第十三章:ウールヴヘジンとの再会
風が吹き草木が揺れ始めた。
明朝7時。
鳥たちがざわめく中で私は浅い眠りから目を覚ました。
あれから一人で番をしていたが結局は寝てしまった。
誰も番をしなかった焚火を見る。
火は弱くなっていたが、まだ消えていなかった。
「ふぁーあ」
小さく欠伸をして腕を伸ばす。
ステファン達を見たがステファン達はまだ眠っていた。
私は新しい薪に火を点けて火を強くした。
パチパチパチ
小さく弾ける音を立てながら私はインスタント・コーヒーを作り始めた。
アルミ製のヤカンに買ったミネラル・ウォーターを入れて脚立を使いヤカンを吊るして湯を沸かす。
その間に私はステファン達を起こした。
「・・・・おはよう。ダーリン」
「・・・・おはよう」
未だ眠たそうな顔をしながらステファンと美咲さんは目を覚ました。
しかし、四人はまだ眠り続けていた。
仕方ないので空に向かって一発を撃った。
ダアッン!!
青い空にウィンチェスター357弾の銃声が木霊した。
銃声を聞いて五人は何事かと慌てて眼を覚ました。
それと同時にステファン達の意見も覚醒した。
「おはよう。直ぐに食事をして出発するよ。そうすれば夕方には着ける」
眼を見張ったままの四人に言う。
何が何だか分からないと言った顔だったが、気にせず朝食の準備を始めた。
美咲さんの方は少し隈があった。
時々、眠りから覚めたのを知っている。
それも呻き声を上げながら・・・・・・・・・・・・
きっと銀星会でのアジトでの事を夢見たと手に取るように分かった。
しかし、敢えて無視して気付かないようにした。
彼女を救えるのはアキヒサを除いて他に居ないからだ。
一刻も早くアキヒサに会わせたいと思う気持ちが強くなる。
朝食はボロニア・ソーセージと焼いたチーズにインスタント・コーヒーという簡素な物だがエネルギーを摂取するには持って来いの食事だ。
十分ほどで食事を済ませると火を消して歩き始めた。
誰も喋らずに無言だった。
無駄に体力を減らさない事を昨日で学ぶとは中々だと思う。
獣たちが固めた道を歩きながら私はアキヒサの匂いがしないか周囲を確認した。
獣道を歩いているため猪やら鹿やら熊などの臭いが混ざってアキヒサの臭いを探すのに苦労した。
更に風が吹くせいで遠くから来る臭いも混ざって混乱した。
だが、思わぬ幸運を風が運んで来てくれた。
「・・・・アキヒサの匂いだ」
微かに風の向く方向からアキヒサの匂いを感じ取った。
しかも、それほど離れていなかった。
「おっさんが近くに居るのか?」
美咲さんが私の小さな声に敏感に反応した。
「・・・・微かだけど彼の匂いがする」
私はチラリと見るとステファンは頷き美咲さんも頷いた。
四人組も遅れながら頷いた。
全員が頷くのを見て私は匂いがする方向へ走った。
後ろに気を使いながら私は匂いがする方向へと走り続けた。
獣道を擦り抜けて行くと川の流れる音が聞こえた。
茂みを抜けると綺麗な水と緑が延々と広がる渓流があった。
大きな岩の上に立つ一人の人型が見えた。
熊の毛皮を被った男は右手に竹で作られた渓流竿を持ち獲物が掛るのを待っていた。
リールはなかった。
左肩には第二次世界大戦でドイツ軍が使用していたボルトアクション式ライフル、モーゼルkar98kを掛けていた。
右腰に付けたヒップ・ホルスターには黒い銃口が抜き出たS&W M629マウンテンガンで左腰にはナイロンの鞘に入ったジャングル・キングと熊の皮で作られた袈裟掛けが差されていた。
間違いない。
・・・・・アキヒサだ。
一歩踏み出そうとした時だ。
彼の竿が僅かに動き縦長の浮きがピクン、ピクンと動いた。
獲物が食い付いたと分かった。
彼は微動だにせず竿を高く上げて用意した玉網で救い上げた。
