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5杯目 美味いと思わせ、屈服させる

 屋敷(という名の小屋)の中。狭い室内はかまどから立ち昇る煙が充満している。

 エミネンザールはラーメン作りのど素人だった。

 それは当然。分かっている。ジンクは意に介さなかった。包丁もロクに使えなければ、灰汁あくの取り方も知らない。当たり前だ。元は高貴なるご令嬢。自分で料理など作ったことはないだろう——それでもまずは作らせてみる。

 サオリは口を出したそうにしているが、キョウヤに止めさせている。今はまだその時ではない。

 口では元公爵令嬢らしく色々言っているが、実のところお前はそんな程度のモノだ——それを分からせない限りは、成長するものもしないとジンクは判断したのだった。


「嘆かわ、しい」


 掠れた低音の声が、部屋の隅に置かれたベッドの上から聞こえてきた。声の主は、他ならぬ“元”グランシャール公爵家最後の当主、アインゼルベン=グランシャールであった。その姿に、ジンクは思わず目を疑った。

 痩せ細っている。『深い失意のあまり病魔に冒され余命幾ばくもなく』——そうエミネンザールは言っていた。それはどうやら誇張表現ではないらしい、と確信を得られるほどに、あらゆる戦場で暴れ回った往時と現在の姿とが繋がらなかった。こうなってしまうのだ、拠り所を失った人間というのは。たとえどれほどの力を有したとしても、それを行使する場が失われてしまえば……俺も、ちょっと運命が違ったらこんな風になっていたかもしれない。ジンクは沈痛な面持ちでアインゼルベンから目を離し、悪戦苦闘するエミネンザールの様子を見ながら、訥々(とつとつ)と語り始めた。


「……グランシャール公、あなたにとっては、エミネンザール“様”のあのお姿は、直視に耐えられぬ屈辱かもしれません。ですが……分かっていただきたい、時代は変わりました。これからの世は、武力ではなく、財力、あるいは商才、そして、機を見るに敏であること。そんな、目には見えづらい力が、求められるのだと、俺は思っています。中央王室から排斥されたということは、国民の血税から出ていた収入も、今は途絶えているはずでしょう。エミネンザール様は、新たな戦いの場に赴くための力を得ようと足掻いているんです。そして、それは、俺も、そうでした。いや、今もそうです……」


「……新たな、戦場か。あの、煙の、その先に、エミネンザールは、敵の姿を、見据えていると、言うのか」


 エミネンザールは、大きなしゃもじでひたひたになった寸胴を何度も何度もかき混ぜている。額には玉のような汗が噴き出している。その姿を、アインゼルベンが細めた目で見ている。


「そうです、あの向こうに、敵がいます。彼らにメシを食わせ、美味いと思わせ、屈服させるのです。そうすることで、エミネンザール様は、敵から命の糧を受け取ることができます。そう、かつて、あなたが戦さ場で、数々の物理的な命を奪い、あなた自身の糧としたのと、大意として変わりません。自分が生きていくために必要な行為は、いついかなる時代も形を変えて存在し続けますから……」


 いつになくちゃんとした口調で喋っているジンクの姿に、サオリはお口ポカーン、目がテーンの有様だった。基本的に頭を使わず生きているサオリもつい「人にはいろんな一面があるのだなぁ〜」と、頭を使わずにはいられなかった。


「相手の立場や格によって遣う言葉を変えることは、別に珍しいことではないんですよ」


 キョウヤは、サオリの耳元にそう教えてやった。


「そうなの⁉︎」


「……あなた、それでよく昔ラーメン店やれてましたね」


「ただひたすら作るだけだったからね〜ん♫」


 持ちうる個性や能力によって、生涯に渡って必要なたしなみにこれほど差が生まれるものか、とキョウヤはしみじみと思った。



「……出来ましたわ」


 そして、エミネンザールの初めてのラーメンが四人の前に出された。

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