第五章:狙撃者と対談
レストランに着くと直ぐに駐車場にミニ・クーパーSを止めて玄関へと向かった。
ステファンは、さっきから私の左腕に自身の腕を絡ませて身体を密着させてきた。
よほど私のプロポーズが嬉しかったようだ。
少し歩き辛かったが、気にせずに私たちは玄関を潜った。
自動ドアが開きボーイが出迎えた。
「いらっしゃいませ」
私の姿を見ると深く一礼するボーイ。
「こちらへどうぞ」
席が空いてないとか予約したのか聞かずに席へと案内してくれた。
案内してくれたボーイにチップとして1万円を二枚ほど握らせてから去らせた。
「ねぇねぇ。ダーリン。何処で式を上げようか?」
ステファンは式の事を話してきた。
「まだ早いよ」
苦笑したがステファンは減るもんじゃないと言って何処が良いかと聞いてきた。
「んー、ヨーロッパが良いんじゃないかな」
“伯爵様”を始めとした方々はヨーロッパに居るし、彼女の故郷もヨーロッパだ。
「ヨーロッパだとイギリスかフランスが良いわね」
「私も賛成だよ」
「ダーリンはどっちが良い?」
「んー、どっちかと言えばフランスかな」
出来るならマルセイユ港で式を上げたいと思った。
マルセイユには“伯爵様”も住んでいるし、シーフード料理が何よりも美味い。
「私はイギリスが良いなー」
ステファンは反対の国を言った。
彼女の故郷であり両親の墓もあるから故国で式を上げたい気持ちも解る。
「まぁ、その辺はこれから相談しようね」
うん、とステファンは頷いた。
話しを一時的に打ち切るとボーイが料理を運んで来た。
シュウマイ、餃子など中国を代表する料理だ。
回転式の丸皿にシュウマイなどを置くとボーイたちは再び去って行った。
「それじゃ、食べようか」
私とステファンは日本の箸より長く丸い箸を器用に使い料理を皿に分けて食べ始めた。
「うん。美味しい」
相変わらずの腕前だと思った。
ステファンも美味しいと言ってシュウマイを食べた。
料理を食べて話しをしていると北京ダックも運ばれてきた
北京料理の代表的な料理だ。
アヒルを一匹丸ごと焼いて小麦粉の皮にアヒルの皮を包んで食べるのが通常で残りの肉などは肉料理などにして食べる。
私とステファンも大好物な料理だ。
無口な料理長が直々にダックの皮を切り小麦粉の皮に包んで渡してきた。
「ありがとう」
礼を言って受け取る。
料理長は無愛想な顔ながら一礼した。
彼なりに照れているのだ。
「頂きます」
私とステファンは互いに北京ダックを食べた。
料理長は美味しいと言う私たちに深く一礼してから厨房に戻って行った。
「耳が赤いわ。相変わらずの照れ屋さんね」
ステファンは小さく笑いながら北京ダックを食べた。
「そこが彼の良い所でもあるよ」
私はシュウマイを頬張りながら答えた。
他愛無い話をしているとボーイが何か叫ぶ声が聞こえてきた。
「・・・・・・さまっ。困ります!!か、勝手に・・・・・・・」
ボーイの言葉を無視するように歩いてくる足音。
私たちの方に近づいてくるのが分かる。
「・・・・・・」
私は椅子の向きを変えて身体ごと振り返った。
足尾との主は私と目と鼻の先で立ち止まった。
服装は黒一色で黒い瞳が死人のように暗かった。
『この男だな。狙撃したのは』
ほぼ直感的に感じた。
ボーイが男の後ろで焦っているのを見て心配ないと眼で合図して去らせた。
周りも何事かと興味津々だった。
「・・・ミスター・マロウだな」
質問ではなく断言だった。
「Yes。その通りだ。狙撃者君」
手を組んで微笑む私。
ステファンはパーティー・ドレスの裾を託し上げて隠しているトムキャットに手を掛けているのを背後で感じた。
「警告は聞き入れなかったようだな」
暗い声だった。
「生憎と服従しないのが十八番でね」
憧れのフィリップ・マーロウの十八番を口にしてみせた。
