第67話 器用な男
溺れて意識を失っていたビコーが、目を覚ました。すぐさま、立ち上がろうとするが、身動きが取れない。縄で全身を縛られているからだ。
亀の甲羅の様に縄で縛られ、それも裸にされている。
ビコーは自分が罠に嵌り、溺れて意識を失った事を思い出した。
あの時、自分は死んだと思ったので、こうして生きている事に安堵。しかし、今のビコーは敵に捕まっている状態なのだ。警戒は強めなくてはならない。
辺りを見渡すビコー。そして、自分以外の人間の存在に気が付いた。
「ま、まさか…パイア王女様⁉︎」
「元、王女ね。今はただの女の子。仲良くしましょうね」
ニコリと笑うパイ。それを見たビコーは、背筋にイヤな汗が流れるのを感じる。
「あの…本物…ですよね…?」
「あら?私の偽物なんか、いるのかしら?」
「私の知ってるパイア王女様は…そんな楽しそうに笑う人ではなかったので…つい…」
「そう言えばそうね。私がボディーガードにあなたを雇おうとしたら、拒否されたものね。その節は有り難うございました。お陰で自力で王都から逃げ出す羽目になったけどね」
「いえ、あれは…」
「だから私の笑顔を見たことが無かったのね?でも、安心して。私は楽しい時は、普通に笑う女の子だから」
「は、はあ…」
「あなたが捕縛したジョン。30cmマグナムのジョンを拷問部屋に連れ込んだ時も、大笑いしたわ。30cmの杭をケツに突き刺して、泣き叫ぶジョンを見てたら…思わず大笑いしちゃったもの!」
「…っ⁉︎」
「ねえ、ビコー。あなたも私を…笑わせてくれるかしら?」
「な、何が望みですか…?」
「ん〜取り敢えず、全部。私にとって有益な情報があるなら、包み隠さず教えてね」
「残念ながら…その様な情報はありません。私はギルドマスターのルドーさんへの、義理を果たす為に来ました。決死の覚悟での探索。煮るなり焼くなり、好きにして下さい」
「あら?本当に好きにしていいの?」
「あなたは…魔族と繋がっているのでしょう?ならば、自分の運命ぐらい分かります。好きにされる前に…自死を選びますがね!」
そう言うとビコーは、奥歯に仕込んだ毒薬を服毒しようとするが、仕込んだはずの毒が見当たらない。
「当然の事だけど、あなたが気を失っている間に身体検査をしたわよ?裸で縛られてるんだから、奥歯に仕込んだ毒だって取り除かれてるって、気がつきなさいよ」
「……」
「あと、大事なところに隠してた暗器も取り出しておいたわよ。ほら」
そう言ってパイは小さな暗器を放り出した。確かにビコーが隠し持っていた暗器。それを見たビコーは顔を真っ赤にする。
「さーて、ビコーちゃんは好きにしてと言ったけど…どう、好きにしましょうか?」
「あなたは…一体、何が目的なんですか⁉︎魔族と結託して、人に仇を成すなんて…王族として、あるまじき行為でしょう⁉︎」
「その王族の依頼を無碍にした平民は、誰でしたっけ?」
「それについては言い訳は出来ません。しかし…」
「あなたがね、私の依頼を受けていたら、私の未来は大きく変わってたと思う。でもね、あなたが依頼を拒否した未来で、私は幸せを手に入れたの!散々、コケにしてくれた連中から財宝を盗み出し、苦しめる事に成功したからね!」
「……」
「そんな訳で、私は別にあなたを恨んではいないのよ。寧ろ、感謝してる。有り難う、ビコー」
「目的は…何ですか?ここで、何を企んでいるのですか⁉︎」
「ナームとアミ。コイツらを殺すわ。親の仇だし。それと魔族になるの。夢にまで見た、魔族にね。人間を辞めて…楽しく生きる事が私の目標よ」
「そんなの無理です!騙されてます!目を覚まして下さい!あなたは魔族に利用されてるんですよ!」
「まあ、普通はそうよね。騙されてるって、そう思うでしょう」
