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いや、大丈夫な筈だ。出入口扉に掛けられた鈴の音は聞こえてない。
リベルの動きを真似してそろりと近づくリーシェを背にして呪いの保管庫から一つ前の倉庫に戻ると、出入り口から彼女と二人でそっと店の中を覗き込み、そのまま冷や汗を流した。
カウンターの椅子に大きな背中が見える。
「リーベールー」
大きな背中越しに間違いなくリベルの父ローレンツの重い声が、リベルの心臓を握り締めた。
椅子の軋む音と共に、腕組みをしたローレンツがこちらに身体を捻る。
咄嗟にリーシェが物陰に身を潜めたのを確認し、リベルは父の前に姿を現した。
「お前何やってたんだ!? 店のモノ盗られたらどうすんだ!」
店の奥で話していたせいで、鈴の音が聞こえなかったのかもしれない。
どやされながらも「表に置いてある物で盗られて大事な物なんてないだろ」などと経営する側にあるまじき反感を覚えたリベルは、すぐさまその脳内を言い訳に使う事に切り替える。
「ごめん……なんか、あー……猫が入ったみたいでさ」
「あ!? 店の奥にか!?」
「うん、もう外に出したけど倉庫が壊されてないか……見てた。多分大丈夫だと思うけどちょっと確認してみて」
我ながら苦しいとリベルは言いながら思う。
言葉には詰まっているし、もう終わったなんてタイミングが良すぎるし、大体倉庫を壊す程の猫って何なんだ。
それでも、ローレンツは小さな舌打ちをしてリベルの元へゆっくりと重い腰を上げた。
「猫ってこたぁ……あの窓か。やっぱ網か何か張っといたほうが良いかぁ……?」
ぶつぶつと奥に進んでいくローレンツを見ながら、リベルは真横の物陰に目配せした。
その瞬間、スルリと白い衣服が物陰から最短距離でリベルとローレンツの死角になる店内まで抜けていく。
身を屈めながら忍び足で陰から陰へ移動する様は、まさに猫そのものであった。
「おーい! どこら辺だ!? その猫が入り込んだとこは!」
ローレンツが倉庫の中をあちらこちらと探っている。
特に異常は見当たらないのだろう。それはそうだ。
リーシェが脱出し易くするために、ここは父親を更に奥へ追いやる事にした。
「こっちだよ、父さん。奥の方。あ、そこ床抜けそうだから気を付けて」
「マジか……小便でも掛けられてたら売り物になんねーぞ」
ぶつくさ文句を垂れながら一番奥へとローレンツが入って行くのをしっかりと見届け、リベルは耳の全神経を真後ろの店内に集中する。
暗闇で何かにぶつかって痛そうな声を出すローレンツに混じって、小さく小さく鈴の音がしたのをリベルは聴いた。