第十二章:二人に幸あれ
高速を使い二時間程度で山梨県に到着した。
高速を降りて必要な物を買う事にした。
近くのスーパーに行き二日分の食料と水を買って車に詰め込む。
荷物を詰め込んでから再び車を走らせて山道に入る。
ガタガタ
四輪駆動でないため揺れが激しかった。
「今回の報酬で四輪駆動の車を買おうか?ステファン」
助手席のステファンに言う。
「賛成だわ。お尻が痛くて叶わないわ」
ステファンは痛いと言ってお尻を撫でた。
四人組の方は酔ったのか予め渡しておいたナイロンの袋に顔を埋めていた。
美咲さんだけは平然とした顔でいた。
「君は酔わないのかい?」
「・・・・・おっさんに会うまでは全て耐える」
かなり我慢しているのが解った。
「そう」
私は運転に集中した。
十分くらい行くと黒い1980年代のシボレーC/Kがあった。
「アキヒサの車だ」
私がポツリと言うと美咲さんは後部座席から身を乗り出してシボレーを見た。
シボレーの隣に止めて降りた。
「ここからは歩いて行くよ」
荷物を取り出しながら言った。
コートを脱いでサイレントコート・リアルツリーハードウッズと呼ばれるコートを着てソフト帽の代わりに迷彩柄のジャングル・ハットを被った。
レミントンM700BDLを右肩に掛けた。
ステファンの方はアメリカンクラシックハンター・ジャケットに黒いハンティング・キャップを被った。
ホーランドの水平二連式散弾銃を私とは違い両手で持った。
「君ら四人は二日分の食料を持って私に着いて来て」
美咲さんはステファンと一緒に行動するように言った。
四人は言われた通り食料を背中に背負った。
「これから行くのは獣道と言われる動物が作った道だ。そこを通ればアキヒサの小屋には二日で行ける。だけど、獣が出る可能性もあるから油断しないように」
五人は真剣な顔で頷いた。
「それじゃ行こうか」
私が先頭に立ちステファンが殿を務めて進んだ。
獣の足で作り上げられた道は人工的に作られた道と違い狭い。
その為、茂みが目の前を覆っているから私は、アキヒサから貰ったグルカナイフで茂みを切り開いて進んだ。
「彰久さんはここを通ったのか?」
四人組の一人が聞いてきた。
「うん。通ったね。微かだけど匂う」
匂う?という返答に四人は首を傾げた。
「鼻が良いんだよ」
笑って答えてグルカナイフで道を切り開いた。
一時間ほど進むと辺りが一層暗くなった。
左手に填めたデジタル時計を見ると午後の6時を回っていた。
このペースで行けば明後日の昼頃には山小屋に着く。
「今日はここまでかな」
私の言葉を聞いて四人は地面に腰を下ろした。
美咲さんの方は座らずに木に寄り掛かった。
「ステファン。私は薪を取って来るから、食事の準備を頼むよ」
了解と言ってステファンは四人から食料を取ると食事の準備を始めた。
私は少し遠くに行き薪を拾い始めた。
燃え易い乾燥した木を探して手に持つ。
何本目かの薪を拾おうとした時だった。
ガォォン!!
