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6 私とドラゴンさんたちその2


「え? あるじ?」


 そんな風に呼ばれて、私が困惑したのは当然の反応だったと思う。

ドラゴンさんたちの主人になるなんて、まったくそんなこと全然考えてなかったんだけど。


「そうだぞ、我があるじナギよ。王である我輩が主の配下となり、忠義を尽くそうと言っているのだ。光栄に思うことだ。斯様なこと普通なら絶対にあり得ぬぞ」


 ジルベリアさんは翼をばさばさと揺らして言った。

 とりあえず好いてくれているみたいですごくありがたくはあるのだけど。


「本当にいいんですか?」

「そう言っておろう? 我輩生まれてからずっと王だったしな。誰かに尽くすというのも新鮮で興味深い」

「でも私、すごく弱いですよ。みなさんひくくらい弱いですよ、多分」

「謙遜せずとも良い。あれだけの治癒能力を持っておるのだ。主の力は救われた我輩が誰よりもわかっておる」

「いや、でもほんとに弱くて」

「それに、強弱など些細な問題であろう? 我輩がこの者を主人にしたいと思う。その気持ちこそが何より重要なのだ」


 すごくうれしい言葉だった。

 そっか。主人にしたいって思ってくれたんだ。


「でも、他のみなさんもいいんですか? 私なんかが主人で」


 他のドラゴンさんたちに聞く。さっと私の前に跪いたのは青い瞳のリーシャロットさんだった。


「ジルベリア様の命とあらば、我々に否定する理由はありません。何より、ナギ様への恩義は我ら自身も感じております。喜んで仕えさせて頂きます」


 他のドラゴンさんたちもリーシャロットさんに続いて跪く。


「あ、いや、頭上げてください。そんなにかしこまらなくていいですから」


 恐縮する私に、


「見よ見よ、これが我らの総意だ」


 ジルベリアさんはそう言って笑う。


「さあ、我輩たちでいざ世界征服へと乗り出そうではないか!」


 うきうきのジルベリアさんを見ながら、私は世界征服について考える。

 世界征服と言っても、魔族世界を統一して、その王になってほしいということだったのだけど。女神様は当初私にお願いしたいって言ってたし、私が周囲の魔族さんを仲間にして勢力拡大していけば、少しは役に立つこともできるかもしれない。


「戦争とか争いは避けたいので力尽くでっていうのは嫌なんですけどそれでもいいですか?」

「主人である主がそう言うなら我輩たちはそれに従うぞ。主の望みを叶えるのが我輩たちの恩返しだ」


 ジルベリアさんの言葉に周囲のドラゴンさんたちもうなずく。

 やさしいドラゴンさんたちだ。私なんかには勿体ないくらい。

 こんな仲間が増えればいいなと思った。

 話して仲良くなって仲間になってもらって。みんな仲良くしあわせな世界征服。

 うん、これはなかなか楽しいかも。


「よし、じゃあやっちゃいますか、世界征服」

「うむ! 任せよ! 我輩たちが付いているのだ。大船に乗ったつもりでいると良いぞ」


 ジルベリアさんはにっと目を細めて言った。







「では、我輩たちは出立の準備をしてくる。主は近くを散策していると良いぞ」


 ジルベリアさんに言われて、私は竜の山の山頂付近を歩いていた。

 しかし、その主目的は散策とは少し違う。私がしていたのは、新しい自分の身体能力のテストだった。

 既に体力がないのは確認済みだったので、他の項目についても確認していく。

 腕力……腕立て伏せ一回もできない。

 腹筋……一回もできない。

 立ち幅跳び……八十センチ弱。

 うん、夢も希望もないね。

 魔王どころか人間の中でも相当まずい部類だよこれ。

やれやれ、とため息を吐いていた私は足下の小さな段差に蹴躓いた。

 踏ん張ろうとするも耐えられず、尻餅をつく。瞬間身体を襲ったのはとんでもない激痛だった。


「痛い痛い痛い! 死ぬ! 死んじゃう!」


 嘘!? 怪我する要素ないレベルの軽い転倒だと思ったのに!?

 のたうち回る私の脳裏を過ぎったのは女神様の言葉だった。


『もう、Fランクの魔獣にも手も足も出ないくらいに弱い仕上がりになっちゃって。特に耐久値なんてちょっと転んだだけで捻挫と靱帯断裂と複雑骨折を併発して命に関わるような有様で』


 大怪我なんだけど。今期絶望なんだけど。

 これじゃここからの移動もままならない――って、私怪我治せるや。

 魔王厨房デモンズキッチンからさっきの鍋の残りを呼び出して、お玉で口の中に入れる。

 ああ、おいしい。しみわたるぜ。

 瞬間淡い緑色の光が身体を包んで、痛みは嘘みたいに消えていた。

 なんだこの身体……。魔王なのに、ちょっとした段差で死ぬ某ゲームみたいな耐久値なんだけど。

 これからはすぐ飲めるよう簡単なスープを準備しておかないと。


「ってか、さむっ」


 現実甘くないなぁ、とか思っていたからか、高地特有の寒さがさらに厳しく感じられる。自分の身体を抱えて、唇をふるわせていると、小さな炎の玉が私の周りを回って周囲の空気を暖めてくれた。