「だったら…」
「でも、残念ながら…私を騙せる様な器用な男じゃないのよ、ダンって男は」
「ダン?それはもしかして…ジョンの双子の兄の⁉︎」
「ああ、そう言えばそんな話だったわね。丁度いいわ。ダン、今まで何があったか、説明してあげて」
パイに呼ばれて地面からニュルリと触手が飛び出してきた。
『呼ばれて飛び出て触手じゃ〜ん!』
「ひいっ⁉︎」
『おおっと!ビコーちゃんを怖がらせちゃったね!でも、安心して!僕ちんはビコーちゃんに危害を加えたりはしないから!とても気持ちが良いことは、する予定だけどね!』
「な、何ですか⁉︎この触手はっ!」
驚くビコーに、パイが説明。
「これがダンよ。迷宮族の魔族で、私のパートナー。そして私を魔族にしてくれるの」
『はっはっはっ!どうやらビコーちゃんは状況の整理が追いつかない様だね。では、僕ちんから説明しよう。元、人間である新人冒険者ダンが、何故迷宮族になったのか、その辺りから…ね!』
そしてダンはビコーに語る。この半年程にあった、波瀾万丈なるダンとパイの物語を…。
◆
「し、信じられません!そんな話…」
半信半疑のビコー。だが、ダンの説明に嘘は無い。
ビコーが知りうる限りの情報と照らし合わせると、確かに辻褄は合う。人間と魔族とが入れ替わるなどと、眉唾物の話ではあるが…それさえ信じれば、ダンの話は真実である。
『まあ、信じるか信じないかは勝手だけどさ、ダンジョンの入り口からここまでの道のりを見れば、普通じゃ無いのは分かるでしょ?人間の知能を持ったダンジョンなのは明らかだし』
ダンの言う通り、このダンジョンは普通では無い。ビコーもそれについては、身に染みて理解している。
ある程度、状況を把握したビコーは、ダンに質問をしてみる。
「あの…あなたの目的は何ですか?私をどうするつもりですか?」
『僕ちんはね、元は人間だから、無闇に人を殺したくは無いの。まあ、ダンジョンとして人を捕食することはあるんだけど、極力女の子は殺したく無いんだよね。特に、可愛い子は』
「……」
『だからビコーちゃんを殺すつもりは無いから、安心して。殺すどころか、気持ち良い事をするだけだから!』
「ちょっと待って下さい!さっきから、気持ちが良いことをするとか、何のことですか⁉︎」
『え?それは…まあ、平たく言うと…ハーレム?』
「は、ハーレム⁉︎」
『うん。パイちゃんは別として、僕ちんがハーレムを作るのに、一人として女の子がいなんよね。だからビコーちゃんが僕ちんのハーレム第一号!わー!パチパチ!』
「ごめんなさい…意味が分からない…何で決死の覚悟でダンジョンに突入したら…ハーレムって話になるの…?」
『えーとっね、僕ちんがハーレムを作るのに、ビコーちゃんが可愛いから?』
「…辞退します」
『えええっ⁉︎何で!ハーレム第一号だよ⁉︎とても名誉な事なんだよ!何でイヤなの⁉︎』
「意味が分からないからです」
『じゃあ、第二号?』
「二号でも三号でもありません。何なんですか、あなたは?ひょっとして、私がこんな形で縛られてるのは、あなたの仕業ですか⁉︎」
『うん。よく似合ってるよ♪』
「私を水責めして気を失ったところを!裸にして!亀の甲羅の様に縛り付けて!ハーレムに入れとか!あなたは、頭がおかしいのですか⁉︎」
憤慨するビコー。女としては、当たり前の反応だ。と、そこでパイが口を挟む。
「ね?だから言ったでしょ?この男は人を騙せる様な、器用な男じゃないって」
「器用とか、それ以前に変態じゃ無いですか!何なんですか、この男は!」
『ビコーちゃんの言葉責めに、興奮している色男です』
「うるさい!黙れ、触手!」
ビコーとパイとダン、三者三様に興奮して話にならない。
その日は夜通し、話し合いが続くのであった。




