第十章:ヴェーア・ヴォルフ
緊張しながら音のする部屋へと入った。
目の前に広がるのは力づくで引き裂かれた家具と強い超音波の類により破壊された壁などだった。
その中で二匹の獣同士が血を流しながら戦っていた。
一匹は薄紫の色をして背中に蝙蝠の羽根を生やして額に鋭い角を出した獣。
もう一匹は灰褐色の毛皮を持った狼だ。
狼は二本足で立ち前足で翼の生えた獣を斬り裂こうとしていた。
・・・・・・アキヒサだ。
私は、狼の姿となったアキヒサを黙って見つめていた。
彼は狼男と異名される通り人狼になる事が出来る。
これがウールヴヘジンの姿だ。
狼となり己が牙と爪で相手を殺す。
それがウールヴヘジンだ。
私は見慣れているが、後ろからは目を見張る声が微かに聞こえてしまった。
美咲さんの声だ。
やはり、連れてくるのではないと思ってしまう。
人間ではないアキヒサ。
その姿を見せれば、きっと彼女は恐ろしい眼差しでアキヒサを見るに違いない。
そして予感は的中してしまった。
私たちの登場に気付かないアキヒサと獣。
「ガアゥゥゥ!!」
雄叫びを上げながら鋭い剃刀のような爪で翼の生えた獣を斬り裂こうとしたが、寸での所で獣は翼を広げて天高く飛び上り口を開けて何かを出してきた。
それは超音波の波だ。
肉眼では見えないが悪魔探偵の私には、ハッキリと見えた。
プゥゥゥ
「グゥゥゥ」
唸り声を上げてアキヒサは壁を斜めに飛び上り獣に飛び掛かった。
予想していたのか獣は、もっと空高く飛ぼうとしたがアキヒサの方が早く片足を掴んだ。
「グワァウ!!」
ブンッ
鋭く猛々しい声と共に片手で獣を地面に叩き付けた。
それで地面が微かに揺れて足がふら付いた。
『何て馬鹿力だ』
私は何とか姿勢を崩さないでいたが後ろではステファンに支えられながら美咲さんが立ち上がっていた。
アキヒサの姿と地面が揺れたせいで尻もちを着いたのだ。
それ以外にも足が震えているのも含まれている。
「・・・・・・」
美咲さんは、ガタガタ身体を震えさせていた。
無理もない。
今、行われているのは人間同士の戦いではない。
獣同士の“殺し合い”などだ。
地面に叩き付けられた獣は片眼でギロリとシャンデリアにぶら下がるアキヒサを睨んだ。
対してアキヒサは琥珀色の瞳を細めて右手をバキバキと鳴らした。
『・・・・・次で殺す気だ』
私は確信した。
「ガアウ!!」
アキヒサが勢いよくシャンデリアから跳び獣に襲い掛かった。
しかし、獣は超音波を放ち私たちの方に飛んで来た。
「ちっ!!」
私はウィンチェスターを向けようとした。
ダアッン!!
大きな音と衝撃が頭に食らった。
「ダーリン!!」
ステファンが大声を上げた。
狙撃されたと分かった。
「・・・・く、くくくくくっ。まだまだ甘い、ぜ」
さっき殺した筈の狙撃者が身体から血を流しながら笑っていた。
その姿は異形だった。
どうやら獣の眷族となったらしい。
狙撃されたが幸いにもソフト帽のお陰で無事だったが、獣のタックルで横に飛ばされステファンも獣に腕を掴まれ一緒に飛ばされた。
咄嗟に私はステファンを受け止めた。
勢いよく壁にぶつかり意識を失いそうになったが、何とか意識を保った。
しかし、敢えて気絶した振りをした。
ステファンの方も解っているのか気絶した振りをした。
「動くな!!狼男!?」
狙撃者が美咲さんの首にライフルを当てて叫んだ。
「意識はあるんだろ?この娘を死なせたくないなら、抵抗は止めろ」
「・・・・・・グゥゥゥ」
アキヒサは唸り声を上げながらも動かなかった。
「くくくくく。それで、良い。ボス大丈夫ですか?」
傷だらけの獣に尋ねる狙撃者。
「・・・何とか大丈夫だ。くそったれが。人を嬲りやがって」
獣はアキヒサに超音波を放った。
諸に直撃したアキヒサは後方の壁に激突した。
「グゥッ」
悲痛な声を上げるアキヒサ。
「おっさん!!」
美咲さんが叫ぶ。
「へへへへ。もっと叫びな」
狙撃者は下駄な笑い声を上げながら首に当てていたライフルをアキヒサに向けた。
美咲さんは抵抗しようとしたが首を抑えられて無駄に終わった。
グググググ、と足が地面に着かないように上げられて美咲さんは、もがき苦しんだ。
その様子を楽しそうに見ながら狙撃者はライフルの引き金に指を掛けた。
「喰らいな!化物が!?」
ダダダダン!!
