第94話 ジンロの最期
かつて獣牙族を治めていたワーウルフの魔王ジンロは、誰もが認める魔王の中の魔王。
武力、知力、カリスマ、どれを取っても他に類を見ない偉大なる魔王。それが魔王ジンロであった。
そんな魔王ジンロを、内助の功で支えるのが妻のオカミ。一人娘のウルと三人で、平和な家庭を築き上げていた。
ワーウルフが住む集落は人里からかなり離れた場所にあり、人間とのトラブルは殆ど無く、魔族間でしかトラブルは無かった。
その魔族間でのトラブルも、魔王ジンロによって速やかに解決。誰もが憧れる魔王による統治が、行き届いている証であった。
だが、そんな平和な時代は長くは続かなかった。なんと魔王ジンロの妻である、オカミが何者かによって、殺される事件が勃発したのだ。
オカミを惨殺し、森に火を放ち証拠を隠滅。臭いでの追跡に特化したワーウルフの性質を熟知している、同族が犯人の可能性が高いと思われた。
激昂し、犯人探しに躍起になる魔王ジンロ。しかし、それが間違いであった。
犯人は残虐で名高い、同じワーウルフのフェン。魔王の座を虎視眈々と狙っていた男の、計画的犯行なのだから。
ジンロとオカミ、その二人の間に生まれた一人娘のウル。そのウルを他のワーウルフに任せて犯人探しをするのは、まさにフェンの思う壺。
護衛のワーウルフを倒してウルを人質にとったフェンが、ジンロと相対する。
「くっくっくっ!どうだ?妻と一緒に娘も殺される心境は!」
「…やはり、貴様がオカミを殺したのか、フェン!」
ウルの頭を鷲掴みにしたフェンが勝ち誇る。ジンロがどれだけ優れた魔王であろうとも、ウルを助けようと近づいた瞬間、ウルの頭を粉砕できるだけの力をフェンは有していた。
妻を失い、更には忘れ形見の娘であるウルまでをも失う訳にはいかない。ジンロは優れた魔王でありながら、手を出せずに立ち往生していた。
そんなジンロに、フェンが人質交換を持ちかける。
「俺様が欲しいのは魔王の座だ。貴様が魔王の座を俺様に譲るなら、娘は見逃してやる。まあ、俺様に魔王の座を譲れば、間違い無く貴様は死ぬがな」
薄ら笑うフェン。確かに魔王の座を譲ればジンロは死ぬだろう。だが、ウルの命の保証など、残虐なフェンが許すとも思えない。
一か八か、フェンに襲いかかってウルを助けるか?そう思うジンロの気配を読み取ってか、フェンはウルを鷲掴みにしている右手の握力を更に強める。
「いやああああっ!やめてぇ!」
ミシミシと音を立てる頭蓋骨に、悲鳴をあげるウル。それを見たジンロから、一か八かの急襲の選択肢が消えた。
愛する妻であるオカミを失い、更には娘までをも失う事など、ジンロには到底耐えられる事では無いのだから。
歯噛みするジンロ。それに対して、フェンは更なる追い込みかける。
「おいおい、魔王の座を譲るのが惜しいのか?愛娘の命よりも…そんなに惜しいって言うのか?」
そう言うと、フェンはウルの左腕に噛み付き、難無くウルの左腕を喰い千切った。
「いやああああっ!」
泣き叫ぶウルの左肩から先が消失し、傷口から血が吹き出した。駆け寄ろうとするジンロに対し、フェンは再びウルの頭を締め上げる。
「おおっと!動くなよ!それ以上近寄れば、テメェの目の前で愛娘の頭を粉砕するぞ!」
「き、貴様…!」
「魔王の座を譲れねぇなら、仕方ねえ。こっちだって命懸けで取り引きを持ち掛けてるんだ。死ぬ前にテメェの娘も道連れにしてやるよ」
「……」
「まだ悩むか?なら次はこっちの腕だ」
「や、やめろ!」
フェンはウルの右腕に噛み付き、同じ様に喰い千切った。両腕を失ったウルは泣き叫び、父であるジンロに助けを求める。
「お父さん、助けて!私…死んじゃうよ…」
血塗れになり、助けを求めるウル。その言葉を聞き、ジンロの覚悟は決まった。
「…魔王の座なんぞ、最初から要らん!欲しければくれてやる!だが、ウルの命の保証はどこにある!」
元より、魔王の座に固執なんぞしていないジンロ。何よりも、ウルの命を最優先にしているのだ。
残虐で名高いフェンが、人質であるウルを殺さない保証はどこにも無い。しかし、魔王の座をフェンに譲らなければ、ウルは確実に殺される。
「保証?そんなものはねぇよ!保証が無ければ娘を見殺しにできるのか?」
嘲笑うフェン。保証が無いのは分かりきっている。それでもジンロには選ばざるを得なかった。
