46 高位森精族(ハイエルフ)さんと魔性のベッド
「大変申し訳ないのですが、私たちをしばらく滞在させていただけないでしょうか」
高位森精族さんはとても申し訳なさそうに言った。
そりゃそうだと思う。
だって今にも戦争始めようとしてたもん、さっきまで。
「気にしないでください。この滞在を通して危ない魔族じゃ無いことをわかってもらえたら、私たちにとってもプラスになりますし」
「すみません。ありがとうございます」
頭を下げる高位森精族さん。
「くっだらない。帰るわ」
言ったのは、黒妖精族の女王だった。
「あたしは仲良しこよしやりたくてきたわけじゃないの。そういうの好きならそっちで好きなだけやってれば」
「あ、メーベル」
つまらなそうに手を振るその背中を、神樹様が呼び止める。
「同盟の件は、賛成してもらえないかな。お願い」
「ちっ」
メーベルと呼ばれた黒妖精族の女王はわずらわしそうに舌打ちする。
「わかってるわよ。あんたの最期の頼みだから。それくらいは聞いてあげる」
「ありがと。メーベルには本当に感謝してる」
「あっそ」
それから、褐色の妖艶な女王様は、真剣な声で言った。
「簡単に死んだら、絶対に許さないから」
「心配してくれるんだ」
「まさか。死んだらあたしが殺せないでしょ。それだけよ」
紫の唇で吐き捨てるように言った。
その隣で、蛇王族の王が言う。
「闘争が無いならここにいる理由は無い。帰還する」
「うん、協力してくれてありがとう。同盟の件もよろしくね」
「了承している」
黒妖精族さんたちと蛇王族さんたちが森の奥へと帰って行く。
「儂らは滞在しても構いませんかな? この地の王よ」
樹人族の王様が私に言った。
「もちろんです。ゲスト用の部屋も用意してありますから」
大きなお客さん用の部屋も用意しててよかったと思った。いきなりこんなに大きな魔族さんを泊めるとは夢にも思ってなかったけど。
こうして、私は高位森精族さんと樹人族さんに国を案内することになったのだけど、その道中は驚きの連続だった。
「すごい……このような美しい街初めて見ました……」
高位森精族さんたちは、広がる街並みに瞳を揺らした。
色鮮やかなテラコッタの瓦が並ぶ背の高い屋根。お洒落で上品な木組みの家が並んでいる。煉瓦造りの道にはとんがり帽子の街灯が立ち並び、花壇には季節の花が咲き誇っていた。
「噂に聞く鍛冶人族の技術ですな。まさかここまでとは。いやはや、恐れ入りました」
樹人族の王様は興味深げに目を開き、ひげを触る。
「すごいすごい! わらわ感動しちゃった! あの大きいのは何?」
「あれは時計塔ですね。街の中心にあるんですけど」
「見に行って良い? 近くで見てみたい!」
「もちろんです」
神樹様は目に映る全てが新鮮みたいだった。子供のようにはしゃぎ、純白のドレスを揺らして駆け回る。
元気だ。
若いなぁ、と大学の四年生が一年生を見て思う的な感想を抱く。
そう言えば、神樹様っていくつなんだろう?
「神樹様っていくつなんですか?」
「わらわ? 十七だけど」
「え? そんなに若いんですか?」
エルフって寿命が長い種族のイメージなのに。
その若さで長になるってことはそれだけすごい人ってことなんだろうか。
感心する私の視線の先で、付き人の高位森精族さんが耳打ちした。
「神樹様。嘘は良くないのでは」
「嘘じゃないから。わらわ十七だから」
「しかし、現在の神樹様が生まれたのは約九千年前と記録が」
「わらわは永遠に十七なの! 八千九百九十二年くらいおまけはあるけど、そんなのは些細なことだし」
「…………」
全然些細じゃ無いと思う。
まあ、年齢は女子的にデリケートなとこだからなぁ。
続いて案内したのは牧場だった。神樹様は草を食む動物たちをいたく気に入られ、その姿は瞬く間に獣たちに埋もれて見えなくなった。
「離れなさい無法者! 神聖な神樹様に汚れた身体で触れるなど許されることでは」
「まあまあ、いいからいいから。かわいいねー。よしよし」
あとで教えてもらったのだけど、これは神樹様が周囲に振りまく生命エネルギーの効果らしい。一本で森を成した『神樹』の力は、それと一体化した彼女にも付与されていて、周囲の生き物を活性化させ元気にする効果があるのだとか。
本能的にそれに吸い寄せられ、神樹様の周りは動物でいっぱいになる。森の傍では、肩に鳥や蝶が代わる代わるとまって羽を休めていた。
死の荒野を森に変えた神樹の力は、大農場でも存分に発揮された。植物たちはみるみる大きくなりふくよかな実をつけて頭を垂れた。
「こんなに急速に成長するなんて……」
農業のプロフェッショナルと化したソラちゃんもすごく驚いてたし。
そう言えば、近くで案内してるだけの私もなんだか身体が軽くなった気がする。
いてくれるだけで周囲を元気にしてくれるなんて。さすが神様と感心せざるを得ない。
「本当に良いところだね。動物も植物もとっても活き活きとしてた」
「ありがとうございます」
褒めてもらえるのは正直すごくうれしい。みんなで協力して作った私たちの国。本当に良いところになったと思う。全部みんなのおかげだ。
続いては温泉に案内した。
神樹様は温かい湯船にうっとりと目を細め、「幸せってこんなところにあったんだねぇ」としみじみ言った。
「とても心地よい。これは、すごく良いものですね。驚きました」
付き人の高位森精族さんは言う。
「気に入ってもらえました?」
「はい。すごく」
生真面目にうなずく高位森精族さん。
「エルちゃんもこの街が気に入ってきたみたいだねぇ」
神樹様はにっと目を細める。
「そうですね。とても良いところだと思います」
その言葉に、私の胸はぽかぽかとあたたかくなった。
次はどこを案内しようかな? 夕暮れの空を見ながら考える。
「あとは、お城ですかね。今日はその客間に泊まってもらおうと思うんですけど」
「お城に泊まれるの!?」
いろいろ案内した中で神樹様が一番喜んだのがこのお城だった。御伽話からそのまま出てきたみたいなお城に、神樹様は翡翠色の瞳をきらきらと輝かせた。
赤い絨毯の上で軽やかにステップを踏み、優美な水晶のシャンデリアを陶然と見つめ、客間のベッドにダイブして身体をばたばたさせた。
「神樹様、さすがにはしたないのでは」
「だってエルちゃん! これやばいよ! 罪深い気持ちよさだよ!」
「罪深いのであれば触れるべきではないと思いますが」
「バレなきゃいいんだって。ほら、エルちゃんもダイブしてみ?」
「私は神樹様の巫女です。立場と責任上そのような行為は……」
「いいのいいの。このわらわ、神樹様ちゃんが汝を許します。ほら、おいで」
「あ……これすごい」
エルちゃんさんはベッドに横になってうっとりしていた。プールで浮いている時みたいに体中の力を抜いてぐでーとしている二人は、とても聖域から来た神樹様とそのお付きの人とは思えない感じだった。
「もう動けない。わらわここに住むー。永住するー」
「そうですね。それが良いと思います」
「いや、エルちゃん? そこはツッコんでくれないとわらわ困っちゃうんだけど。ほら、立場的にも否定した方が」
「気持ちよすぎて私もう何も考えられません」
「え、エルちゃんが壊れた……」
私は窓辺の椅子に腰掛けて、二人が満足するのを待った。
太陽の最後の光が山陰から顔を覗かせていた。