M16A2の弾をアキヒサは諸に喰らった。
「ウゥガァウ!!」
アキヒサの唸り声が屋敷中に響き渡った。
灰褐色の毛皮が赤い血で染まった。
「てめぇと、そこの二人組には散々な目に合わされたんだ。たっぷりと礼はさせてもらうぜ!?」
獣と狙撃者はゲタゲタと笑った。
その様子を私とステファンは黙って静かに見ていた。
「・・・・ダーリン。どうする」
小声で訊ねるステファン。
「・・・このままだとアキヒサは嬲り殺しにされてしまう。私たちも、変身と行こうか」
一気に決着を付けるには私たちも変身して倒すのが一番だと判断した。
「・・・OK。行きましょうか」
私とステファンは頷くと勢いよく走った。
ピィィィィ!!
グワァァウ!!
二匹の獣の鳴き声が響いた。
アキヒサと翼の生えた獣の鳴き声ではない。
私とステファンの鳴き声だ。
ステファンが美咲さんを抑えていた狙撃者の首に咬み付いた。
「ギャア!!ま、魔力が抜ける!!」
狙撃者の叫び声が聞こえた。
「不味すぎる血ね」
狙撃者の首から離れてステファンはペッと血の唾を吐いた。
ステファンの攻撃に私も勢いを掛けるように翼の生えた獣に素早く飛び蹴りを二発お見舞いしてやった。
「これでも喰らえ!!」
私は翼の生えた獣に素早く飛び蹴りを二発お見舞いしてやった。
「ぐはっ!!」
獣は口から血を吐いて後方に跳んだ。
その隙をアキヒサは見逃さなかった。
「グワアアウ!!」
雄叫びを上げながら血で赤くなった身体に鞭を打ちアキヒサは獣の喉元に咬み付き鋭い爪を相手の心臓にぶち込んだ。
・・・・・・ドシャー
大量の血が獣の身体から出た。
アキヒサの腕は獣の身体を貫通して緑色の血で染まっていた。
「・・・・くそ、獣が・・・・・・・・」
獣はアキヒサに憎悪の塊となった言葉を掛けて息絶えた。
「獣じゃない。ウールヴヘジン。狼の戦士だ。くそがっ」
アキヒサは荒い息で死んだ悪魔に向かって言った。
「さて、こっちは片付いた。次は・・・・・こっちか」
私は背後から聞こえる弱々しい息の持ち主に向き直った。
「ぎ、ぎざまら・・・・・・獣人だった、のか」
狙撃者は首から大量の血を流しながら地面に尻を着いていた。
もう直ぐ死ぬ。
誰が見ても一目で分かった。
「そうだよ。獣の騎士、ビースト・ナイト。またの名を“ヴェーア・ヴォルフ(戦狼部隊)”とも言うがね」
私は自分たちに付けられた名前を言った。
ヴェーア・ヴォルフ・・・・・ドイツ語で狼男、日本では暫し人狼部隊、狼人部隊と呼ばれている。
由来は狼男のアキヒサがリーダーで四人とも全員が獣であるためだ。
「は、ははっははははは。あのヴェーア・ヴォルフが相手だったとは、傑作だぜ」
高笑いした男は血を吐き出して息絶えた。
その様子を私とステファン、アキヒサは黙って見ていた。
美咲さんは未だ気絶したままだ。
「・・・・彼女を頼む」
アキヒサは何処か鎮痛そうな顔で頼んで来た。
「貴方が助けたんだ。貴方がやるべきだ」
元から彼がした事だ。
最後まで責任は持つべきだと言おうとした。
しかし、アキヒサは首を横に振った。
「・・・・・・こんな血塗れの身体では駄目だ」
自身の血で汚れた腕を見せて悲しそうに笑うとアキヒサはウォーンと鳴いて窓ガラスから出て夜の闇へと消えて行った。
あまりに哀し過ぎる背中をキツネと蝙蝠の姿となった私とステファンは黙って見続ける事しかできなかった。
その後、屋敷を後にした私たちはミニ・クーパーSをステファンに運転させて自身はベントレーに乗ってアジトへと帰った。