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7 竜の山上層にある汚れた池


 良い主人になるべくまずは何をしよう。

 ドラゴンさんのためになることをすれば良いはずだよね。それも、こっちから押しつけるんじゃなくて、なるべくドラゴンさんが本当に助かることを見つけ出して。

 しかし、異世界に来たばかりの私にとって、それは至難の業だった。助かることを探す以前に私はドラゴンさんたちのことを知らなすぎる。

 というわけで、まずはドラゴンさんたちについて知るところから始めることにした。


「リーシャさんはどうして騎士みたいな服着てるの?」

「我ら緋龍族レッド・ドラゴンは王とそれを支える配下で構成されています。王であるジルベリア様のために、騎士と侍女の役割を与えられているのです」

「そう言えば、上下関係しっかりしてるよね」


 まるで人間みたいだと思う。ちょっと意外かも。ドラゴンさんってそのあたりもっと対等なイメージだったのに。


「先々代であらせられる始竜帝が、種族内での職務の効率化を追求した結果こういう形になったと記録には残っています。元々は遠く東方の竜王国の統治制度が元になったとされてはいますが、しかし決して模倣したというわけではなく、あくまで自発的で自然な発想に基づいて生み出されたものであり――」


 すらすらと言葉を続けるリーシャさんにくらくらする。


「あ、ありがとう。勉強になったよ」

「とんでもございません。主人であるナギ様の問いにお答えするのは、騎士長として当然のことですから」


 リーシャさんは見事な所作で一礼する。


「あ、リーシャさんは騎士長さんなんだ」

「はい。今はジルベリア様よりナギ様の身辺警護を仰せつかっております。メイド長も直に来るかと」


 メイドさんもいるのか……。

 メイドさんにお仕えしてもらえる上質で優雅な生活。まさか庶民の私にそんな日が来るなんて……!!

 異世界来て良かった! ありがと女神様!


「なんだかお幸せそうですね、ナギ様」

「えへへ、そう見える?」

「はい。ナギ様が幸せそうで我も幸せです」

「うん。リーシャさんが幸せそうで私も幸せだよ」


 永久機関だった。

 ゆるい幸せをしばし堪能してから、私は不意にやりたいことを思いつく。


「そうだ。石になる病気って何が原因でドラゴンさんたちに蔓延したの?」


 原因を調べて感染源を潰す。これは間違いなく必要な工程だ。一度治しはしたものの、そこを放置していたら再感染の可能性がある。

 ドラゴンさんたちだけでなく、他の魔族さんにも被害が出る可能性があるし。


「感染源ですか……特に思い当たるところはありませんが」

「うーん、ネズミとかはこの辺いなさそうだしな。じゃあ、使ってる水源が汚れてたりはしない?」


 リーシャさんは驚いた顔で言った。


「します。どうしてわかったのですか」


 これだ!

 原因発見!


