8杯目 あんたを殺す
なによ‼︎
ラーメンなんかのことで、こんなにも熱くなって……この女‼︎ こともあろうに、この私——エミネンザール=フォン=グランシャールの口を、塞ぐですって⁉︎
この女この女この女この女この女‼︎‼︎‼︎
……許さない——絶対……絶対に。屈服させてやる。いつの日か、私の前に跪かせ、頭を垂れさせてやる。
貴女のその顔が屈辱に塗れるその日を、私は必ず実現させる。必ずだ。必ず、最後に私が勝つ。
エミネンザールに渦巻くサオリへの絶大なる怒り。こんなボロ小屋に追いやられても、エミネンザールの中に消えずに残っている元公爵令嬢としてのプライド。それを真正面から折りにきた。怒りを覚えないわけがなかった。
もちろん、サオリにその気はない。ただひたすらに、彼女は“ラーメン”のことしか頭にない。サオリもまたエミネンザールに怒っていた。ラーメンを軽んじる者が店を開きたい、などと宣っていることに。
エミネンザールは聡明な女でもあった。
怒りの感情は消せない。むしろ、この類のものは時が過ぎれば過ぎるほど、大きなエネルギーとなってエミネンザールの元に留まり続けることだろう。怒りは徐々に変質し、“怨み”となって残る。怨みは強い。その原因が解消されるまで消えることはないだろう。
今は勝てない。私には何もない——それが分かっていたエミネンザールは、キッと口を一直線に結んで、サオリに頭を下げたのだった。
「…………私が、間違っていましたわ。心を入れ替えます。美味しいラーメンの作り方を、どうか一から教えてくださいませ」
サオリは無表情のまま、エミネンザールの言葉を受け止めた。そして、その肩に手を乗せ、口角を多少上げて、語りかけるように言葉を紡いだ。
「エミちゃんは出来る子。ラーメンはね、自分を信じて作ってくれる人のこと裏切らないよ。初めは上手くいかなくても、試作を重ねていくうちに身体が、心が、ラーメンになっていくから。だから、頑張ろ? 私も、教えられることは全部教えてあげるから!」
言い終わると、サオリの顔は満面の笑みに変わって、エミネンザールに向かって勢い良く親指を立てた。その仕草を、エミネンザールは刺々しい思いで凝視していた。そして、忘れないでいよう、と心に誓っていた。
エミちゃんは出来る子?
身体が、心が、ラーメンになっていくから?
教えられることは全部教えてあげるから⁉︎
いつか——
——復讐してやる‼︎‼︎‼︎
必ずだ‼︎ 完膚なきまでに‼︎
「…………お願いしますわ」
「うん‼︎」
エミネンザールの運命の歯車がこの瞬間猛烈な勢いで動き出したことに、サオリは気付いていなかった。
「……お前の敵は、この、味では、倒せないというのか」
それまで沈黙を守っていたアインゼルベンが、そう口を開いた。その目の前の丼は、いつの間にか空となっていた。
「そうか、これでは……勝てない、のか。エミネンザール、すまな、かった」
そして、娘のいる方にその頭を下げた。あの、アインゼルベン=グランシャールが。『戦鬼』と呼ばれ、参戦する度に戦場を震撼せしめた、あのグランシャール公が——ジンクは、かつての威光を知るからこそ、目の前の光景を理解できずにいた。
「お父……様?」
やめて。そんな哀れなことは。エミネンザールは、そう言いかけて止めた。とても言えなかった。
「……私は、どこかで、知って、いた、のだ。戦ばかりの、世が、終わる、ことを。我ら、黄昏時と、なる、こと、を。だが。それを、認め、られな、かった」
エミネンザールは何も言えない。ただ、頭を左右に振るのみである。
「残りの、時の、長い、お前にだけは、戦以外の、生きてゆく、道を、示して、おいて、やる、べき、だった……本当、に、すまな、かった」
やめて。哀れよ。言わないで。誇りを失うわ。お父様は当主よ。『戦鬼』アインゼルベン=フォン=グランシャールが、謝らないで。誇りを失っては、私はもう。
生きていけないわ。
「……すべてを、捨てろ、エミネンザール。お前は、グランシャールの、亡霊と、決別、する、のだ」
グランシャールの、亡霊?
……お父様?
「……何よ、それ。何よ何よ何よ何よ何よ何よ‼︎ 捨てられないわ‼︎ それだけは、絶対に——」
「エミちゃん。捨てようよ」
え。
エミネンザールは、サオリから発せられた言葉に、耳を疑った。
「捨てようよ。余計なものを持ってたら、この先生きていけないよ?」
あんたを、殺す。
エミネンザールの白い顔は、途端に紅潮した。
『鬼滅の刃』のアニメを一昨日くらいから観始めました。いやーすごい作品ですね。何がすごいって、シンプルで明瞭で丁寧で優しくて強い作品なんですよね。なかなかないと思います。
こういう作品を自分の血肉にして、この先ちょっとでも面白いものを書いていきたいです。