「…貴様にワーウルフとしての誇りが、少しでも残っている事に賭ける!受け取れ!これが魔王として…父としての答えだ!」
そう言ってジンロは右手を自身の胸へと突き刺すと、自ら心の臓をえぐり出した。
脈動する心臓。それを差し出し、ジンロはウルの解放を求める。
「これが我が心!さあ、ウルを放せ!」
「くくくっ!いいだろう!これで魔王の座は俺様のものだ!」
邪悪な笑みを浮かべるフェンはナイフを取り出し、えぐり出された心の臓目掛けて投擲。たとえ魔王であろうとも、剥き出しになった心の臓は防御力など皆無。一撃で粉砕されるのであった。
「ぐふっ⁉︎」
倒れ込むジンロ。これによってジンロの死は確定した。
そして魔王に致命傷を与えたフェンが、次世代の魔王としての資格を手に入れることに。
フェンのステータスには魔王の称号が付与され、ステータス値は著しく上昇。
反して、魔王の称号を失ったジンロはステータス値が減少し、すでに死にかけていた。
「ぐははははっ!これが魔王の力か!まさに俺様の為にある力だな!」
魔王の力を手に入れたフェンは、その力に酔いしれていた。そして両腕を失ったウルに、更なる残虐さをみせることとなる。
「こいつの命が惜しいんだったな?ほれ、返してやるぞ」
フェンはウルの両足をも喰い千切り、四肢を失った状態にしてウルをジンロに投げ渡した。
血に塗れ、四肢を失ったウルを必死で受け止める元魔王のジンロ。自身が死の淵にいながらも、ウルの心配を欠かさない。
「大丈夫か、ウル。すまないが父さんはもうダメだ。仲間と共に…生きて…くれ…」
意識が朦朧とするジンロ。だが、そこにフェンがトドメの一撃を繰り出すのであった。
「次の満月の日まで、殺さないでおいてやる。どうだ?約束は守っただろう?」
「貴様…!」
「あばよ、元魔王ジンロ!あの世でオカミが待ってるぜ!」
魔王の力を手に入れたフェンの一撃がジンロの頭を粉砕。目の前で行われる虐殺に、ウルが泣き叫ぶ。
「いやー!お父さん!死んじゃいや!」
「ギャハハハハ!頭を粉砕されて、生きてるわけがねぇだろ⁉︎親と一緒でバカ丸出しだな!」
「お父さんを返して!私達が何をしたのよ!」
「安心しろ!すぐにジンロとオカミの元に送ってやるよ!だがな、すぐには殺さねぇ!タップリ時間をかけて殺してやるからな!この魔王の力を試すには、絶好の機会だ!さあ、次の満月の日まで、逃げられるところまで逃げてみろ!どこまでも追いかけてやるからな!」
甲高い声で笑いながら、一瞬にしてその場から消え去る魔王フェン。
残されたジンロの粉砕された死体の横で、ウルはいつまでも泣きじゃくるのであった。
◆
惨劇の場に到着した仲間のワーウルフ達が、ウルを保護。人間であれば致命傷である四肢欠損も、ワーウルフの回復力とハイポーションによって何とか命を繋ぎ止めた。
事情を聞き出し、族長を引き継いだジンロの弟のハスキ。自分達の力だけではどうにもならないと判断し、他の魔族を治める魔王への助力を求めて動き出す。
しかし、火中の栗を拾う程のお人好しな魔王など、いるわけも無い。元魔王ジンロと交流のあった魔王、全てが拒否を示した。
途方に暮れながらも、諦めきれないハスキが向かったのは、人間の住む町。魔族の協力を得ることができないのなら、人間の力を借りるしか無いと判断したのだ。
フードで耳を、そして尻尾を隠せば人間と大差無いワーウルフ。人間の世界に紛れ込むのはお手の物。
物資の調達する時も、人間の世界を利用しているのだ。ハスキは難無く、町へと潜り込む。
そして町へと侵入したハスキが、聞き捨てならない噂を耳にする。なんと、あの伝説の大魔王が復活したと言う話だ。
人間を家畜とし、3000年もの間、魔族が世界を支配した、人類にとっての暗黒時代。その当事者が復活したと言うのだ。
大魔王ともなれば、魔王フェンなど恐るるに足らず。伝説通りの力を大魔王が有していれば、世界を滅ぼせる力を有していると言っても過言では無いのだから。
真偽を確かめる為にエクレア王国へと向かったハスキ。そこで感じたのは、王都全体に漂う迷宮族の臭い。
街中で迷宮族の臭いが漂うなど、余りにも異常な光景だ。
普通ではあり得ない現状に、大魔王の存在を信じるハスキが期待を胸に、情報収集を始めるのであった。




