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真上には机、その端の部分に布が被せられている。
「えぇと……ここに在ったのかな」
リベルはその布を指でつまみ上げると、落ちたであろう元の位置を探った。
そこには横一列にして等間隔に、様々な色の毛糸の塊が並べられている。
それぞれの糸には丸めた中心に棒が刺さっているようだが、僅かに糸よりも背が低かった。
怪しげな薬品や無骨な武具が揃うこの部屋の中で、それらは何だかとても場違いな空気感を纏っている。
「何か……可愛いね? これも呪いの道具なの?」
するとリベルは手に収めたままで器用に親指だけで、円柱に巻かれた赤いとをクルクルと転がして苦笑した。
「あぁー……うん、まぁ一応。呪いとしてはそんなに強力じゃないらしいけど」
「どんな効果?」
転がしている指で糸を摘まんだリベルは改めてリーシェの方を向いて答える。
「この糸はお互いの指に巻き付けて使うんだ。色で役割が違って……例えば黄色は結んだ相手と良い意味でライバル関係になれる。互いに競い合って、伸ばしたい力を高め合う事が出来る」
赤い糸を左から三番目の棒に戻して、リベルは説明を続けた。
「黒い糸は復讐だね。結んだ相手にどんな形でも不幸が訪れる。白と青は……何だったかな。あ、『運命の赤い糸』なんて言葉、聞いた事ない? 他の国の言葉だけど」
矢継ぎ早なリベルの説明を受けながら、リーシェは何種類か置かれた糸の一つに目を奪われていた。
彼の説明と実際に触っていたのを思い出し、細く滑らかな指がその中からひょいと一つを摘まみ上げる。
「恋愛成就っていってね、まぁ結ぶのは大抵両思いの人達ばかりなんだけど……リーシェ?」
赤い糸の効能を口にしている間に、リベルは左指の違和感に気付いた。
いつの間にかリベルの視界から外れていたリーシェが、自分の左小指に糸を結び付けている。
「ちょっ……何やってんだよ!」
慌てて手を引っ込めようとしたが、糸をしっかりと持っていた彼女の身体ごと引っ張ってしまいそうで、あまり力を込める事が出来ない。
リベルがほんの一瞬戸惑っている間に、リーシェは小指の付け根辺りに固く糸を結んでしまったのだった。
リーシェの細い腕でも容易に千切れてしまったもう片側の糸を、今度は彼女自身の左小指に巻き付ける。
呪いというものの恐ろしさが理解出来ていなかったのか?
本来なら止めるべきだ。
だが、この時のリベルはリーシェが上手く片手で自分の指に巻き付けているのを見て「裁縫とか上手なのかな……」などと、どうでもいい事が頭の中をよぎってしまったのだった。
お互いの小指から僅か五十センチにも満たない長さで垂らされた糸は、近くて遠いような、それでいて決して居なくはならないような不思議な感情をリベルに抱かせた。
「……うん、綺麗」
外の光が差し込まない場所のため、ライトで照らされたその糸はあまりにも儚く弱々しい。
それでも、自身の頭上まで持ち上げた小指を眺めた彼女の顔は、清純な笑顔そのもので糸を見つめていた。
二人を繋ぐ、白い糸を。