第19話 パイア王女
『…こね〜!もう二ヶ月以上経つぞ⁉︎ジョンのヤロー、逃げやがったのか⁉︎いや、まさか…殺されたんじゃ…?』
ジョンがエクレア王国へと旅立ち、すでに二ヶ月半は経過した。その間、ジョンからの連絡は一切無い。
30cmマグナムの素晴らしい肉体を手に入れたジョンが、ダンを裏切って帰ってこないのか?それとも殺されてしまったのか?
一切の情報が無いので、不安で仕方がないダン。
最初の一ヶ月が過ぎた頃は『いつまで待たせるんだ』とボヤいていたダンであったが、流石に二ヶ月以上も音沙汰が無ければ、最悪の事態も視野に入れて置かなければならない。
『ジョンが捕まり、もし拷問の末に殺されてるとしたら…俺を殺しにくる連中がここに来てもおかしくは無いよな?今の俺は人類の敵、魔族なんだし…。つまり、ジョンは捕まっても敵に俺の事を話さずに殺された?いや、それとも…いきなり襲われて殺されたのか?何にせよ、ジョンが戻って来ないことを念頭に、今後のことを考えないといけないな…。捕食する人間の事だって考えないと、このままじゃ餓死するし…』
もしジョンが戻って来なければ、ダンは人が来ない山中にて、迷宮族の食事の事を考えなければならないのだ。
前回、冒険者らしい一団を追い払い、それ以降は二度と人を見かける事が無かった。そう、二ヶ月以上もの間、ただの一人として現れなかったのだ。
ダンは調子に乗って触手を五本も生やしてしまっている。一本目の召喚費用は10DPだったが、二本目は50DP、三番目は100DP、四本目は200DP、五本目は300DPと、結構な数のDPを消費している。
召喚費用だけで六人を捕食しなければならないレベルのDP。維持費もそれなりに高そうだ。
『くそっ!調子に乗って触手を生やし過ぎた!このまま一年以上、誰も来なかったら触手が無駄になるじゃねぇか!』
この二ヶ月半の間、やる事のないダンは触手を自在に操れるように、特訓を繰り返していた。まだ見ぬ美女を、触手責めするが為に…。
そこで分かった事が、どんなに触手を動かしてもレベルが上がらないこと。恐らく、女の子を責めることによって、レベルが上がるのだろう。何となく、本能でそれは感じ取れていた。
触手とは女の子を責める為のものである。仮想の女の子をどれだけ相手にしても、レベルが上がることはないのだ。
『ぐぬぬ…妄想の中の女の子なら、すでに数百人も責めてきたというのにな…。やはりイメージトレーニングだけではなく、リアルな実戦を経験しなければ!触手とは女の子がいてこそ、光輝くモノだしな!』
触手責めのことよりも、DP不足による餓死の心配をしなければならないのだが、ダンはいつまでも女の子のことを考えていた。
そんなダンの思いが通じたのか、森の方から人の気配を感じた。
『お?ジョンか?いや、ジョンなら真っ直ぐ、コッチに来るはずだ。迷ってるみたいだし、また冒険者がやって来たのかな?』
森の方で走る者がいるのは分かるが、遠くて確認ができない。暫くすると、徐々にダンのいる場所へと、音が近付いて来た。
『今後の事を考えると罪の無い冒険者であっても、捕食しないと生きていけないしなぁ。さて、どんな奴が…』
そんなことを呟いているダンであったが、近付いてくる者の姿を視界に捉えた瞬間、捕食という選択肢は一瞬にして消え失せた。
『うひょ⁉︎女の子じゃん!それも若く可愛い!オッパイは小さいけど…いや、ペッタンコだけど、服装からして貴族か王族か⁉︎って、コッチを見てる?え?真っ直ぐコッチに来ちゃったよ⁉︎』
慌てるダンであったが、よくよく考えると隠蔽魔法で入口は岩壁に偽装してあるはず。なのに真っ直ぐダンのいるところまで、走ってくるのだ。
女の子はダンジョンの前まで来ると立ち止まり、その場でダンに向かって話しかける。
「私はエクレア王国が第一王女、パイア・エクレア!ジョンの紹介で迷宮族のダンの元に来た!私は敵に追われている!だからここに匿ってもらいたい!」
まさか、ジョンから紹介された客人だったとは。それも王族。一般庶民が口をきける相手では無い。
驚くダンであったが、パイア王女は追われていて、匿って欲しいと御所望だ。事情は分からないが、迎え入れるしか無い。そう、触手でもてなす準備はできているのだから!
