47 神樹様
「申し訳ございません。本当に申し訳ございません」
数十分後、ようやく魔性のベッドから立ち上がったエルちゃんさんは、私と神樹様に何度も頭を下げて言った。
「神樹様の巫女という立場でありながらこのような失態。一体どうやって償えば」
「いいのいいの。エルちゃんはいつも真面目すぎるくらい真面目だしさ。それくらいゆるいときがあってもいいんだって」
神樹様は私を見て続ける。
「ナギナギもそれでいいよね?」
「私は、そもそも全然気にしてないので」
「ほら。世界は、エルちゃんが思ってるよりあったかいとこなんだぜ?」
キメ顔で言う神樹様。
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にして言うエルちゃんさんはかなりかわいかった。
真面目な優等生っぽい子のこういう顔は反則だと思う。
「そうだ。少し聞きたいことがあるんですけど」
聞けるタイミングで聞いておこうと私は口を開く。
「ん? なになに?」
「神樹様ってどういった存在なんですか?」
「神樹様ちゃんって存在だけど」
「いえ、そういうことではなくて。えっと」
私は言葉を探す。
「たしか、神樹の木と一体化した高位森精族の長なんですよね。そのあたり、どういう原理なのかなって思いまして」
「ナギさん。それは高位森精族にのみ伝わる禁秘。下界の魔族が触れて良いことでは」
ぴしゃりと言うエルさんに、
「いいのいいの。最近は話すことも多いしね。そこまで隠すようなことでもないし」
あっさり言う神樹様。
「私たち高位森精族は神樹の木から生まれた精霊のような存在でね。この森ができる前から、神樹様のお世話をずっとしてきたんだ。でも、七千九百五十三年前、上位悪魔がその力を悪用しようと攻めてきてね。なんとか撃退はできたんだけど、私たちは深い傷を負った」
わらわではなく私、と神樹様は言った。
そこに理由があることはなんとなくわかった。
「特に被害が大きかったのは神樹の木だった。幹に穴が空いてその力が暴走しちゃってね。そのおかげで、悪魔を撃退することはできたんだけど、森の九割が消失した。残りの一割も風前の灯火だった。何せ、神樹の木は力を出し尽くして今にも倒れようとしてたんだから。神樹がないと、この地で生き物が長期にわたって生きていくのは不可能だからね」
生命が芽吹かない死の大地。そんなことは犬人族のおばあちゃんも言ってたっけ。
「森を救う方法は一つしか無かった。誰かが神樹の木に身体を供物として捧げ、その命を利用して神樹の使い切った生命エネルギーを補填する。もちろん莫大な神樹のエネルギーすべてを補填するなんて到底無理な話だけど、神樹が倒れないようにするくらいなら可能性はあったんだ。種族的に高い魔力量を持つ高位森精族。その当時の長であり、一番強い私の命を使えばね。こうして、私はわらわになったのです」
神樹様は冗談っぽく微笑んで続ける。
「だからわらわは、神樹の木が精霊の形になって実体化したものって言うのが一番近いかな。どういうわけか、私の魂が残る結果になって、おかげで私は長生きしてるみたいになってるんだけどね。あ、長生きしてないや。十七だから。十七」
あわてて付け足す神樹様。
十七という数字にはかなりこだわりがあるらしい。
「つまり、わらわは結構すごい存在なのです」
えへん、と胸を張る。
「責任重大なんだよー? わらわが暴走しちゃうとこの森どころか、世界の三分の一くらいは壊滅させちゃうんじゃないかって言われてるんだから」
「せ、世界の三分の一……」
「とは言え、あらゆる呪いやスキルを無効化する絶対障壁があるから暴走することはないんだけどね。安心親切設計! ナギナギのごはん食べても怪我とか治らないからそれは残念なんだけど」
そうだった。それでマドレーヌの効果なかったんだっけ。
「それに、わらわも森のみんなが安全に暮らせるよういろいろがんばってきたからさ」
神樹様はしみしみと言った。
「まあ、そのお役目もあと少しで終わるんだけどね」
「え?」
それは一体どういう意味なんだろう?
しかし、私がその問いを口にすることは無かった。
シトラスさんが、ノックして私を呼んだのだ。
「お客様がお越しになったのですが、とシトラスはナギ様にお伝えします」
「お客さん? 私に?」
「とても急いでおられまして。ナギ様の顔を見るまで絶対に帰らないと」
一体誰だろう?
二人には自由にくつろいでと伝えて、私はお城の応接室へ向かった。
「ナギ……!! よかった、無事だったのね」
ナクアさんは私の顔を見て、ほっと息を吐いた。
「高位森精族と樹人族と黒妖精族と蛇王族がナギの国に攻め込んだって聞いて私様いてもたってもいられなくて。もし本当なら、いくらナギでも無事では済まないだろうし」
白い肌には汗のつぶが浮かんでいる。後ろで控える護衛の蜘蛛人族さんたちもそれは同じだった。話を聞いて急いで駆けつけてきてくれたらしい。
「でも、よかった。街にも被害はないみたいだし。やっぱりただの噂だったのね。ごめんなさい。私様も半信半疑だったんだけど、あまりにもみんなが騒ぐものだから」
「いや、ただの噂じゃ無く本当のことではあったんですけど」
「へ?」
豆鉄砲くらった鳩みたいな顔だった。
「またまたー。ナギは冗談が上手ね。だって戦争になってたらこんなに街中穏やかなわけないし」
「いえ、本当なんです。ただ、話し合いの結果戦争はなんとか回避できたみたいで。今、高位森精族の長の神樹様って方が上の客間にいるんですけど」
「……前々から思ってたけどナギは一体何者なの? どういうスキルがあったら、その絶望的な状況をここまで平和的に収められるの?」
「……私にもわからないです」
とは言え、あれはほとんど神樹様のおかげだったと思う。あそこでああいう風に動いてくれなかったらまず間違いなく戦争になってたし。
実際、ただごはんに惹かれただけって感じはしないんだよな。ごはんはただのきっかけと言うか。神樹様は戦いを止めるためにあんな行動を取ったんじゃないかという気がする。
軽いようでいろいろ考えてるの伝わってくるし。一体何をしようとしているのだろう。
わからないことばかりだったけど、今は私にできることをするしかない。すなわち、神樹様がびっくりするようなとびっきりおいしいごはんを作ること。
「そうだ、ナクアさん。折角なのでごはん食べて行きませんか? 今日すごく豪勢にするつもりなんで」
「ほんと!? いいの!?」
「もちろんです。今日はぱーっとやっちゃいましょう」
「やった! 私様他の魔族のパーティーにお呼ばれするの初めて!」
うれしそうに顔をほころばせるナクアさん。
これは、最高の料理をお見舞いしてあげなくちゃ。
さあやるぞ! っと私は袖をまくった。




