第75話 避難する者、挑む者
「…どうやら、本当に魔族が暗躍している様だな」
フードを深く被った男が、エクレア王国の王都にて、あたりの様子を窺う。
誰もが国から逃げ出そうと、必死なのが分かる。魔族の襲来がある為、パニックなのだろう。
「この臭いは…まさか、迷宮族か?国中、至るところから臭いを感じる…」
男は少し考えてから、自分なりの答えを導き出す。
「噂通り、とんでもない魔族が現れたのなら…助力をお願いできるかも知れない!敵か味方か、その判断さえ見誤らなければ…我らにとって朗報になるだろう!」
そして男は、街の喧騒へと姿を消すのであった。
◆
エクレア王国から、大量の避難民がワッフル王国へと向かう事となった。
その避難民の多くは「奴隷落ち被害者の会」が中心となり、親戚などに呼びかけて出来た民衆だ。
元エクレア軍兵士でありながら奴隷落ちし、ダンジョンへと強制的に突入させられた兵士の遺族達。それが中心となって出来た被害者の会が、国外逃亡を決起したのだ。
エクレア王国とババロア王国には魔族が攻め込んでくる。その為、ワッフル王国へと避難する。
それを被害者の会が親戚一同に伝えて、避難する者を一人でも増やそうとしたのだ。
怪盗ルパイア三世の素晴らしさと共に、ナーム女王の悪辣さも踏まえ、流言飛語は王都全体へと瞬く間に広がり、避難民は膨れ上がる。
元々、財産を根こそぎ奪われたナーム女王は臨時徴収を行い、国民からの不満を高めていた。
更には難攻不落の謎のダンジョンへと、度重なる無謀な突入。
これで支持される国があるとすれば、余程のアホな国か、ネトウヨが跋扈する国であろう。
マトモな国民であれば立ち上がる。それを後押ししたのが、怪盗ルパイア三世…そう、元王女のパイによる扇動だ。
奪い取った財宝をばら撒き、扇動は見事に成功した。人口、およそ12万人の王都から、3万人近くの避難民が国外へと流出する事となる。
王宮や銀行から金銭を奪い、更には国民の流出。この経済的ダメージは計り知れないだろう。
だが、そんな国民の流出に力を貸していたのが、怪盗ルパイア三世の被害者であるはずの、ギルドマスターのルドーであった。
3万人近くに膨れ上がった避難民を、手際良くワッフル王国へと送る為に、ギルドの冒険者全員を動員して警護にあたらせる。
その警護にあたる冒険者も、目的地であるワッフル王国に到着したら、戻って来ないでその国に定住する様、勧めている。
つまり、避難民同様この国から逃げる様、指示しているのだ。
ギルドマスターという立場にあるルドーは、兎に角この国の為に生きてきた。
そして恐らく、この仕事が自身の最後の仕事だと感じているのだろう。
だからこそ、出来る限り、一人でも多くの国民を救える様、避難民を逃しているのだ。
そんなルドーの元に客人が現れた。ギルドの内偵調査員、ナイテだ。
ナイテはギルドの応接室に通された。そこで青い顔をしながら、ルドーに報告をする。
「…この事件は、本当に化け物の仕業かも知れない」
「ナイテ殿ほどのお方が…一体、何があったのですか?」
皆殺しのナイテと謳われた男が、これ程に憔悴しきってるのは初めて見たルドー。事の重大さが窺える。
「ワシはこの国で内偵調査をしていた。腕利きの部下を含めて、10人でな。だが…先日、怪盗ルパイア三世が再び出没した日、ワシらは何の気配も感じる事が出来なかった。あれだけ警戒した調査中であったにも拘らず、だ!まるで室内へと転移でもしたかの様に、我々の警戒網をかい潜り、奴隷落ち被害者122名の自宅へと50万Gもの大金を届けたのだ!こんな事が出来るのは…確かに、魔王ドラキルが暗躍しているのかも知れない…」
「その様子だと、まるで魔王ドラキルに詳しい様な…」
「若い頃の話だ。一度、間近で魔王ドラキルと対面した事がある。脱兎の如く逃げ出したが、仲間は皆殺され…ワシだけが、何とか逃げ延びた。暗黒騎士セイに並ぶ実力者…それが魔王ドラキル。そのドラキルではないとしても、ドラキル並の魔族が暗躍しているのは事実…」
ナイテの考察を聞いたルドーは、一つの確信を得た。
「…やはり、エクレア王国は滅びの道に突き進んでいる様ですな」
「このまま対策を練らなければ、間違い無いだろう。避難民をワッフル王国へと送るのは、正しい判断だ。だが、その避難を促したのが怪盗ルパイア三世…パイア王女なのが気になる」