「ふっふっふ。私にかかればこれくらいは余裕なのだよ、リーシャ君」


 名探偵風に髪をかきあげて私は言った。


「な、ナギ様は広い見識と深い洞察力をお持ちなのですね」


 この子良い反応してくれるなぁ。


「そんなことないよ。私にできるのは絡み合った因果の糸をほどくことだけだからね」


 意味はよくわからないけどそれっぽい台詞を言いつつ、私は眼下を流れる雲を見つめる。高地の強い風が私の髪をさらっていく。


「それじゃ、現場に向かうことにしようか、リーシャ君」

「はい、ナギ様」


 尊敬のまなざしで私を見るリーシャさんをよそに、私はまだ見ぬ事件の気配に混じる人間という存在の持つ逃れようのない性を憂えている的な顔で歩きだした。






 リーシャさんが案内してくれた水場は、山頂近くの洞窟を二十分ほど下ったところにあった。

 早くも筋肉痛の足をぷるぷるさせつつも、なんとか格好いい探偵的な雰囲気をキープしていた私は、池を見て言葉を失うことになった。

 ……なんか紫色してるんだけど、この池。


「……これ、飲んでたの?」


 絶対飲んじゃいけないやつだって。

 死にかけの魚がぷかーって白いお腹見せて浮いてるし。


「以前は魚が浮いてはいなかったのですが」

「いや、それ以前に色がもうアウトだと思うんだけど」

「しかし、匂ってみて変な匂いがしなければ大体いけるとジルベリア様が」

「ならないよ! もうちょっと自分の目を信じてあげようよ!」


 衛生観念適当なんだな、ドラゴンさん。

 これからは私がちゃんと吟味して安全なものを食べさせてあげなくては。

 そう思いつつ、私は魔王厨房デモンズキッチンを起動させる。


「滲み出す漆黒の黒酢。不遜なる純白の砂糖。林檎酢、醤油、酒と交じり合い黒酢あんかけとなれ。来い、魔王厨房デモンズキッチン


それっぽい呪文を唱え、手を掲げると黄金の厨房が姿を現す。


「こ、これがナギ様の能力……」


 息を呑み後ずさるリーシャさん。

 本当に良いリアクションをしてくれる。大好き。

 上機嫌で私はキッチンの蛇口から綺麗な水を鍋いっぱいに注ぎ、そこにロックソルトを一振り入れて沸騰させた。


「な、何を作っておられるのですか?」

「ちょっと実験をね」


 熟練の錬金術師風な手つきで私はおしゃれな鍋をかき混ぜる。

 と言っても、作ってるのはただの塩水なんだけど。

 よし、こんなもんでいいかな。

 沸騰させた塩水を、お玉ですくってそっと池の中へ。

 瞬間、蛍火のような淡い緑色の光が水面を揺らす。紫色に濁っていた池の水が、その周囲だけ透明なものに変わった。


「す、すごい。ここまで強力な浄化魔法は見たことがありません」


 驚いてるのは私も同じだった。

 こんなに効果覿面とは。

だけど、これでわかったことがある。私の能力は、この程度の料理とも呼べない作業量でも効力を発揮すること。しかし、その効き目は緋龍族レッド・ドラゴンさんたちを助けたときのように強力なものではない。

 手間をかけた分だけ、効き目が強くなったりするのかな?

 この推測は、実験を続けた結果正しいことがわかった。振る塩の量を増やせば増やすほど、かき混ぜる回数を多くすればするほど、浄化作用は強いものになった。

 ふむふむ、なるほどなるほど。

 こうして実験を何度か繰り返した結果、紫色の淀みきった池は、水底が見えるほど透き通ったものに変わることになった。

 ぷかーと腹を見せて浮いていた魚たちも、元気に池の中を泳ぎ回っている。

 よし、とりあえずこれでこの池は大丈夫かな。


「待たせたな、主よ!」


 ジルベリアさんの声だ。

 準備ができたのかな、と振り向いた私はそこに広がる光景に言葉を失うことになった。


「…………えーっと、ジルベリアさんですか、もしかして」


 真っ赤なロングヘアーに、誇りと自負に満ちた緋色の目。

 二つ結びにした赤い髪には、髪飾りみたいな角が生えている。細身で小柄な身体は、真紅のロングドレスで覆われていた。隅々まで隙なく配置された装飾具はその高貴さを過剰なくらいに強調している。

 小さな口を大きく開いて彼女は言う。


「そうだぞ。偉大な緋龍族レッド・ドラゴンの王である我輩だ」

「め、めっちゃかわいくなりましたね。ジルベリアさん」


 あんなに大きなドラゴンさんだったのに。

 低めの身長と、プライド高そうな目のギャップがたいへんかわいらしい仕上がりになっていた。


「ふふん。当然だ。我輩は王だからな。美しさ、気高さにおいても他より傑出した存在ではなければならぬ」


 ジルベリアさんは自慢げに胸を張ってから、軽やかなステップで私の傍に寄ってくる。


「ほれほれ、かわいいであろう? 高貴であろう? もっと褒めても良いのだぞ?」


 緋色の瞳を瞬かせてジルベリアさんは私を見上げる。

 褒められたいらしい。


「かわいいです。すごくかわいいです」

「えへへ」


 赤い竜の尻尾がぶんぶんと揺れていた。

 なんかわんこっぽいなこのドラゴンさん。王様なのにそれでいいんだろうか。かわいいけど。


「我輩たちの姿はいささか目立ちすぎるからな。主に合わせた姿の方が、良いと判断したのだ」


 どやっと胸を張るジルベリアさん。

 かわいい。


「ありがとうございます。良い判断だと思います」


 ドラゴンさんの群れが一斉に移動したら、それこそ周辺の魔族さんがびっくりしちゃいそうだし。


「それよりナギ、主人になったのだからできれば敬語はやめてもらいたいのだが。距離を感じて我輩ちょっとさみしい」

「あ、すみません。じゃなくて、ごめんなさいか。わかったよ、敬語はやめるから」


 友達がずっと敬語だと、さみしくなったりするもんね。

 うん、わかる。


「それが良い。では行くぞ、ナギよ! そして皆の者よ! いざ世界征服だ!」

「おおー!」


 こうして私たちは、世界征服に向けての第一歩を踏み出したのだった。



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