第三章:狙撃される
「何だか今日は疲れた」
まだ昼の12:30分なのに一日を終えた気がする。
まぁ、由佳里さんの登場が原因だろうが・・・・・・・・
「まだお昼よ?でも、あんなに元気な女性を相手にしたら疲れるかもね」
ステファンは運転をしながら小さく拭いた。
「昔から元気がある人でね。現役バリバリのフットサル選手も理由だと思うけど」
私はLARKを取り出して口に銜えた。
「昼食どうする?」
ステファンが聞いた。
「適当な店で食事でも取るかい?」
そうしましょうと言ってステファンは近くのレストランを探し始めた。
その横で私はキャメルをシガー・ライターで火を点けた。
「ねぇ。ダーリン。あそこはどう?」
ステファンが指さす方向を見ると少し洒落た喫茶店だった。
「うん。良いかも知れない」
朝食はたっぷりと食うが昼食はあまり食べない。
それが私の食事だ。
ステファンはハンドルを切って喫茶店の駐車場に入った。
車から降りて中に入った。
入る前に煙草は揉み消してからだ。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
可愛らしいピンク色の制服を着た二十歳すぎのウェイトレスが迎えてきた。
「二人。喫煙席を頼む」
ウェイトレスは畏まりましたと言って席に案内した。
「決まったら言って下さい」
一礼してからウェイトレスは立ち去った。
「何にする?」
ステファンが一枚のメニュー表を開いた。
「レディ・ファーストで」
「ありがとう。ダーリン」
ウィンクしてステファンはメニュー表に視線を巡らした。
私は再びキャメルを取り出して防水マッチで火を点けた。
普段は喫煙を控えているが今日は一箱を吸い切りそうだと思った。
「私はサンドイッチにするわ」
はい、とステファンからメニュー表を受け取って視線をやる。
「・・・・・・」
キャメルを銜えながら見た。
どれも似たり寄ったりの料理に見えるとは、かなり疲れている証拠だ。
「・・・私もサンドイッチかな」
メニュー表を閉じてウェイトレスを呼んだ。
「サンドイッチを二つ」
畏まりましたと言ってウェイトレスは立ち去った。
「この後どうする?」
「そうだねぇ。取り合えず事務所に帰って“伯爵様”に報告でもする?」
「それが良いわね」
ステファンは頷いてくれた。
先ずは“伯爵様”に報告してから詳しい情報を得て行動を開始しても遅くはない。
「それじゃ、昼食を済ませてから帰りますか」
私はキャメルを吸って煙を吐き出した。
程なくウェイトレスがサンドイッチを二つ持って来た。
私はキャメルを携帯灰皿に入れて揉み消した。
『頂きます』
二人揃って頂きます、と言ってサンドイッチを食べ始めた。
周りは昼時間でもあるためOLや会社員、大学生などがごっ互いしていた。
ここでも、やはり大勢の色々な視線を感じたが敢えて気にせずにサンドイッチを食べ続けた。
卵と野菜にマヨネーズが挟まった食パンが何とも良い味を出していた。
ああ、日本の料理は美味いと思う。
悪く言っては何だが以前まで居たアメリカの料理は日本人である私には合わなかった。
油っこいパンに魚、肉、全てが油で作られているのではないかと思うほど油コッテリだった。
おまけにボリュームも半端ではないから食べ切るのに時間が掛った。
向こうに住んでいた時は出来るだけ自分で料理をして油っこい物を口にしなかったものだ。
それに比べてヨーロッパの料理は良く合ったものだ。
ボリュームも適度だし油なども控え目で美味しかった。
このサンドイッチもそうであると思いながら私は最後の一切れを食べ終えてから食後のコーヒーを頼みステファンは紅茶を頼んだ。
直ぐにコーヒーと紅茶はきた。
簡単なインスントだろうが我慢しよう。
コーヒーを一口飲もうとした時だった。
「謙一!!」
ドアの方から数十分前に聞いた声がした。
「・・・・今日は厄日か?」
はぁ、と溜め息を吐きながら振り返った。
「大声を出さないで下さい。由佳里さん。他の客に迷惑です」
コーヒーを飲みながら叱咤した。
「あんたが逃げたから悪いのよ」
由佳里さんは頬を膨らませた。
その様子をステファンは黙って見ていた。
彼女らしいと言えば彼女らしい。
元貴族令嬢であるため人前では自分の感情をコントロールできるように常人よりも幼い頃から仕込まれている様になっていた。
「忙しいと言っていた割には恋人とコーヒーを飲む時間はあるんだ?」
皮肉たっぷりに言う由佳里さん。
この辺は昔から変わらないと思う。
「食後のティータイムです。それより大学はどうしたんですか?」
「今日は午前中で終わり。部活も休みだしね」
「そうですか」
適当な返事をしながら、何で今日に限って休みなんだと思いながらコーヒーを飲み終えてキャメルを銜えた。
本当に今日は一箱吸い尽くしそうだ。
「煙草は身体に毒だぞ」
LARKを口から取り上げた。
「知ってますよ。それより早く席に着いたらどうですか?通行の邪魔だしウェイトレスさんにも迷惑ですよ」
新たなキャメルを取り出して口に銜えた。