「確かに、パイア王女は血も涙も無い冷血漢。ナーム女王と血の繋がりは無いにせよ、恐らくは同じレベルの冷血漢。それがエクレア国民を避難させるとは…善意以外での目的があるからでしょう」
「ワシも同じ意見だ。善意など、欠片も無い冷血漢が…何を企んでいるのか?」
「恐らくは、恨みのあるナーム女王への復讐…国庫から財宝を盗み、銀行からも貯金を奪い取る。そこで大量の国民が国外へと流出すれば、経済はガタガタだ。ナーム女王を苦しめ、更には国の防衛力も低下させられる。近いうちに…大量の魔族が、エクレア王国へと攻め入る為の布石でしょう」
「エクレア王国…そしてババロア王国が魔族によって滅ぼされるなら、もう世界が破滅に向かっているのかも知れない。これからワシはギルド本部へと戻って、今後の対策を話し合うつもりだ。それまで…この国のことは任せたぞ」
「元より、この命は国の為に投げ出すつもりです」
こうして内偵調査員のナイテとギルドマスターのルドーは、お互いに今後の健闘を祈りながら別れた。
◆
ナイテと別れた翌日、ギルドに依頼者がやって来た。
今はワッフル王国へと避難する民への、警護依頼以外は受け付けていないので、本来であれば拒否するところだが、ギルドマスターのルドーに直接の依頼としてやって来たのだ。
無碍にするわけにもいかず、応接室にて対応。
「お願いします、ルドーさん!ワシの探索に、冒険者の力を貸して下さい!」
依頼者はトート。エクレア銀行の頭取であり、怪盗ルパイア三世によって財産を奪われた被害者だ。
そんなトートが冒険者を集めて謎のダンジョンへの探索を挑もうとしているのだ。ルドーはギルドマスターとして、丁重に断りを入れる。
「トートさん。お気持ちは分かりますが、あのダンジョンへの探索は自殺と同義語です。Sランク冒険者2名も、隠密のスキルを持つAランク冒険者のビコーも、全てが帰還を果たしてません。沢山の財宝があると、確かにその様な情報はありますが…」
「お金が無いから、ワシは破滅寸前なんだよ!あれから三週間、何の進展も無いじゃないか!頼む!冒険者の都合をして貰えれば、万が一にも助かるんだ!後生だ、ルドーさん!あなたしかいないんだ!」
目を血走らせながら懇願するトート。既に正常な判断力は失われているのだろう。
本来であれば、トートの裏の顔である闇金としての財産があるはず。それを持って国外へと逃げ出せば、人生はやり直せるはずなのだ。
それでも銀行にあった大量の預金への未練から、謎のダンジョンへの探索を踏み切る事に。
ルドーの立場として、これは止めるべきと判断している。間違い無く、帰還は無理なのだから。
だが、トートの精神状態からいって、止めることは無理だとも判断。そこで仕方なく、冒険者を都合する事にした。
「…分かりました、トートさん。では、三日後に出発として、私から複数の冒険者を手配します。それでよろしいですね?」
「おお…有難うございます、ルドーさん!」
そう礼を言い、トートは探索の準備をする為に帰っていった。
だが、ルドーにしてみれば、礼を言われることでは無い。死に行く者を、止める事が出来なかったのだから…。
◆
三日後、ルドーの用意した冒険者、43名と共に、トートが謎のダンジョンへと出発した。
ルドーは謎のダンジョンにある財宝の噂を聞きつけて、他の国からやって来た冒険者を、ワッフル王国への警護の仕事に回していた。
しかし、財宝目当てでやって来たのに、警護の仕事を回されたところで拒否する者は多い。
一攫千金を狙う冒険者達だ。どれだけ危険だとルドーが諭しても、首を縦に振らず、放っておけば許可無くダンジョンに向かうであろう。
冒険者からエクレア兵へと志願して、ダンジョンへと突入した者もいる。勿論、帰還は果たしていない。
その者たちと同様にダンジョンへと向かわせるのであれば、ギルドから直接向かわせる方がマシだと判断したのだ。
命知らずの冒険者43名。その内訳は、Sランク冒険者のヌンチャク使いのヌン。毒針使いのドク。暗器使いのアン。Aランク冒険者チームのスカーフェイス11名、百花繚乱7名、イージス冒険団4名、双子冒険者のフーとタゴ。Bランク冒険者チームのブルーハイエナ8名、マジカルアロー5名。Cランク冒険者チームの肉便姫3名。
以上、命知らずの冒険者達だ。
それを見送るルドー。避難する者、挑む者。その背中を見送るルドーの背中はなんとも寂しげだ。
自身がどれだけ無力なのか…それを痛感するルドーは、一人でも多くの国民を救おうと、再びギルドへと戻り仕事に励むのであった。




