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52 神樹


 自分が何と言う名前だったのか、わらわこと私は既に覚えていない。

 思いだそうとしても思いだせない。

 少し寂しいとは思うけれど、しかしそんなこと考えてはいられないのが私の立場だ。

 私は神樹様なのだから。

 森を、みんなを守らないといけない存在なのだから。

 それだけが私の存在理由。

 だけど悲しいとは思わない。

 十分すぎるくらいだと思う。

 みんなが私を必要としてくれて、頼ってくれて。

 私は自分の力でそれに応えることができる。

 他に何がいるだろう。

 私たちはみんな誰かに必要とされたくて生きているというのに。

 だから私には十分。

 この上ない最高の人生だったと神様にだって胸を張って言える。

 って、私がその神様なんだけどさ。

 最後の仕事もちゃんと全うできたしね。

 ナギちゃん、良い子でよかったなぁ。

 ジルちゃんも話してみたらすごく良い子だったし。

 全力で追い返した千年前はちょっと悪いことしちゃったかな。

 でも、あの緋龍族レッド・ドラゴンだよ? ドラゴンなんて私見たことなかったし。そりゃこっちも必死になるってもんですよ。

 とはいえ、森は私の領域だし。森の中なら魔族世界最強の六魔皇にだって簡単には負けない。そういう結構すごいわらわなのです。

 にしても、ナギちゃんの国はすごかった。

 九千年生きてきて一番びっくりしたかもしれない。あんなに文明的な街がこんな辺境に作れるなんて。

 同時に、確信もした。死の大地であんなにおいしい野菜を作り、街を作り、豊かに生活する。あれは消えゆくこの森の希望だ。

 神樹が失われた後のこの森も、あの力があればきっと救われる。生活してるみんなも、きっと不幸にならずに済む。

 だから、ナギちゃんたちと仲良くなって、協力関係になる。それが私の最期の大仕事。

 良かった。やり遂げられた。

 これできっと、もう大丈夫。

 あとは、私がいなくてもみんながやってくれる。

 ほっと息を吐く。

 エルちゃんがお酒を持ってきてくれたのは、そんなときだった。

 森に帰って五日目。最初の日曜日だった。日曜日にお酒を飲むのはわたしの数少ない楽しみだ。

 口の中がしゅわしゅわして気持ちいいんだよね。

 絶対障壁があるから、残念ながら酔うことはできないんだけどさ。

 一度でいいから、神樹様になる前みたいに酔ってみたいけど。

 それはきっと望みすぎなんだろう。

 私には十分。

 これで十分。

 そう――わたしは油断していたのだ。

 だから、こんな小細工に簡単にひっかかった。

 一番気を抜いてる不意を狙うなんて、それこそ悪魔の常套手段だというのに。


「……あなた、エルちゃんじゃないね」

「ご明察です」


 エルちゃんに化けた悪魔は、口角を裂いたみたいに耳まで上げた。


「……一体わたしに何を飲ませたの」

「お疲れの神樹様には息抜きの時間が必要かと思いまして」


 悪魔はにっと目を細めて続けた。


「どうぞ大切な森を跡形もなく消し飛ばすまで酩酊なさってください」



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