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最終章:地獄の果てまで

一時間ほど煙草を吸いながら待つとアキヒサと美咲さんが戻ってきた。


「・・・まったく。君みたいな無鉄砲な女性は初めてだよ」


ドアを開けて中に入ってきたアキヒサは、さっきまで思い詰めていた表情とは打って変わって弾けた表情だった。


「何さっ。一人で勝手に思い詰めていたくせに!!」


美咲さんの方も思い詰めた顔から怒った表情で入ってきた。


怒っていたと言っても瞳は笑っていた。


「お帰り。アキヒサ。どうやら上手く言ったようだね」


私は三本目のキャメルを銜えながら笑った。


「上手くもこうも、この娘が余りに煩すぎるから大人の私が妥協したまでだ」


笑いながら喋るアキヒサ。


「何が大人よ!!子供みたいに頑固だった癖に!?」


美咲さんは笑うアキヒサを怒った。


「そんなに怒鳴らなくても聞こえているよ。あんまり大きな声を出さないでくれ。耳が詰まる」


はぁ、と溜め息を吐きながらアキヒサは二階へと通じる梯子を登り始めた。


「今日は遅い。ここに止まりなさい」


少し寝床を準備すると言って二階へと消えるアキヒサ。


「・・・・上手く説得が出来たようだね。美咲さん」


私の言葉に美咲さんは何も言わずに深く一礼してきた。


「・・・・ありがとう。あんたのお陰だ」


「私のお陰じゃないよ。全ては君の力がやった事だ」


キャメルにジッポで火を点けながらぶっきら棒に言った。


ステファンはクスリと笑ったのに気が付いた。


私が照れ隠しをしているのを見破ったようだ。


「あれから、おっさん・・・・・・彰久と話し合ったんだけど・・・・・彰久に着いて行く事に決めた」


地獄の底までも、と言う美咲さん。


これを聞いた四人組は複雑な表情をしていた。


少なからず好意を抱いていた相手が憧れていた男に取られる形で心は複雑なのだろう。


その他に地獄の底まで、と縁起でもない言葉を聞いたのも含まれていると思う。


「地獄までとは恐れ入る。・・・・・まぁ、それ位の覚悟がないと彼の相手が務まる訳ないか」


ステファンもそうね、と相槌を打った。


5分くらい話しているとアキヒサが呼ぶ声がした。


呼ばれて梯子を登り二階に行くと七人分の簡易なベッドが用意されていた。


「私は下で寝るから君らは二階で寝てくれ」


女性には悪いが、と謝る事をアキヒサは忘れなかった。


そんな性格が女心を擽るのを知らないのか?