「下級の生活魔法です。これで少しは暖かくなるかと」

「ありがとう」


 声の主であるリーシャロットさんに振り返る。しかし私の予想に反して、そこにいたのは巨体のドラゴンさんではなかった。


「…………誰ですか?」


 艶やかな赤橙色のロングヘアーに、涼しげな瑠璃色の目。

 長身で細身の身体は、騎士然とした鎧で覆われている。隅々まで隙がない着こなしだけを見ても、その優秀さははっきりと見て取れた。

 小さな口を開いて彼女は言う。


「我です。リーシャロットです」


 すさまじい美人さんがそこにいた。


「……え、えっとなんでそんな仕上がりに?」


 群青の髪には、髪飾りみたいな角が生えていたりして、厳密には人間の姿ではないのだけど、しかし大きなドラゴンさんだった今までからするとギャップがありすぎる。

 ドラゴンの名残がある背中の赤い翼も尻尾も、コスプレみたいでむしろかわいいし。


「ジルベリア様より、ナギ様をご案内せよとの命を頂きました。でしたらこちらの姿の方がふさわしいのではないかと考えた次第です」


 リーシャロットさんは瑠璃色の瞳で私を見つめて言う。


「元の姿の方がよろしかったでしょうか」


 少し不安げな声だった。

 自分は失敗してしまっただろうかと気にしているような。


「いえいえ、気遣ってくれてありがとうございます。その姿の方が私としては落ち着きますし」

「よかった。安心しました」


 リーシャロットさんはほっと息を吐いてから、


「ナギ様は我々の主人なのですから丁寧な言葉使いは無用です。どうぞお気軽にお話しください」

「え、でも私は気にしてないけど」

「我々が気にします。どうか」


 敬語はやめてほしいってことらしい。

 リーシャロットさんがそう言うなら、多分その方がいいんだろう。


「わかりました。いや、わかったよ」


 まだ口慣れないなぁ、と思いつつ、


「でも、リーシャロットさん。ほんとに私なんかが主人でいいの?」

「無論です」

「でも、私大分弱いしさ。コミュ障だし、就活百社落ちるくらいには社会的に価値低い人材だし」

「申し訳ありません。我には言葉の意味がわからないのですが」

「とにかく、私みたいなへっぽこが主人でいいのかなって」


 リーシャロットさんは少しの間考えてから言った。


「ナギ様は自分の身体が石になってしまったご経験はおありですか?」

「それは、ないけど」

「身体が動かせない。目も見えない、耳も聞こえない。あるのは意識だけ。何もできない時間だけ。そして回復する見込みはまったくないのです。どんなに手を尽くしても、一度石化した身体を元に戻すことはできませんでしたから」


 リーシャロットさんは目を伏せて続ける。


「あんな苦しみを、恐怖を、我は知りませんでした。実際に石化していた時間は一月ほどでしたが、我には永遠のように長く感じました。いっそ死なせてくれとどれだけ思ったか……」


 淡々とした言葉の中にはかすかなふるえが混じっていた。


「そんな我をナギ様は救ってくれたのです。絶対に治らない病を治し、我の身体を動くようにしてくれた。見え、聞こえ、言葉を話せるようにしてくれた。しかも、それだけではありません」


 リーシャロットさんは凜とした顔をゆるませて続ける。


「何より、我だけでなくジルベリア様や部下の皆のことを救っていただいた。それがどれだけうれしかったか。ありがたかったか。皆も我と同じ気持ちだと思いますよ。自分と、そして仲間を救ってくれたナギ様にご恩を返したい。そう強く思っているはずです」


 恩返しがしたい。

 その気持ちは私にもわかると思った。

 就活で百社に落ちた末に零細出版社に拾ってもらった私も、恩返ししたい、力になりたいってバカみたいに働いていたから。

 結局私は、ブラック社長に良いようにこき使われて過労死することになっちゃったんだけど。社長に退職届を目の前で破り捨てられて『三百万払え』と怒鳴られた末に、全部投げ出してインドネシアに逃亡した先輩は正しかったんだなぁ、と今になって思う。

 あんな思いをさせないよう、私は良い上司にならないといけないと思った。リーシャロットさんたちの思いを踏みにじらないように。

 それは、死んじゃった前世の私のためにも。


「ありがとう。リーシャさん、私良い主人になれるようがんばるから」


 私は言った。


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[良い点] これがリアルスペランカーか……
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