59 それからのこと
それから、駆けつけてきてくれたジルベリアさんは目一杯私のことを褒めてくれた。
「ナギ! よくぞ生きて戻った! しかも、あのブレスも耐え抜いて突破して! 我輩感服したぞ!」
緋色の瞳を輝かせて私を見上げる。
「さすが我輩の主人にして友。前々からすごいやつとは思っておったがよもやここまでとはな」
「そう? そんなにすごかった?」
「あのブレスは我輩でも突破できなかっただろうからな。雲を裂いて双子月の片方に大穴を開けておったし」
「へ?」
「見ておらぬのか? ほれ、あれだ」
指し示す方を見る。雲が消し飛ばされて広がった大空の真ん中で、真っ白い月の片方が欠けて三日月みたいになっていた。
ま、マジか……。
大気圏突破して月に穴を開けるレベルなんて……。
そんなやばいやつだったのか、あの最後のブレス。
「だが、もうあんな無茶をしてはならぬからな。我輩たちは世界征服を目指しておるが、それはあくまで平和的に、命を大事にする方向での世界征服であって。ナギがいなくなっては何の意味もない。我輩それだけは絶対に嫌だからな」
「うん、心配してくれてありがとね」
胸が暖かくなる。
戦い大好きなジルベリアさんがそんな風に言ってくれるなんて。
駆け寄ってきてくれたのはジルベリアさんだけじゃ無い。
他の緋龍族さんも私のことをすごく褒めてくれた。
「素晴らしい戦いぶりでした、ナギ様。まさかあのすさまじいブレスを突破されるとは。一体どうやってあのすさまじい一撃を耐え抜いたのですか」
「ふっふっふ。私にかかれば、不可能は無いのだよリーシャ君」
「私も改めて、敬服いたしました。お仕えできてよかったと心より思います、とシトラスはナギ様を尊敬の眼差しで見つめます」
「むっ。尊敬しているのは我の方です。我の真似をしないでください」
「真似しているのはそちらです」
「良いでしょうシトラス! 勝負の時です! 今日こそどちらがよりナギ様のことを思っているか決着をつけましょう」
「望むところ」
「相変わらず仲良いっすねー」
「ブレスも息ぴったしでしたよね、とライムはお二人を微笑ましく見つめます」
「「仲良くなんてありません!!」」
いつも通りのドラゴンさんたち。
しかし、今日はどうにもそれに対するみんなの反応が違う。
「あの伝説の緋龍族にあそこまで言わせるなんて……」
一人の蜥蜴人族さんが呆然とつぶやく。
他の魔族さんたちも思っているのは同じ事のようだった。
「あれを受けて無傷だったわけじゃからな。無理もないわい」
「うむ。彼の者は強い。それだけのこと」
「あーあ、やってらんないわ。あんなの戦う気も失せるっての」
三強とされる王たちが言う。
いや、大分ギリギリだったんだけどな。
すごく過大評価されちゃってる予感がする。
「どんなに強くてもナギはナギだけど、でもナギってほんとにすごいのね……」
ナクアさんもなんだか呆然としてるし。
そう言えば、戦う前に最強の私に着いてこい的なはったり言ったんだった。
多分私の活躍もあって、あれが魔族さん的には完全な事実のように見えてしまってるんだろう。
『緋龍族を従えて、この森にあっという間に大国を築き上げた私がいるんだよ?』
まあ、嘘は言ってないよね。
ともあれ、なってしまったものは仕方ない。現状を受け入れ前向きに捉えるのが私の得意技だ。
みんな褒めてくれるし、王としては威厳ある感じになるしね。
ここは強いってことにしとこう、と。
ふっふっふ、もっとすごいって言ってくれていいんだぜ?
