エピローグ:狼の遠吠え
翌朝、私たちはアキヒサの呼び声で目覚めた。
彼は既に着替えを済ませていて山の中をジョギングしていたらしい。
相変わらず元気のある男だと呆れた。
朝食は昨夜の岩魚の塩焼きと山形の郷土料理のだしだった。
朝の7時に朝食を済ませてから山を降りた。
アキヒサが抜け道を知っていたので帰りは午前中の内に数時間で下山できた。
山を降りるまでの間、美咲さんはアキヒサから一歩も離れなかった。
まるで大切な宝物を無くさないようにする小さな子供のように・・・・・・・・・・
アキヒサも美咲さんの気持ちを組んでいるのか苦笑しただけで何も言わなかった。
下山した後、止めてあったシボレーにアキヒサが乗り込むと美咲さんも一緒に乗り込んだ。
四人組は私とステファンのロンドン・タクシーに乗った。
横浜の事務所への帰り道。
私が運転するロンドン・タクシーの前を走る1980年代の黒光りのシボレー。
チラリと窓ガラスから見えるのはアキヒサと美咲さんが仲慎ましく話し合っている姿が見えた。
何を話しているか分からないがアキヒサが美咲さんの言葉を聞いて笑う姿が見えた。
とても仲が良く幸せそうだ。
「・・・・二人とも幸せそうね」
助手席のステファンの言葉に私は頷いた。
「うん。本当に幸せそうだ」
恐らく、そう遠くない未来。
彼らは結婚する事だろう。
その時は私とステファンが立会人となり祝福しようではないか。
まぁ、その前に私とステファンの結婚式で立会人になってもらい祝福してもらう積りではある。
彼と美咲さんのキューピッド役をやったんだから報酬としては文句ないだろう。
「私たちも幸せになりましょうね?ダーリン」
私の考えを読んだ如く喋るステファン。
そんなステファンに私は頷いて微笑んだ。
「もちろん。幸せになりましょう。奥さん」
私は後ろの四人に気を使う事もなくステファンの唇を奪った。
ステファンは目を見張ったが直ぐに眼を瞑ってくれた。
チラリと左眼で前を見るとアキヒサと美咲さんも唇を重ねていた。
四人は窓ガラスから見える景色を眺めたり寝た振りをするなどして気を使ってくれた。
気が効くと良い事だと思いながら私はアクセルを踏んでギアを変えた。
ギュウゥゥゥン!!
エンジンがフル回転する音が高速道路に響き渡った。
フル回転する音は、まるで獲物を仕留めて狼が天に高々に遠吠えを上げているように聞こえた。
その遠吠えは間違いではなかったのかもしれないと私は思いながらダッシュ・ボードを開けてキャメルを取り出して口に銜えた。
窓ガラスから見える空が何処までも青かった。




