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アリアンテールの白い糸  作者: 黒華夜コウ
20/20

P.20【完】

 不幸中の幸いであったのは、ガレットが生存していた事だ。

 翌日、いつもより一時間程遅く開店したアリアンテールでは、時折視線を宙に投げながら仕事を始めるローレンツの姿が見えた。

 昨夜一晩を掛けて何かのリストを調べていたが、結局特定には至らなかったようだ。

 理由は昨日ローレンツが言った事も含めて、大まかに三つ。

 一つは、買った人物と使用した人物が、別々である可能性が有るという事。

 明らかに他人に対して悪意を持っている人間だ。なるべく足が付かないようにするのは、呪いの買い物では珍しくない。

 二つ目に、黒い糸を買った人間はごく少数、思い出せば顔がすぐ出て来るのにも関わらず、そのどれもがガレットに関わり合いが無さそうだという事。

 これも、一つ目の理由を考えると当然と言えば当然だ。

 加担しているのが二人以上だという事が判ったとしても、そこから繋がりを見出すのは一個人事業主のローレンツには難しい。

 そして最後に、ガレットの黒い糸が繋がったままだという事だ。

 糸は巻き付けられている事は周囲の人間には見えても、繋がっている先の相手は本人達にしか判らない。

 それはつまり、まだ終わっていないという事でもあり、もしかすると黒い糸とは関係の無い本当に不幸な事故だった可能性すら有った。

 自室で支度を整えながら、リベルはもう一度昨日の事故現場を思い返す。

 土砂の崩れ方に『不自然な点』は無かった。

 原型を留めていない馬車は判断が難しかったが、持ち主は几帳面な性格で整備を怠るような人間では無かった。

 馬車の目的地は遠くに在る王都。

 いくつもの町を経由し、何泊もしてやっと片道を達成する距離だった。

 ガレットはそこに何をしに行くつもりだったのか?

 突然リーシェがついて行った理由は何なのか?

 今のリベルにそれを知る術は無い。

 だが、彼には一つ理解出来ている事が有った。

「……よし」

 支度を整えたリベルは、自室の窓から見える外の風景を目に焼き付けた。

 もしかしたら、これが最後かもしれない。

 寒暖と虫の対策に羽織った上着が、風で膨らんだ。

 背中には自身の腰から上を覆い隠すくらいの大きなリュック。

 中身は携帯食に水と、昼間のアリアンテールで取り扱っている鳴かず飛ばずの道具達だ。

 数箇月、下手をすれば年単位で後生大事に保存されていた廃棄予定の物品が、ようやく出番かと寝ぼけ眼で詰め込まれている。

 最後に机の上に広げっ放しだった地図に気付いて、縦に丸めてリュックのサイドポケットに突っ込むと部屋を後にした。

 階段がいつもより大きく軋む。

 一階の店は明かりが点いていた。

「……ガレットが生きてたらしいぞ」

 リベルが階段を下りきる前に、カウンター席からローレンツが背中越しに言葉を発した。

「うん、糸……切れてなかったからね」

 リーシェに話した言葉を、自分の中で反芻する。

 あの糸達は一対一で使うのが基本だ。

 糸に込められた力を使い切るか、または糸を繋いだ相手が死んでしまうと糸は切れる。

 糸が切れていないという事は、繋いだ人間が生きているという証拠でもあるのだ。

「リーシェちゃんは……その、何だ……残念だったが」

 口ごもりながら、ローレンツはやっとリベルの方を向いた。

「今、皆で捜索して……って、お前、何だその荷物!?」

 驚く声を真横に受けながら、リベルは颯爽と店の出口に足を進めた。

「父さん。僕、リーシェを探しに行くよ」

「いや、待て待て! だからそれは他の奴らが今探して……!」

 ローレンツは一瞬間を開け、次の言葉を繋いだ。

「第一、こう言っちゃ何だが……生きてるかどうかもわから」

「生きてるよ」

 ローレンツが言い終わるより早く、リベルは断言した。

 外から差す光は、リベルをとても澄んだ表情で照らしていた。

 その視線は広げた自分の左指に向けられていると気付いた時、ローレンツは悟る。

「お前……」

 一晩中の作業で眠たげな眼が、更に細くなった。

「……使ったな。何色だ」

 父の言葉は極めて感情が抑えられていた。

「黒じゃない」

 リベルはしっかりとした口調で返す。

 抑揚の無い父の言及はリベルにとって意外だったが、それでも冷静に凶行は否定出来た。

 止まる訳にはいかなかったから。

「……どうしても行くんだな?」

「行くよ。だって……」

 リベルは左手をギュッと握り締める。

 か細い糸がその手から伸びているのを見て、リベルは顔を上げた。

「この糸はまだ、繋がってるから」

 リーシェは生きている。

 その確信が有ったからこそ、リベルは旅に出る決意をした。

 捜索をしている大人達を信じていない訳ではない。

 ただ、もしここから遠く離れた地へ流れ着いてしまっているのだとしたら。

 その時は、探し出せるのは白い糸で繋がれた自分にしか出来ない事だと、リベルは自覚していた。

 雨は止んでいる。

 軒下に垂れる雫が、リベルの糸に零れ落ちた。

「父さん、店は……」

「言われなくても潰しゃしねぇよ、バカが。危なくなったら戻って来い」

 怒りか心配か判らない父の言葉を背中に受け、リベルは苦笑しながら鈴の音を鳴らす。

「……必ず会おう、リーシェ」

 何処に居るのか判らない彼女へ言葉を投げ掛ける。

 少年は、長い旅路の一歩目を踏み出した。

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