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9 犬耳少女のお願い


 犬耳少女はソラという名前だった。

 麓の森で暮らす犬人族カーネという種族の少女で、この中腹まで一人で登ってきたらしい。


「で、どうして竜の山の上層に行きたいの?」


 犬耳をぴんと私の方にたてて女の子は話し始めた。


犬人族カーネの言い伝えにあるんです。竜の山の上層には、どんな病でも治る薬草がある、と。昔、森で疫病が流行ったとき、犬人族カーネの少年が竜の山に登ってその薬草を採ってきて森のみんなに配りました。そして、その少年により村は救われた、と」


 女の子は若葉色の瞳で私を見つめて言う。


「わたしもその薬草が欲しいんです。わたしの場合は言い伝えの少年みたいに立派な理由ではないんですけど……」

「どういう理由なの?」


 私の言葉に、小さくなり顔を俯けてソラちゃんは言った。


「おばあちゃんを助けたいんです。親に捨てられ、身寄りが無かったわたしを育ててくれたのがおばあちゃんで。なのに、わたしはまだ何も返せてないから……」


 伏せた目元を胡桃色の前髪が覆う。

 小さな手は強く握られ、ふるえていた。

 何も返せてない、か。その気持ち、私は痛いほどわかる。


「でも、それってすごく立派な理由だと思うよ。お世話になったおばあちゃんを助けたいなんて」

「立派じゃないんです。わたしは、おばあちゃん以外のみんなを見捨てようとしてますから」

「え?」

「病気で倒れてるのはおばあちゃんだけじゃないんです。村のほとんどみんなかかってしまって。だけど、全員を助けられる量の薬草なんて、絶対手には入らないから」

「おばあちゃん以外のみんなは助けられない、と」

「はい。ひどいやつなんです、わたし……」


 ソラちゃんは吐き出すように言った。


「ううん、ソラちゃんはすごく良い子だよ」

「そんなこと……」

「だって大切な人一人を救おうとするのだって普通できないもん。その上、他のみんなを助けられない自分を責めてる。それってすごくやさしいからだよ。だからそんなに自分を責めないで」

「そうなん、ですかね」


 ソラちゃんは少しの間驚いた様子で瞳を揺らしてから、


「ありがとうございます」


 顔を俯けて言った。

 その声はそれまでより少しだけやわらかいものだった気がした。


「それで、どうして私たちに頼みたかったの?」

「とてもお強い高位魔族様のようでしたので。皆様なら、危険な竜の山の上層から無事帰ってくることもできるんじゃないかって思ったんです」

「竜の山ってそんなに危険なところなの?」


 そこまで危ないところだとは思わなかったけどな。

 そう、軽い気持ちで聞いたのだけど、ソラちゃんは「ご存じないのですか!?」と裏返った声で言った。


「竜の山は西大陸屈指の危険地域です。大型で凶暴な魔獣も多いですし、何よりその魔獣たちも怯える絶対的な王者がいますから。さすがの皆さんでも、彼らに見つかってしまえばひとたまりもないと思います。それほど危険なんです」

「ほう。それは興味深いな」


 ジルベリアさんが冷たい声で言う。

 そこには、強者としての強いプライドがあった。

『あたしらより強い? 一体どこのどいつだ?』みたいな。

 見れば、他の緋龍族レッド・ドラゴンさんたちも、鋭い目でソラちゃんを睨んだり、拳を鳴らしたりしている。

 ……結構武闘派だな、君たち。

 ヤンキー漫画の登場人物でしか見たこと無い反応だよ、それ。


「ほ、本当なんです! 本当に危険なんです!」


 怯えた声で言うソラちゃん。ごめん。ほんとごめんね。


「大丈夫、安心して。この子たちも悪気があるわけじゃないから。で、その王者っていうのはどういう魔族なの?」


 ソラちゃんはほっとした様子で息を吐いてから、言った。


「獰猛な魔獣たちも怯える龍の山の絶対的王者。幾多の英雄を返り討ちにし、踏み入れたら最後決して帰って来られないと言われる所以にもなった最強の魔族の一種。それは――」