そう、強キャラとはまったくふさわしくない残念な結論に至っていた私の目に、不意に映ったのは泣き崩れるエルさんだった。
元気になった神樹様にすがりついて、子供みたいに泣いている。
しっかり者のエルさんがあんな風になるなんて。
でも、その気持ちは私にもわかると思った。
もし大好きで大切な人を救ってもらえたら、私もきっとあんな風になっちゃうと思うから。
本当に良かった。そう改めて思う素敵な光景だった。
『神樹の森』での大事件から、一月が過ぎた。
国に戻った私は、聖域の復興支援として人手や食料の援助をしながら、日々無理しない程度にがんばっていた。
あの事件の前後で変わったことが一つだけある。それは、森のみんなの私を見る目だ。仲間の魔族さんは昔から私のことかなり好きだったのであまり変わった感じはしないのだけど、そうでない魔族さんの見る目ははっきりと変わった。
伝説の緋龍族を従え、神樹が変異した『災厄』を撃退した対界級の力を持つすさまじい魔族。
それが現在の私に対する評価らしい。
「ナギと我輩たちの名はもう森を越えてその外まで広がっておるようだぞ。地方の魔族としては最大級の名声を手に入れたと言っていい。先進諸国も我輩たちを無視することはできぬだろうな。彼の六魔皇と謁見する日も近いかもしれぬ」
なんだかすごいことになっているとジルベリアさんは上機嫌で私に教えてくれた。
「六魔皇っていうのはやっぱりそんなにすごいの? ジルベリアさんが謁見なんて言葉使うなんて」
天上天下唯我独尊な竜だと思っていたのだけど。
「まあ、一応格上ではあるからな。王である身として、その辺りは言葉だけでも気をつけて置かねばならぬのだ。ちょっとしたことで外交問題になりかねぬしな」
「あー、そういうことか」
鐘に『国家安康、君臣豊楽』って書いたのが家康の名前を引き裂いてるって責められて、そこから戦になって豊臣家は滅ぼされたわけで。そういうのは魔族さんの間でも大事なことなんだろう。
「もっとも、我輩たちの目的は世界征服。六魔皇と言えど、通過点の一つに過ぎぬがな」
「世界が私たちの手に落ちる日も近いね」
二人で悪役っぽく笑いつつワイングラスを揺らす。
ああ、おいしいなぁ葡萄ジュース。
そんな感じで一月が過ぎて、今日は復興中の聖域に出かける日。
「ようこそ、お越しくださいましたナギさん」
エルさんはうれしそうに微笑んで私たちを迎えてくれた。
「大分木々が伸びてきましたね」
「はい。おかげ様で。ご支援いただいて本当にありがとうございます。なんとお礼を言えばいいか」
「いえいえ、困ったときはお互い様なので」
復興作業に励む犬人族さん、鍛冶人族さん、大鬼族さんたちを微笑ましく見つめる。
私も自分の仕事をしっかりやらなくちゃ。
今日私が来たのは、『神樹の森』同盟へ正式加入する話し合いのため。
森の上位魔族が一堂に会し、今後の協力して同じ方向へ進むことを約束する大切な会議である。
「ご無沙汰じゃな、緋龍族の主よ」
「今日はよろしく頼む。強き者よ」
「まあ、その……よろしく」
三強の王たちに挨拶する。
一緒に森を守るべく戦ったことで、なんとなく仲間意識みたいなのが芽生えていた。あと、聖域の復興支援でも顔を合わせる機会あったし、技術提供の打ち合わせもしてたりして、結構仲良くなってたりする。
「それでは、会議を始めます」
エルさんの言葉で会議が始まる。
まずは同盟における条項の確認から。
「一つ。高位森精族。ナギ・ジルベリア王国。樹人族。黒妖精族。蛇王族。以上五つの勢力は互いに協力し、交戦時には支援しあう。一つ。五つの勢力は互いに惜しみなく技術を提供し合い、森全体の発展に努め――」
「待って、エルちゃん」
神樹様が読み上げを止めたのはそのときだった。
「ここの部分だけど、やっぱりどうしても不平等な形になっちゃうと思うんだよ」
「そうですな。儂らもそれは気になっておりました」
しゃがれた声で言う樹人族さん。
蛇王族さんと黒妖精族さんもうなずいている。
え? 不平等?