「・・・・貴方の性格は無意識だから性質が悪い」


はぁ、と溜め息を吐きながら私は煙を吐いた。


「?まぁ良い。それより飯を作るから手伝ってくれ」


私の言葉に首を傾げながらアキヒサは昨日、狩った猪の肉をベースに鍋を作ると言った。


「OK。それじゃ、下に行こうか」


皆で下に降りた。


四人組は寝ていても構わないとアキヒサが言うと再び二階へと上がって五分も経たない内に寝てしまった。


美咲さんとステファンは下に降りてテーブルで談笑していた。


二人して私とアキヒサの良い所を言い合っているようだ。


その事を考えると二階で泥のように眠る四人組は幸せだったのかもしれない。


誰が好き好んで好きな女が男を褒める話しを聞きたがる。


そんな女性二人に背を向けて私とアキヒサは料理の準備をしていた。


作るのは猪のステーキと豚汁だ。


キッチンの下にある戸棚から解体した猪の肉を取り出し人数分に切り分けるアキヒサとは別に私は用意された野菜を水洗いして切った。


野菜はジャガイモ、シシトウ、シメジだ。


豚汁の方はネギに豆腐とゴボウに大根と人参だ。


「ところで何時まで日本に居るんだい?」


ジャガイモの皮を丁寧に切りながら隣で猪の肉を火で焙るアキヒサに聞いた。


「今回は半年だ。“伯爵様”からも傷の治療に専念するようにと言われたからな」


実際は傷など一週間で回復するが、敢えて半年の休暇を与えた“伯爵様”の考えに私はなるほどと思った。


「半年、か。それなら十分な時間だね」


アキヒサは解っていたのかあぁ、と頷いた。


「ねぇ。何が十分な時間なの?ダーリン」


ステファンが背中越しに聞いてきた。


「ん?美咲さんを立派な淑女に仕立て上げる時間だよ」


ああ、なるほどと頷くステファン。


対して美咲さんは首を傾げていた。


「美咲さん。これから君には色々と覚えてもらう事になるよ」


私は手を止めて白いタオルで手を拭いてから振り返った。


「アキヒサは知っていると思うけど世界を股に掛ける武器商人だ」


これには美咲さんも解っていると頷いた。


「武器商人というのは裏世界だけでなく社交界にも顔を売らなければならないんだ」


社交界で顔を売れば自然と商売の話が浮き上がるものだ。


「まぁ、その他にも何れ行くと思うけど“伯爵様”の屋敷で開かれるパーティに参加しないといけないから」


「それで君には彼の連れ添い役として申し分ないようにしてもらわなければいけない」


そうしないとアキヒサの顔に泥を塗る事になると言うと美咲さんの顔は真剣な顔を更に真剣にさせた。


「おい。彼女を追い詰めるような発言は控えてくれ。この娘は根を詰め過ぎる性格なんだ」


アキヒサが少し咎める口調で割って入ってきた。


「美咲。私は君が淑女らしく振る舞えなくても気にしない。ありのままでいなさい」


相田みつをの言葉を引用するアキヒサ。


しかし、美咲さんは首を横に振った。


「・・・・気持ちは嬉しい。だけど、私は貴方の傍に立っていられる恥ずかしくない女になりたいんだ」


それは美咲さんのプライドでもあると感じた。


男の後ろを歩くより肩を並べて歩きたい。


それが美咲さんのプライドなのだ。


「・・・・・分かった」


アキヒサは暫く美咲さんを見つめていたが頷いた。


ありがとうと言って美咲さんは微笑んだ。


とても屈託のない優しい笑顔だ。


私とステファンは顔を見合せて小さく笑い合った。


それから二人も混ざってカップル仲良く猪のステーキと豚汁を作り上げて四人を起こしてから食事を始めた。


猪の肉は火が奥まで通っていて、とても美味かった。


食事を済ませた後はアキヒサが作った露天風呂に入った。


もちろん男子は男子で女子は女子同士で、だ。


露天風呂は小屋からそんなに離れていない場所で木の屋根と壁があってサウナの役割もしていた。


「あー、良い湯だ」


アキヒサは肩まで湯に浸かりながら息を吐いた。


銀星会のアジトで受けた傷は既に塞がっていた。


男の裸に興味を持つような変態趣味は持ち合わせていない私だが、アキヒサの肉体には目を見張るものがある。


人狼である事から彼の肉体は常人よりも逞しく野生の気が溢れ返っていて魅力を感じられずには入られなかった。


「半年間どうするんだい?」


「山を降りてから考える」


まぁ、気軽な休みにするさと言うアキヒサ。


四人組は、さっきから何やら何かを言おうとしているが迷っていた。


「君ら何か言いたい事があるなら言った方が良い」


私の言葉に四人は意を決したのかアキヒサに頭を下げた。


「お願いです。俺らも連れて行って下さい!!」


「俺らも美咲さんと同じくアキヒサさんの供をさせて下さい」


雑用でも何でもすると言う四人組。


「君たち。私に着いて行くという事は、今の生活を全て捨てるという事だよ」


美咲にも言ったとアキヒサは四人組に言った。


「・・・・覚悟は出来ています」


「・・・・・・」


アキヒサは黙って四人を見た。


彼らの瞳は本気だった。


「・・・分かった」


ただし、最初はマーロウの傍で働いてからだと言うアキヒサ。


勝手に人に押し付けないでくれと言いたかったが、ここは目を瞑ろうと思い渋々ながら了承した。


「やれやれ。これから忙しくなるな」


私は小さく溜め息を吐いた。


しかし、嫌な溜め息ではなく何処か楽しげな溜め息だった。


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