大きな遠吠えが背後から聞こえた。
咄嗟に横に跳び肩からレミントンを両手に持ち返して振り返る。
背後にはヒグマが仁王立ちして私を睨んでいた。
どうやら知らず内に縄張りに入っていたようだ。
「・・・・・・・・・」
私はヒグマを刺激しないようにしながら、ゆっくりと懐から冷凍の牛肉を置いた。
静かにヒグマを見たまま後ずさりした。
熊と遭ったら下手に刺激しないで何か食べ物を静かに床に置いて背を向けずに立ち去るのが良い。
背を向けて走ると獲物と判断し襲って来る。
死んだ振り何かしたら、それこそ愚行でしかない。
獲物と勘違いして襲そわれて頭を鋭い爪で抉られ腸を牙で食い千切られる。
ヒグマは私を睨んでいたが冷凍の牛肉を見て、そちらに食い付いた。
私はゆっくりと静かに立ち去った。
ステファン達の方に戻るとステファンが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫?ダーリン」
「熊の雄叫びが聞こえたから心配してたわ」
「ヒグマに遭ったけど、何とか逃げて来たよ」
四人は熊と聞いて腰を抜かしていた。
「今夜は交代制で番をしないとね」
そうだね、と言って私はジャングル・ハットを取って顔を扇いだ。
額には汗がビッショリと流れていて髪が張り付いていた。
「・・・・・・・・」
私とステファンを黙って美咲さんは見ていた。
火を起こす為に拾っていた薪はヒグマの縄張りに置いて来てしまったから仕方なく再び拾って来た。
薪に火を点けた新聞をくべると直ぐに燃え出した。
オレンジ色の炎が周りを明るく照らして温かった。
今夜の食事はコンビーフの缶詰と魚肉ソーセージにインスタント・ラーメンとコーヒーだ。
ズルズル
ガツガツ
ラーメンを啜る音やコンビーフなどを食べる音が山の中で木霊する。
四人は直ぐに食べ終えると寝袋に入り眠ってしまった。
慣れない山道で疲れてしまったようだ。
美咲さんの方はコンビーフを食べると食事を終えてしまった。
「食欲がないのかい?」
私が聞く。
「・・・・あんまり」
ボソリと答える美咲さん。
「ねぇ。ダーリン。アキヒサはどうしてるかしら?」
ステファンがアキヒサの事を聞いてきた。
「たぶんだけど、まだ狩りをしてるんじゃないかな」
狼男の彼を考えると夜の方が活発になると思ったからだ。
「・・・おっさんは、夜行性なんだ」
美咲さんが小さく呟いた。
「狼は夜行性だからね」
「・・・ねぇ。おっさんの事を詳しく話してくれない?」
自分が知らないアキヒサの事を知りたいと言う美咲さん。
「・・・・分かった。まず最初に言うとアキヒサは元人間だったんだ」
最初から狼男ではなかったと説明する。
「じゃあ、どうやって狼男になったんだい?」
「それは“伯爵様”の力でだよ」
「“伯爵様”?」
聞き返してくる美咲さんに私は頷いた。
「そう。私とアキヒサの主人だよ」
「・・・・その人がおっさんを狼男に?」
「まぁ、もっと詳しく言えばアキヒサ自身が自分から望んでなったんだよ」
“伯爵様”は彼の底に眠る野性を少し刺激しただけだと言った。
「おっさんの野性?」
「そう。彼には元から常人にはない物を持っていたんだよ」
それが彼を変えたと言う。
「・・・・あんた達も同じ?」
「そうだよ。私もステファンも常人にはない野性を持っているよ」
「・・・・・・・」
美咲さんは無言になった。
表情は無表情に近かったが瞳が迷っている事を物語っていた。
「狼男は、獣人。私たちみたいに獣になれる者を言うんだけど、群を抜いて強い」
五感に優れ鋼のように強靭な肉体を武器に戦う狼男は獣人の中でも一種の王として崇められている。
「アキヒサは、その狼男の野性を持っていたんだ。これは、ある意味で彼にとっては幸せだったと思うよ」
「・・・・幸せ?」
「人間だった頃の彼は酷く惨めだったらしいんだ」
それが野性に目覚めた事で変わったと言った。
美咲さんに言った所で何かが変わったりする訳でもないが話さなければいけないと思い話した。
「・・・・・・・そう」
美咲さんは短く言った。
「・・・話してくれて、ありがとう」
礼を言うと美咲さんは渡しておいた寝袋に包まって眠った。
「・・・・・・ねぇ。ダーリン。彼女とアキヒサさん。どうなるのかしら?」
ステファンの問いに私は何も言えないと答えた。
彼らがこれからどうなるか、それは私には分からない。
ただ、願わくば二人が幸せになる事を祈るばかりだ。
「・・・・二人が幸せになれる事を祈るわ」
ステファンはポツリと呟くと散弾銃を肩に当てて眠った。
一人起きる私は炎をじっと見ながら小さく溜め息を吐いた。