惜しみなく提供し合いって書いてるけど。
やばい、わかんない。どういうことだ?
「ジルベリアさん、わかる?」
隣のジルベリアさんに小声で耳打ちする。
「はっ。寝ておらぬぞ。我輩全然まったく少したりとも寝ておらぬぞ」
「…………」
うん、寝てたね。
完全にすやすやしてたね。
「えっと、ごめんなさい。私不平等の意味がよくわからないんですけど」
「うん、大丈夫。説明するね」
神樹様は明るい声で言ってくれる。
「私たちに比べてナギちゃんの持ってる技術力っていうのは別格に高いんだよ。鍛冶人族の先進的な技術と、その力でより大規模な建築方式を可能にした大鬼族。犬人族が品種改良した野菜もすごく質が高いって聞いてる。きっと複数の種族が互いに協力し合ってるからだね。すごく良いなって思う」
にっこり目を細める神樹様。
「でも、対照的に私たちに提供できるものには限りがあるんだ。もちろん、渡せるものは惜しみなく渡したいと思ってるけど、聖域はまだ完全に復興したとは言えないしね。今も現在進行形でナギちゃんたちに大分助けてもらっちゃってるし」
「いえいえ、そんな。気にしなくても大丈夫ですよ。困ったときはお互い様ですって」
「ナギちゃんはそう言ってくれるけど、それに甘えてちゃいけないと思うんだ。今こうして森で暮らすことができてるのもナギちゃんのおかげだしね。私たちはそれに見合う対価を全然ナギちゃんに返せてないなって」
神樹様は真剣な顔で言う。
「だから、少しでも返せるようにって実はナギちゃんが来る前に他の四種族で話し合ってたんだよね。それで、一つの結論に至ったの」
翡翠色の瞳が、すっと私を射貫く。
「私たち四種族をナギちゃんの傘下に加えてもらえないかな」
言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
「……は、はい!?」
さ、傘下!?
三強の王様に高位森精族に神樹様まで!?
「さ、傘下というのはとても恐れ多いと言いますか。い、一体どうしてそのような話に?」
「勢力のパワーバランスを考えればむしろ自然なことじゃよ。何せ、あの緋龍族さえ従えておるのじゃからな」
うなずく樹人族の王様に、
「ふふん。主はなかなか良い目をしておるな。そうだぞ、もっと我輩とナギを褒めて良いぞ」
うれしそうに言うジルベリアさん。
「どうしてもってあいつが頭下げてくるんだもの。仕方なくよ、仕方なく」
「強き者と鍛錬できるのであれば我は構わぬ」
黒妖精族さんと蛇王族さんも同意見らしい。
「この形の方が、後ろめたく思わずにありがたく技術を受け取れるしね。何より、ここで私たちがナギの傘下に入れば、森は余計な争いや足の引っ張り合いをすることなく一つになれると思うんだ。そうすれば、上位悪魔に不意を突かれて足下をすくわれることも無いと思うから」
なるほど、それも考えての結論だったんだ、と思う。
神樹様が悪魔の罠にかかったのも、余命が少ない中みんなをまとめようと奔走したり、私の国への対応に追われていたからで。
そうした隙を生まないためにも、ここでより密接な関係を構築しておくのが森の守護者として最善だと判断したんだろう。
「そういうことでしたら、よろこんで。みなさんが仲間になってくれるのはすごく心強いですし」
「よかった。ありがとう」
神樹様はほっとした様子で目を細める。
「これからよろしくね、ナギちゃん」
「はい、こちらこそ」
こうして、私たちの国は『神樹の森』全域を巻き込んだ、巨大勢力へと発展したのでした。




