第10話 人間の食事
『…と、まあそんな感じでここに辿り着き、一命を取りとめたってわけだ』
自身がここまできた道のりを、簡単に説明したダン。それを黙って聞いていたジョンだったが、少し青い顔をしている。血を流しすぎたからではなく、人間の世界の非情さに、かなりドン引きして…。
「あ、うん…。確かに危険だね。ダンが僕を王都に向かわせたく無い理由、よく分かったよ…」
『まあ、危険なのは百も承知なのだが…それでもジョンには、王都に向かう方向で予定を組みたいと思うんだ』
「え?大丈夫なの?」
『さっきも言ったが、ここに留まってたところでジリ貧だからな。その30cmマグナムを過保護に守ろうとしても、俺が死んだら本末転倒だ。俺がここから動けないなら、ジョンに動いてもらうしかない。勿論、極力危険な橋は渡らない方向で、だが…』
「うん。僕も色々と見聞を広めてみたいから、多少危険でも王都には行ってみたい。ダンを人間に戻す方法が、見つかるかも知れないからね」
『まあ、人間に戻る手が見つかるかどうかは置いといて、だ。食事を摂らなきゃDPも貯まらないし、先ずは食料の確保だな。それとジョン…お前、腹は減ってないか?もう夜だし、そろそろ飯を食わないと…』
「あ、本当だ。お腹の辺りがペコペコしてる。千年間、食事をしないのが当たり前だったから、気にして無かった!」
『いや、気にしろ。人間は数日飯を食わないだけで死ぬ生き物だからな。いつまでもダンジョン気分でいるなよ。人間は朝、昼、晩の三食の食事をとる。バランスの良い食事を心がけて、水分の補給も忘れるな。食事がなくても水分さえ補給すれば、一週間は生きられるそうだが、そんな生活をおくろうものなら、すぐに身体を壊す。食事と水分補給、あとは小まめに運動することを忘れるな。それさえ心がければ何とかなる。それでも身体を壊したら、ちゃんと医者に行くことも覚えておけ。ポーションでは治せない病気なら、ちゃんと薬を処方してもらわないといけないからな』
「…ごめん。バランスのいい食事ってどんなの?」
『ああ、そうか…。千年生きてても、人間との交流が無かったから、その辺の常識すら無いんだな…まあ、詳しいことは後で説明するとして、まずはジョンの食事だ。俺は兎も角、その人間の身体は早く栄養を摂らないと完治も遅れるしな』
「うん。でも食事ってどうやって?」
『問題はそれだ。食料は後から来る輜重隊に積んであるそうだから、自分は昼飯分以外は持ってこなかったんだ。その輜重隊もどうなったか、分からずじまいだしな。そうなると、現地調達しかないが…既に辺りは暗くなってる。森に行くのは危険…なら、ダンジョン内で調達しかない…のか?』
そう言いながら、ダンはホーム画面を色々と確認してみる。すると先程と違うところがあるのに気が付いた。
『あれ?経験値が増えてる。それにダンジョンレベルも1から2に…』
「それはきっと、三人の捕食があったからだよ。捕食はDPを増やすし、ダンジョンとしての経験値も増やすんだ。そして経験値が増えればレベルが上がる。レベルが上がれば開放される部分がある筈だよ」
『確かに。モンスター召喚がスライム、ゴブリン、スケルトンだけだったのに、今はホーンラビットって角の生えた兎と、アーチャーモンキーって猿が召喚可能だな。ひょっとしたら、こいつらって焼いて食えるのか?』
「ダンジョンモンスターは倒されたら消滅するから、多分無理だよ。あ、でもドロップアイテムなら何かあるかも!」
『んんん?確かに、スライムには無かったドロップアイテムの種類があるな、ホーンラビットに。このウサギ肉ってのは食べられるのか?』
「魔王レドリゲル様の持つ情報だと、人間界でそれなりに高値で取引される上等な肉だそうだよ」
『ほう。まあ、売る気はないがな。売ることよりも、まずはタンパク質を求めている、その体に与えなければ!』
そう言うと先程のスライムと同じ様に、ホーンラビットをカスタマイズ。
召喚費用が6DPのところを弱体化し、3DPまでコストを抑える。次はドロップアイテムを薬草からウサギ肉に変更。そしてドロップ確率を100%に。ジョンには一旦、ダンジョンの外に出てもらい、いざ召喚!
『召喚!ホーンラビット!』
深さ2mのダンジョンに、弱体化したホーンラビットが出現。それをジョンが蹴ると、簡単に消滅。そして予定通りにウサギ肉をドロップ。アイテムのドロップによるDPの消費は4DP。召喚費用とあわせて7DPでウサギ肉をゲットした。
「これがウサギ肉か…なんか、美味しそうだね…」
ウサギ肉を見るジョンが、生唾をゴクリと飲み込む。
『それが人間として正しい感情だ。血だらけの人間を見て美味しそうだなんて、普通は思わないからな。俺もジョンも、肉体の変化で趣味嗜好が大きく変化した様だ。色々と不便かも知れないが、お互い慣れていくしかないな』
「うん、そうだね。それよりもこのウサギ肉、もう食べていいの?」
『いや、一応火を通せ。生肉よりも、よっぽど美味しくなるし衛生的だ。塩があるとなお良いがな。ではまず、火のおこし方から…』
そう言ってダンは、ジョンに森の奥には行かず、近場で薪を集める様に指示。集めた薪に携帯型の発火装置で引火。ナイフでウサギ肉を薄切りにし、軽く火で炙る。するとダンジョン内に肉の焼ける匂いが充満する。
「うう…美味しそうだね…」
『ああ、軽く炙るだけで大丈夫だぞ。ほれ、食べてみろ。熱いから気をつけてな』
ダンに勧められて、焼けたばかりの肉を頬張るジョン。そして大きく目を見開く。
「美味しい!凄い!これが食事ってヤツだね!」
『千年間、その食事ってヤツを摂らずによくもまあ、生きてこれたな?俺だったら自殺してたかも知れないぞ?』
「そうか…モグモグ…これが…モグモグ…食事…モグモグ…うん、美味しいね!」
『取り敢えず、食べ終わってから話せ。消費した7DP相当の肉…俺の一年分の寿命と同額の食事だ。よく味わって食え』
そう言われても、初めて食べる人間の食事。ムシャムシャと勢いよく食べ、すぐに完食してしまった。
「美味しかった…人間はみんな、こんな美味しい食事をしてるんだね…」
『ただ、肉を焼いただけだぞ?王都に行けば、ちゃんとした料理が食えるからな。楽しみにしておけよ。まあ、お金がないから高いところは無理だが…』
「お金かぁ…ダンジョンでドロップとかできるけど、人間って何でお金を欲しがるんだろ?」
『…お前は本当に変なところで常識がないなぁ。お金ってのは売買に必要なもの。それがあれば欲しいものは何でも買えて…って、どうした?眠そうだな?』
「あ、これが睡眠か…ダンジョンは眠らないから初めての感覚だけど…うん、意識が遠のいてく…」
『今日一日、長時間歩いてその後は死にかけたんだ。疲れてるのは無理もねぇよ。そのまま横になって、とっとと寝てしまえ。今後のことは俺が寝ずに考えといてやるからよ』
ダンの言葉が聞こえてるのか否か、ジョンはすぐに寝息をたてて眠りについた。
そして静寂。眠ることを知らないダンジョンとなったダンは考える。今日一日、何故、自分がこんな目にあったのかを。
そして今後、どうすればいいのかを…。