急いで隠蔽魔法を解き、パイア王女に話しかける。
『あーうん、私が迷宮族のダンだ!よろしく!追われているんだって?事情は分からないが、助けてあげようじゃ無いか!ジョンの紹介なら無碍にはできないからね!ほら、触手で歓待の準備もできてるし…』
五本の触手をクネクネさせながら招き入れようとするが、王女はその場から動かない。
「王女の御前でなに、触手をうねらせてるのよ!あんた、頭おかしいの⁉︎」
『え?いや、だって…女の子は皆んな、触手が大好物だし…相手が王女様なら最高の歓待を心掛けないと…』
「そう思うんなら、触手をしまいなさい。あんた…私のこと、馬鹿にしてるの⁉︎」
『いや、馬鹿には…してません、はい…』
王女の気迫に押され、シュルシュルと触手をしまうダン。するとようやく、ダンジョンの中に王女が入って来た。
「何よ、ここ?本当にダンジョン⁉︎深さ2mぐらいしか無いじゃない!」
『維持費とかかるので、節約する為に拡張してないんですよ。それよりも追手が来るのでは?』
「ええ、そうよ!数十人は追手が来るわ!今すぐダンジョンを拡張して、返り討ちにする準備を整えるのよ!」
『ええっ⁉︎いきなり来て、ダンジョン拡張しろとか、無理言わないで下さいな!』
「何よ、あんた⁉︎私に逆らうの⁉︎今すぐ、そのダンジョンコアに鉄拳制裁して、殺す事だってできるのよ!」
『取り敢えず、落ち着こうよ、ね?何でいきなりやって来て拡張しろとか、ダンジョンコアに鉄拳制裁とか…説明してくれないと、分からんちんでしょ?』
再び触手を生やしてダンジョンコアを守りながら、必死で説得するダン。王女も少し落ち着いたのか、事情を語り出した。
「私はエクレア王国の王女だけど、訳あって王宮に幽閉されてたのよ。だから隙を見て逃げ出し、ジョンから聞き出していた、あんたのところに逃げ込んできたってわけ。どう?理解できた?できたならとっととダンジョンを拡張して、敵を迎え撃つ準備をするのよ!」
まくしたてる様にダンに詰め寄るパイア王女だが、ダンとしては即答できるような事ではない。
『事情は理解できた!でも、申し訳ないが、それは無理!』
「なんでよ!私のいう事が聞けないっていうの⁉︎」
『ダンジョンにはDP…ダンジョンポイントってのがあるんですよ。それを使ってダンジョンの拡張や、罠の設置と発動をするので、DPが不足してる今、無闇矢鱈に拡張は出来ないんですよ!無理して拡張しても普通のダンジョンより小さなダンジョンのままだし、大して役立つダンジョンにはならないんですよ!』
「…使えないダンジョンね!じゃあもういいわよ!」
頭ごなしに喚き散らし、自分の思い通りに行かないと癇癪を起こし、そして立ち去ろうとするパイア王女だったが、ダンはそんな王女に対してあくまでも親切に接する。
『ああ、待って待って!拡張はしなくても、敵を撃退する手段ならあるから!要は王女様を敵から守れればいいんでしょ?それなら何とかしてみせるから!ほら、落ち着いて!』
「…まあ、そこまで言うなら、ここに居てあげてもいいけどね。それより迎え撃つ手段って何なのよ?」
『まず、敵の数は数十人ですよね?ならここに辿り着く時間はどれくらいで?』
「いつ辿り着いてもおかしくは無いわよ。ほら、森の方で足音が聞こえるでしょ?」
確かに遠くから音が聞こえ、更に近付いて来ているのが分かる。
『隠蔽魔法がかかってるから、このまま隠れてれば見つからない…って事もないんよね。王女様、ここの隠蔽魔法を見抜いてたよね?敵もここを見つけられそう?』
「魔力を鍛えてる人ならダンジョンから漏れ出す魔力を感じ取れるから、隠蔽魔法を使ってても気が付くわよ。敵は魔力をそこそこ鍛えてる兵士だから、隠蔽魔法は通用しないわね」
『マジかー。なら迎え撃つしかないかー。まあ、こちらも無駄にダンジョンをやってないからね。ジョンが来ない間、捕食する為の手段を色々考えていたし…その数十人の刺客、全員ダンジョンの糧にしてやるぜ!』
「……」
『ん?どったの?』
「ジョンが言うには、ダンは罪の無い冒険者を殺すのを躊躇う優しい奴だって話だったんだけど…随分、話と違うわね?」
『はっはっはっ!そりゃ、罪の無い人を殺すのは躊躇うさ!元々、俺は人間だったし。でも、今回は俺の女を殺そうとしてる奴らだよ?皆殺ししかないでしょうが!』
「ちょっと待って!いつ、私があんたの女になったのよ!」
『プリンセスの危機を救う白馬に乗った王子様…そう、見えないかしらん?』
「見えないわよ!触手をウネウネさせながら、気持ち悪い事言ってんじゃないわよ!」
『まあ、その話は生き残ってからにしようじゃないの。ほら、お客さんだ…』
そう言うと、森の方角から複数の兵士が現れた。パイア王女を狙う刺客である。
数十名からなる敵兵。それを迎え撃つ迷宮族のダン。
遂に本格的なダンジョン攻防戦の幕が開けるのであった!




