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5 私とドラゴンさんたち


 ドラゴンさんの仕事ぶりは、私が思っていたよりもはるかに速かった。

 突風みたいな速さで、洞窟の外へ飛び出したかと思うと、ほんの三分ほどで大量の野草や山菜を抱えて戻ってくる。二十五メートルプールをいっぱいにできてしまうくらいの量だった。


「すごいですね。もうこんなにたくさん……」

「仲間の命がかかっておるからな。我輩も必死だ」


 緋色の目で真剣に私を見つめて言う。


「頼む」

「任されました」


 用意していた琥珀色のスープをお皿によそって、一番近くの石になったドラゴンさんの下へ。

 すらっとした細身のドラゴンさんだった。姿勢良くまるで礼をするみたいに両腕と翼をたたんでいる。凜々しい印象の顔は苦痛で歪んでいた。身体のすぐ側には、人間が使う大きさのロングソードが大事そうに置かれていた。宝物か何かだろうか。


「リーシャロット……こんな変わり果てた姿になってまで我輩に仕えようとしてくれたのか……」


 最初に助けたドラゴンさんが言う。

 どうやら、王と配下の騎士的な関係らしい。


「それじゃ、やってみますね」


 深い幹のような爪の上に乗り、口の中にスープを流し込む。

 琥珀色の液体は石になった口の中に溜まって、水たまりを作る。

 だけど、それだけだった。


「そんな……」

「まだ! まだ手はあるはずです! もっとたくさん飲ませれば。あるいは、口の中に入って喉の奥に直接――」


 ぴきぴき、と亀裂が入るような音がしたのはそのときだった。

 それはスープが溜まった舌の先から聞こえていた。スープが触れた部分の石化した組織に亀裂が入っている。やがて、石化した組織ははがれ、中から鮮やかな赤色の歯肉が現れた。

 それをきっかけに亀裂は口の中全体に広がる。そして頬から首、爪の先から翼まであっという間に広がって、はがれたその中からはみずみずしい赤色の肉体が現れた。

 痛みからか固く閉じられていた目がやわらかい表情に変わる。そして、自然な力の抜けた動きでその目が開いて、私と、最初に助けたドラゴンさんを捉えた。


「ジルベリア様、我は一体……」

「リーシャロット! よくぞ……よくぞ帰ってきた!」


 ジルベリアという名前らしい最初のドラゴンさんは、石化から戻ったドラゴンさんを抱きしめる。

 きっと大切な存在なんだろう。ジルベリアさんの目には涙が浮かんでいた。


「王にそこまでしていただいて、我は幸せ者です」


 リーシャロットという名前らしいドラゴンさんはやさしい顔で目を細める。

そのサファイアブルーの瞳が、すっと私の姿を捉えた。


「貴方が、助けてくださったのですか?」

「い、いえ、私は別に。たまたまです、たまたま」


 そんな私を見て、ジルベリアさんが言う。


「リーシャロット。緋龍族レッド・ドラゴンは受けた恩を忘れぬ。我輩たちは決してこのことを忘れてはならぬぞ」

「はい。勿論です、ジルベリア様」


 リーシャロットさんは丁寧に私に一礼して言う。


「このご恩、我の命に代えても必ずや貴方様にお返しいたしますので」


 大げさだなぁ、と思ったけど素直にうれしかった。

 胸がじんわり暖かくなる。


「ありがとうございます。でも、そこまで気になさらなくて大丈夫ですから。それより、早く他のドラゴンさんを治してあげましょう」

「ほ、他の仲間も救ってくださるというのですか!?」

「このお方は絶大なお力と、慈悲深い心を持っておられるのだ」

「す、すごいお方なのですね」

「…………」


 なんかとっても過大評価されてる予感がする。


「と、とにかく、他のみなさんを治しましょう」


 こうして、私は石になったドラゴンさんを元の姿に戻して回った。


「バカな……それがしの回復魔術でさえ効かなかった病が一瞬で……」

「たまたまですから。でも、褒めまくってくれると私はかなり喜びます」


「美味い! ここまで美味なものがこの世にあるとは!」

「器舐めなくても、おかわりありますよ?」


「これはまさか、彼の伝説の霊薬……!!」

「はい、そう呼んでくれても一向に構いません。ええ、その感じでもっと褒めていただけると」


 全部で三十人ほどだっただろうか。全員に飲ませ終わってほっと息を吐く。

 なんだかみんなたくさん褒めてくれるので、元社畜的にはかなり心が癒やされる感じだった。

 ああ、いいかも異世界生活。

 なんて思いながらきらびやかなキッチンの椅子に座って後片付けをしていると、最初に助けたドラゴンさんが近寄ってきた。


「此度の主の行い。本当に感謝の念に堪えない。我輩の知っている言葉ではこの気持ちを表現するのに全然足りないが、それでも礼を言わせてくれ。ありがとう」


 感謝の気持ちがすごく伝わってくる言葉だった。


「いえいえ、私がしたくてやったことですから」

「この礼として、何か主にお返しがしたいのだが、主は何か欲しいものがあるか?」

「欲しいもの、ですか」


 一体何が欲しいだろう。

 私が書いた本を出して、それが大ヒットしてノーベル文学賞取って、うはうは印税生活できたらうれしいなぁ、と思うけどここ異世界だし。


「あー、気にしなくても大丈夫ですよ。今のところ特に思い当たらないので」

「しかし、それでは我輩の気が済まぬ。義理堅くあれ、というのは先代からの教えだ。『緋龍族レッド・ドラゴンは受けた恩を忘れぬ』という種族訓にも背くことになる」

「そう言ってもらえるのはありがたいですけど」

「何より、偉大なる緋龍族レッド・ドラゴンの王にして、三帝竜の一つである我輩が、命の恩人に何もせず返すなどあってはならん。言え、何でも良いぞ。どんな願いでも叶えてやる」

「じゃあ、ノーベル文学賞のちうはうは印税生活でお願いします」

「……ちょっと何を言っておるのかわからぬのだが」

「ですよね。気にしないでください」


 もしかしたらと思って言ってみたけれど、やっぱりダメだったらしい。


「うーん」


 何かお願いしないと逆に困らせてしまうようなので、私は願いを考える。

と言っても、全然浮かんでこないんだよなぁ。ここがどういう世界なのかもわからないし。そもそも、異世界に来たばかりで私の心もその変化について行けていない。

 そう言えば、女神様は私に世界征服して欲しいなんて言ってたっけ。


「そうだ、世界征服とか――」


 言った私に、ジルベリアさんは緋色の目を見開いた。


「世界征服、だと……!!」

「って、無理ですよね。ごめんなさい」

「世界征服! 面白い! 実に面白いではないか!」


 ぐいと顔を近づけるジルベリアさん。


「え、え?」

「良い願いだ。実に良い願いだぞ、主よ。さすが我輩たちの命を救った恩人だけのことはある。我輩もこの現状に飽いておったところなのだ。そろそろ我輩たちも覇を目指し、世界に乗り出して良い頃合いなのではないか、とな」


 ジルベリアさんは緋色の瞳を輝かせる。翼と尻尾がばたばたと大きく揺れる。


「任せよ! 我輩たちが牙となり、必ずや主にこの世界を捧げよう」


 そして、にっと目を細めて続けた。


「よろしく頼むぞ、我があるじよ」



たくさん作品がある中、見つけてくださってありがとうございます。

毎日更新していきます。

もしよろしければ評価やブクマ等していただけましたらとてもうれしいです。

良い作品になるよう精一杯がんばります。よろしくお願いします。

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