54 いざ決戦へ
国境付近の森で倒れていた高位森精族さんたちはみんなボロボロの状態だった。
服は破れ、肌にはやけどや傷の跡が無数に散っている。
だけど、幸いみんな生きていた。
だったら、私の力で治すことができる。
「助かりました。本当にありがとうございました、ナギさん」
エルさんは金糸の髪を揺らして頭を下げて言った。
「いえいえ、困ったときはお互い様です。生きてて、本当に良かった」
ほっと安堵の息を吐く。
「一体、何があったんですか?」
「高位悪魔です。高位悪魔の仕業だと思います」
エルさんは声をふるわせて言う。
「悪魔が忍び込んで神樹様に何かしたのではないかと。気づいて駆けつけたときにはもう手遅れでした。神樹様は巨大な化物に変異し始めていて、そして……」
言葉に詰まる。絞り出すように続ける。
「聖域一帯は……。助かったのは神樹様がかろうじて残った意志と力で私たちに転移魔術を使ってくれたからだと思います」
「そっか。私の力なら助けられるから」
さすが神樹様。ギリギリだったからか、転移させる場所はちょっとずれる結果にはなったみたいだけど。
おかげで、高位森精族さんたちは助けることができた。
「被害が聖域だけで留まっているのも神樹様が押さえ込んでいるからでしょう。本当に、あの方は最後まで……」
声は嗚咽になって消える。
「戦力は多い方がいいだろう。我輩たちは、戦えそうな者を探してくる。第四森域、大空洞で合流しよう。ナギも準備ができ次第すぐに移動を開始してくれ。神樹のやつが粘ってるうちが勝負だ」
「わかった。そっちのことはお願いね」
「任せよ」
森の奥へ消える緋龍族さんたちを見送る。
「ナギさんは、あの『災厄』と戦うつもりなのですか?」
エルさんは信じられないという顔で私を見上げた。
「そのつもりです。高位森精族さんたちも協力してください。少しでも多くの戦力が必要なんです」
「まさか、まだ神樹様を救えるというのですか?」
呆然と言うエルさん。それだけ、絶望的な状況なのだろう。
誰よりも助けたいと思ってるエルさんでさえ、気持ちを押し殺してあきらめるしかないくらいに。
「可能性はあります。あると思います」
森を救って、神樹様も救って。みんなが笑える最高のハッピーエンド。じゃないと、こんな結末絶対あってはいけないと思うから。
「協力します。協力させてください」
エルさんは言った。
その瞳は涙でにじんでいて。
だけど、凜とした意志の力と覚悟がそこにはあった。
私たちは準備を整えて大空洞に急いだ。
鍛冶人族さんたちが作った武器と物資を国中から集めた数千の荷車に積んで進む。
「私様たちも手伝うわ。任せて。近所じゃ負け知らずなんだから」
ナクアさんはえへんと胸を張って言う。
道中では、他にもたくさんの魔族さんが協力すると加わってくれた。
「私たちも手伝わせてください」
「俺たちもお願いします」
各地から集まった魔族さんの数は数万を超えた。見渡す限り広がるたくさんの魔族さんたち。
「小さい頃から育ってきた大切な土地ですから」
「簡単にあきらめて逃げるなんてできません」
「病気の友を置いて逃げることはしたくなかったんです」
みんなそれぞれ事情があって。
だけど目指すところは同じ。
大切な人を、大切なこの森を守りたいって思ってる。
大空洞に到着し、みんなでごはんを食べて体力を回復。万全の状態で戦えるよう調整する。
「すまぬ、遅くなった」
ジルベリアさんたちも、手分けして森中の魔族さんたちをかき集めてくれた。
そこには高位森精族に好意的な樹人族さんだけではなく、蛇王族さん、黒妖精族さんも含まれていた。
「来てくれたんですね」