他人に服従しない私だが自ら膝を折り服従するのは“伯爵様”だけだ。
「今度は、こっちから警告だ。大人しく投降すれば手荒な真似はしない。君の組織にも手は出さない。だが、投降しないなら・・・・・・・・」
私はコートの中に手を入れた。
「・・・その言葉、後悔するなよ」
男は一瞬だけ死人の眼から悪鬼の眼にして私を睨んだが、捨て台詞を残し去って行った。
「・・・・・後悔するのは、どっちかな?」
去った方向を見て呟いた。
「さて、夕食の続きをしようか?」
ステファンに向き直った。
「とんだ邪魔が入ったわね」
せっかくの夕食を邪魔されてステファンは怒っていた。
「まぁね」
苦笑しながら私は“伯爵様”が送ってきた情報が確かだと証明された。
「さて、こうなると向こうは何をして来るか分からないし、急いで決着を付けるしかないかな」
あの様子だと狙撃どころか爆弾を使ってくる可能性も高い。
「今夜中にミスター・アキヒサに連絡するかな」
私は同じく“伯爵様”に仕える人物の名前を言った。
アキヒサ、彼の名を知らぬ者は裏世界では居ない筈だ。
武器商人にその人ありと謳われる日本人で私より10歳も年上で落ち着いた態度と獣の如く五感に優れている。
元は営業マンだったらしく、“伯爵様”の薦めで武器商人となり世界を股に掛ける武器商人となった。
彼とは狩猟で馬が合い大掛かりな悪魔を相手にする時などに武器の調達などをしてくれたり共同で戦ってくれる頼もしい仲間であり先輩だ。
「彼ならどんな武器も直ぐに用意してくれるわね」
賛成というステファン。
「そうと決まれば帰ろうか。何だか興醒めしたから」
ステファンは、また賛成と言った。
まだデザートも出されていないが、何だか男が現われたせいで食べる気が無くなった私とステファンは足早と店を出た。
ミニ・クーパーSまで行き鍵を入れようとした時だ。
『・・・・車内に不穏な物資が入っております』
静かな事務的な声がクーパーから出てきた。
“伯爵様”の義弟が付けてくれた探査機の声だ。
「不穏物資はC4プラスチック爆弾です」
機械的な声に私とステファンは素早く周りを確認した。
周りは車だらけだ。
C4ならリモコン式で爆発する。
そうなれば辺り一面が火の海で逃げられない。
「爆弾を解除しろ」
私が命令する。
『命令により爆弾を解除します』
車内で爆弾を解体する微かな音が聞こえてきた。
『爆弾解除、完了しました』
解体した爆弾は特殊な液体で浄化され気体となり排気ガスとなり排出される。
爆弾が解除されてからクーパーに乗り込んだ。
「やれやれ。この様子だと住み家にも仕掛けられてそうだな」
エンジンを掛けながら私は溜め息を吐いた。
ステファンはポンポンと私の肩を叩いてくれた。
クーパーを走らせながら私は車内に搭載した電話でミスター・アキヒサに電話を掛けた。
プルルルルル
少し間が合った。
「こちらアキヒサ」
若くなく年寄り過ぎずと言った声が聞こえてきた。
「ミッドナイト・ディクティブのマーロウです。ミスター・アキヒサ」
「これはミスター・マーロウ。久し振りだね。何か用かい?」
アキヒサの声には親しみが込められていた。
「実は“伯爵様”の命で少し銀星会とかいう暴力団と戦うんですが、武器の調達を」
「ちょっと待ってくれないか?銀星会と言ったのかい?」
アキヒサの声が少し荒くなったのを感じた。
「え、えぇ。銀星会ですが。どうかしましたか?」
少し戸惑いながら尋ねた。
「私も銀星会に個人的に用があるんだよ」
どこか怒りを感じた。
「何やら訳ありのようですね。では、私がそちらに向かいます。場所を教えて下さい」
アキヒサは鎌倉の別荘に居ると答えた。
「ステファン。聞いての通りだ。少し寄り道するよ」
彼女が頷くのを確認してから私は鎌倉へと目指しクーパーをフル・エンジン全開にして走らせた。