 真剣な声がその名を形にする。


緋龍族レッド・ドラゴンです」

「…………」


 それ、今君の周りにいるやつだよ。

 言われてみれば、自然なことだった。だって竜の山の王者なんだし、そりゃドラゴンさんのことだよね。


「なるほど。たしかに緋龍族レッド・ドラゴンは強いな」


 うなずくジルベリアさん。

 周囲の子たちも、『うんうん、わかってるじゃないかこいつ』みたいな顔になっている。

 ドラゴンさんたちってそんなに強いんだな……。

 その主人になるなんて、私もしかしてとんでもないことをしてるんじゃないかって気が一瞬したけれど、頭が痛くなりそうなので考えないことにする。


「はい。そのあまりの強さを恐れ、この辺りの魔族は年々減少。今ではわたしたちのような他に行き場のない弱小魔族しか暮らさない過疎地域になってしまったほどです」


 大分恐れられてもいるらしい。

 やっぱり正体はなるべく隠していかないとな。

 周囲に魔族が少ないのは、それだけトラブルの種も減るしかなりありがたいけど。


「それで、その言い伝えの薬草ってどういうものなの?」

「金糸雀色の小さな花なんです。私たちは金糸雀草と呼んでました。正式な名前も、昔おばあちゃんが教えてくれたのですが、えっと……」


 ソラちゃんは思いだそうと視線を巡らせる。


「そうです、千年桔梗です。煎じて飲めば千年生きられると言われてる薬草なんですよ」

「…………ん?」


 あれ? なんか覚えがあるような。

 そういうの、緋龍族レッド・ドラゴンさん助けるときに採ったよね、たしか。

 スープに使えなかった余りの薬草を、魔王厨房デモンズキッチンから呼び出す。

 あったあった、たしかこれだったっけな。



 名称:千年桔梗

 希少度:A

 安全度:A

 食材等級:C

 寸評:蛇紋岩地の礫地に生える。根は薬草として非常に価値が高い。名前の由来は煎じて飲めば千年生きられるという言い伝えから。



 うん、やっぱりこれだ。


「もしかして、これじゃない?」


 金糸雀色の小さな草は、横たえられた糸みたいに見えた。その一本をソラちゃんに差しだす。


「こ、これです。本物は初めて見ました……」


 ソラちゃんは声をふるわせる。


「そっか、これか」


 まさか既に持っていたとは。

 これ一緒に薬草取りに山頂目指す流れかなって思ってたんだけど。こんなにあっさり解決していいんだろうか。


「お願いします! その金糸雀草をわたしに譲っていただけませんか!」

「うん、いいよ」

「いいんですか!?」


 くわっと目を見開いて言うソラちゃん。

私の言葉はまったく予想外のものだったらしい。


「それ余り物だしさ。あと、ソラちゃん良い子みたいだから」


 健気な子って弱いんだよね、私。

 それが犬耳のかわいい小さな女の子となるとなおさらだ。

 境遇もどことなく、昔の私と重なる部分があるしさ。


「これはお姉さんからがんばるソラちゃんへのプレゼント。大切に使うように」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


 ソラちゃんは私から薬草を受け取って、大事そうに簡素な革製のポシェットにしまう。

 その動きが少しひっかかった。


「すみません、わたし少しでも早くおばあちゃんに飲ませてあげたいので」

「待って」


 立ち去ろうとするソラちゃんの手首を掴む。細くしなやかな手首だった。体温が高い。


「どうかしましたか?」

「……その、首についてるの何?」


 私の目に留まったそれは、灰色に変色し硬化した体組織だった。見ているだけで背筋が冷たくなる不気味なそれを、私は知っている。


「わたしにも、できてますか……」


 ソラちゃんは感情を殺したような声で言った。それから、あわてて私から離れようとする。


「放してください! そばにいるとナギさんたちまで!」

「待って! これだけ聞かせて!」


 私はソラちゃんをなんとか引き留めながら言った。


「もしかして、感染したっていう集落の人たちにもこれ、あるの?」

「……はい、あります。体組織が灰色に変色して石化していくんです」


 同じだ。

 緋龍族レッド・ドラゴンさんたちが苦しんでいたのと同じ症状。

 これは石死病だ。


「その病気、千年桔梗は効かないよ」

「効かないわけありません! だって何でも治るって言い伝えで――」

「事実です。我々は実際に試しましたが、まったく効き目はありませんでしたから」


 リーシャロットさんは淡々と言う。


「そんな……だったらどうしたら……」


 うなだれるソラちゃんに、私は言った。


「案内して。私の能力なら、その病気治せる」



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