「森は儂らの場所ですからの」
樹人族の王は、ほっほっと笑って言い、
「我は強者との戦いを欲す。それのみ」
蛇王族の王は隙の無い戦士の声で言った。
「別に。あいつを合法的に殴れるって聞いて来ただけよ」
黒妖精族の女王は腕を組んで言う。
「その割には誰よりも先に駆けつけておったがの」
「兵は拙速を尊ぶ。良い心がけだ」
「うっさい。黙ってなさい」
黒妖精族の女王は鋭い声で言う。
「他のやつにやられて終わるってのも納得いかないってだけ。あいつを殺すのはあたしだから」
そう言ってそっぽを向く。
ああ、なるほど。ツンデレってやつだなって私は思った。
「集まってください。作戦会議を始めます」
森を守るため立ち上がった魔族さんは総勢で三十万以上。
その長たちを集めた大空洞での作戦会議。
まずリーシャさんが偵察して得た『災厄』の状態と性質を説明してくれる。
「『災厄』は『神樹の森』聖域跡の中心で沈黙しています。おそらく、第一波の攻撃で消費したエネルギーを再び体内にため込んでいるのでしょう。あれだけ膨大な量のエネルギーを放出した以上、必然補給の時間は必要になりますから。あるいは、取り込まれた神樹がその力をできる限り抑えようと戦っているのもあるのかもしれません」
「神樹様……」
歯噛みするエルさん。
リーシャさんは続ける。
「全長はナギ様の七階建ての居城、その十倍ほどでしょうか。形状としてはクラゲに似た形をしています。攻撃手段としては無数の触手による物理攻撃。それから竜の山を塵に変えた熱光線が想定されます。近づいたものに対し、半ば自動的に迎撃行動を取るようですね」
「それらをかいくぐり、ナギの料理を食べさせねばならぬわけだな」
「はい。そこで、今回は全員にナギ様が作った携帯食を配布します。自身、仲間の回復と、それから災厄に食べさせるためのものです。特に下級魔族は危険ですので衛生兵として回復役に専念してください。そして、一定以上の力を持つ中位以上の魔族全員で、災厄に向け突進する」
「皆で協力し、一人でも災厄にそれを食わせられれば勝ちというわけだな」
「その通りです」
リーシャさんがたてた作戦は、他から来た魔族さんたちを十分納得させられるものだった。
「儂は良いと思う。兵を仕込む時間はないからの。わかりやすさは大事じゃ」
「我も構わぬ。ただ一番槍を望むのみ」
「あいつが殴れるならなんでもいいわ」
並行して、私は集まった魔族さんたちに料理を振る舞った。
「すげえ、身体が軽い。自分の身体じゃないみたいだ」
ソラちゃんが作ってくれた野菜で作った料理は、魔族さんたちの基礎能力を大きく向上させた。
「一列に並んでください。こちら装備品貸与の列です」
「こちら、携帯食提供の列です」
侍女隊のみんなが誘導してくれる中、鍛冶人族さんが作ってくれた武器と、戦いの際持っていく携帯食を渡すスペースにも長蛇の列ができている。
「なんて切れ味だ。こんな剣がこの世にあるなんて」
「この鎧もすげえ。抗魔の魔硝石が練り込んであるぞ」
鍛冶人族さんが作った質の高い装備に目を輝かせる魔族さんたち。
騎士隊さんたちと蛇王族さんたちは、少ない時間で魔族さんたちに戦いの基礎を仕込んでくれている。
「槍の握り方はこうです。単独で前に出すぎないように。側面は弱いので、周囲と息を合わせてください」
普段より格段に強くなったことは、魔族さんたちに勇気もくれたらしい。
「これなら、いける。勝てるぞ、俺たち」
弾んだ声が辺りに響き出す。
士気の高さに私は安堵の息を吐いた。
「準備は順調だね」
「いや、そうでもないぞ」
「え?」
「今にわかる」
ジルベリアさんは目を伏せて言った。




