血肉にして、この先ちょっとでも面白いものを書いていきたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