「うっ」
正確な指摘をされて由佳里さんは渋々といった感じで離れた席に座った。
「由佳里さん、こっちを睨んでるわね」
面白そうに笑うステファン。
その笑顔が眩しくて由佳里さんの怒った顔など埴輪みたいなものだと感じた。
「ほっとけば良いよ。もうすぐ出て行くんだから」
火を点けたキャメルを吸いながら私はステファンが紅茶を飲み終えるのを待った。
「今日は事務所に帰ったら、じっとしましょう」
私の身を案じてくれる言い方だった。
「そうすると有り難いね」
クスリと笑い返した。
ステファンが紅茶を飲み終えると席から立ち上がり金を払って店を出た。
由佳里さんを見ると食事中だった。
これなら追い掛けて来れまいと内心で笑いながら私はステファンが運転席に座ったFX4に乗り込み道路へと出た。
FX4に揺られながらキャメルを蒸かして私は犯人をどう探すか考えた。
『・・・・大学に出たって事は少なくとも都内か神奈川県の何処かに居る筈だ』
いざという時に逃げる為に大抵は隣国(ここでは県だが)程度の場所に潜伏しているものだ。
人間に混ざる者、闇に紛れて罪を犯す者のどちらかに限るが果たして今度の相手はどちらか。
もしも人間に混ざり生活しているなら温和に説得して魔界に返すが罪を犯しているなら容赦など要らない。
ワルサーの弾を相手の腹にぶち込んで動けなくなった所を縛り上げて魔界に送り返せば良いだけだ。
「ねぇ。ダーリン。さっきから後ろの車が付けて来るんだけど・・・・・・・」
ステファンがルームミラーを見ながら喋った。
「・・・・・もしかして由佳里さん?」
「・・・その通りだわ」
私は頭を抱えたくなった。
ここまで行くと軽いストーカーだ。
「私たちの事務所を探す積りじゃないかしら」
「だろうね。・・・・・振り切れる?」
「もちろん」
ステファンは挑発的な笑みを浮かべてアクセルを限界まで踏みギアを変えてスピードを一気に上げてタクシーを引き離した。
「・・・・やれやれ。これで一安心かな?」
私はキャメルを灰皿に捨てて溜め息を吐いた。
それから一応の警戒をしながら車庫にFX4を入れて事務所に戻ろうと足を港へと向かわせた。
その時だった。
プシュ、プシュ
小さな音が二つ私とステファンの髪を掠った。
「ステファン!!」
「えぇ!!」
私の声に頷いてステファンも周りを見てから拳銃を抜いた。
銃声の方向に視線をやると丘の上から黒ずくめの男が一人いて背を向けて去って行った。
「・・・・警告か」
ワルサーに安全装置を掛けてからホルスターに収めた。
「恐らくね」
ステファンもコルトの撃鉄を戻してホルスターに入れた。
甲板に当たった弾は貫通していなかった。
「見張り頼むよ」
私はステファンに見張りを頼み懐からガーバー社のフォールディングナイフを取り出して弾を抉り取った。
ナイフを仕舞いステファンに声を掛けてから事務所のクルーザーに戻った。
「弾は?」
「22LR弾だよ。恐らくルガーMK 1アサシンズかMR7だろうな」
競技弾の22LR弾は、殺傷能力は小さいが、サイレンサーを付けた銃で撃つと消音効果が抜群で暗殺用としてCIAなどが使っていた事がある。
アメリカの警察も負傷する弾が22LR弾であるため決して侮れない。
「たぶん後者のMR7じゃないかしら?向こうとの距離は結構あるし拳銃では難しいでしょ?」
ステファンが私の為にコーヒーを出してくれた。
「そうかもしれないな。どっちにしろ初めてのケースだね」
警告とも言える銃撃。
こんな事は初めてだ。
「えぇ。何だかバックに大きな奴がいるような気がするわ」
ステファンも自分の紅茶を淹れながら頷いた。
「とりあえず報告だな」
私はディスクに置いてある受話器とは別に客人を迎えるためのテーブルの下に置いてある黒の受話器を取り掛けた。
「はい。こちら夜鴉家です」
“伯爵様”の片腕の執事であるヨルムさんが電話に出た。
「ヨルムさんですか?マーロウです」
「これはミスター・マーロウでしたか。お久し振りですね」
ヨルムさんの言葉に私は居ない相手に一礼した。
「何か御用ですか?」
「はい。実は、“伯爵様”から頼まれた悪魔の事で、お話がありまして」
「少々お待ち下さい」
受話器を置く音がして暫く待つと“伯爵様”の声がした。
「どうした?」
「実は先ほど狙撃されまして」
「・・・狙撃?」
“伯爵様”の声が鋭くなった。
「はい。事務所に帰ろうとした所を。故意に外していました。恐らく警告ではないかと」
「分かった。俺の方も調べてみる。力が必要なら言え。直ぐに出す」
「ありがとうございます。その時は必ず連絡します」
失礼します、と言って受話器を置いた。
「“伯爵様”は何と?」
ステファンが紅茶をソーサーに置いて聞いてきた。
「力が必要なら言えってさ」
「何時もながら有り難いわね」
「うん」
私は頷いてからステファンが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。
適度な温度で実に飲み易かった。