元気がある岩魚だった。
「相変わらず良い腕だね。アキヒサ」
ピクンとアキヒサの肩が揺れた。
暫く背を向けていたが少しして振り返ってくれた。
「・・・もう追って来たか。流石だね。マーロウ」
アキヒサは苦笑とも微笑とも取れる笑いを漏らした。
頭から熊の毛皮を被ったアキヒサの格好は、東北地方の有名な狩人、マタギのように見えた。
「まぁね。こっちの娘さんが君に会いたがっているよ」
私はチラリと後ろを振り返った。
四人を押し退けて美咲さんが出てきた。
「・・・おっさん」
美咲さんの歓喜に満ちた声。
「・・・・美咲」
それとは対照的にアキヒサは悲しげな眼をしたが直ぐに打ち消して釣った岩名を竹で作った魚篭に入れると静かに背を向けた。
「・・・・おっさん!!」
美咲さんの悲しそうな声が山に響いた。
「取り合えず私の家に来なさい。話しはそれからだ」
背を向けたまま答えるアキヒサに私とステファンは小さく息を吐いた。
石から石へと軽々と跳び越えて行くアキヒサに私たちも続いた。
彼が歩いた場所を行けば安全だからだ。
黙々と山道を進むアキヒサ。
自分勝手に見えるが、ちゃんと後から来る私たちを考えて道を作ってくれていると分かる。
美咲さんの方をチラリと見ると、ずっとアキヒサの背中を見ていた。
彼女にはアキヒサの背中が無言の拒絶を表していると見ているようだが、私から見えれば拒絶ではなく戸惑いを表していた。
彼女が、ここまで自分を追って来るとは思っていなかった。
だが、彼女は追って来た。
その事に戸惑っているんだ。
『・・・・これからどうなる事やら』
私は不器用な二人がどうなるか真剣に悩み始めた。
30分ほど山道を歩くと一件の丸太小屋が見えた。
右端に黒い煙突がニョキリと黒漆で塗られた三角形の屋根から出ていてドアの真上にはトナカイの頭蓋骨が飾られていた。
アキヒサはドアを押して中に入った。
私たちも追って中に入る。
「適当な場所に腰を下ろしてくれ。コーヒーでも淹れる」
モーゼルと竿と魚籠を端に置いてヤカンを沸かし始めた。
私たちはテーブルの椅子に座った。
部屋の中は小綺麗に整理整頓されていた。
一階にはテーブルとイス、暖炉と簡易なベッドとキッチンが置いてあるだけだった。
左端には梯子があり二階へと通じるようだ。
彼は人数分のコーヒーをデコボコしたカップに淹れてくるとテーブルの上に置いてくれた。
「少し飲んでいてくれ。釣った魚を燻製にしてくる」
アキヒサは竹の魚籠を持つと小屋から出て行った。
そんなアキヒサを美咲さんは瞬きもせずに見続けていたが、不意に立ち上がるとアキヒサを追って小屋から出て行った。
「あの二人。何とかなると良いけど」
私は小さく息を吐いてから彼が淹れてくれたコーヒーを口にした。
濃くのあるブルーマウンテン豆を使っている。
水も良質な水で味が口の中で冴え渡った。
ステファンの方もコーヒーが美味しいのか優雅に香りを楽しんでいた。
四人の方は美咲さんの方と部屋の中が気になるのかソワソワしているのがチラリと見えた。
「あんまりソワソワしない方が良いよ」
私はコーヒーを飲みながらキャメルを取り出して銜えた。
「私たちが何を騒いでも無意味なんだから」
銜えたキャメルにジッポ・ライターで火を点けた。
「でも、彼らの気持ちも解らなくはないでしょ?」
ステファンは四人組に同情的な発言をした。
「まぁね。だけど、ここからは当事者同士の問題だよ」
私たちは彼女をアキヒサの所まで連れて行った。
力になるとは言ったが、ここからはもう手は貸せないと思う。
「まぁ、大丈夫だと思うよ」
不安そうなステファンと四人組に今の美咲さんならアキヒサを説得できると思った。
フゥー
煙を吐いてコーヒーを飲んだ。
煙草を吸った後だと更に濃くが増した気がした。