44 訪問者その3
『神樹の森』三強と呼ばれる三種族。
黒妖精族、蛇王族、樹人族。
そして、そのさらに上に立つ高位森精族と対界級の力を持つ神樹様。
彼らにどう対応していくべきか。
私は、大臣を招集して会議を開いた。
「そういうわけで、みんなの意見を聞きたいんだけど」
「任せよ! 我輩が全員ぶっ飛ばそう!」
「ごめん、今回も戦いはなるべく避ける方向で」
「……そうだった。わがはいたたかえぬのだったな」
ジルベリアさんは、力無い声で言った。
悪いなぁとは思うけど、こればかりは仕方ない。
他のみんなの安全も私にとっては大事なことだから。
「まず、接触すべきは樹人族じゃないかな」
言ったのはレイレオさんだった。
「温厚な種族だという話だし、高位森精族との繋がりもあると聞くから。彼らを通して危険じゃないことをわかってもらうのが基本線だと思う」
「私も同意見です」
犬人族のおばあちゃんがうなずく。
「他の二種族は、他の種族と関わらないと聞きますし。それに、狡猾で暴力的という噂も聞きますので」
その言葉に、うなずく魔族さんたち。
「そうなの?」
小声で傍に控えるシトラスさんに確認する。
「そういった話を耳にしたことはあります、とシトラスはナギ様の問いに答えます」
森の魔族さんたちの共通見解らしかった。
そうなると、たしかに接触すべきは樹人族さんしかないかな。
「あの、一つよろしいでしょうか」
手を上げたのは大鬼族のお姫様だった。
「うん、どうぞ」
「黒妖精族と蛇王族はたしかに、狡猾で暴力的と言われています。しかし、本当にそうなのでしょうか。実際に会って確かめた者がどの程度いるのか私は疑問です」
「そんなに他の魔族と関わり薄いの?」
「第四森域の魔族には、皆近づこうとしませんから。もちろん、それだけ強いということでもあるのですが」
そっか。『神樹の森』の年輪みたいな階層構造は、上位の魔族と下位の魔族を隔てることにもなってるんだ。
「大鬼族さんたちは、それで怖がられて困ってたんだよね」
「はい……なので、黒妖精族や蛇王族も他人事だとは思えなくて」
その通りだと思った。会わずにイメージで判断するっていうのは危険かも。
やっぱり自分の目でちゃんと確認しなくちゃ。
「そうだね。そことも直接接触してみることにしよう。あと、高位森精族さんは後の方がいいんですかね?」
戦力的には最も危険な相手なわけで。
最優先で接触すべき事柄の気もするのだけど。
「早く対応した方がいいのはその通りだよ。ただ、高位森精族は聖域に他の魔族が近づくのを嫌がる。下手に刺激すればそれこそ、眠れる獅子を起こすことになりかねない」
レイレオさんが言った。
「なるほど、そういうことなんですね」
「うん。だからまずは樹人族を通して、こちらへの警戒度を下げていくのが得策じゃないかな」
「納得しました」
現状におけるこの国にとって最も脅威になり得る存在、高位森精族とその長、神樹様。
ジルベリアさんたちでさえ一度負け、大きくなったこの国も一瞬で消し飛ばしてしまえる力を持つ、対界級の化物。以前暴走してこの森の九割を粉微塵にした、みたいな話もあったっけ。
絶対に敵対しないようにしなくちゃ。
「それじゃ、まずは樹人族さんから。黒妖精族さん、蛇王族さんという順番に接触していくってことでいいかな」
「はい、それで良いと思います」
お姫様がうなずく。
みんなもこの方針で納得してくれたらしい。
「タ、大変デス! ナギ様!」
騎士隊に加入した大鬼族さんが駆け込んできたのはそのときだった。
汗だくで息を切らせ、脚をもつれさせながら部屋に入ってくる。
「どうしたの?」
「高位森精族ガ! 樹人族と黒妖精族と蛇王族ト共ニコノ国ニ攻メテキマシタ!」
「…………へ?」
会議室はパニックになった。
絶対に起きてはならない最も恐れるべき事態。
って、嘘!? 全員攻めてくるとかそんなことある!?
うろたえ、慌てふためく私たち。そこに響いたのはジルベリアさんの声だった。
「落ち着け。起きたことは仕方あるまい。我輩たちにできることは最善の対応をし続けることだけだ」
低く威厳のある声は、張り上げてないのに不思議なくらい力強く私の耳に届く。
「安心せよ。主らには我輩がついている」
「ありがと、その通りだね」
おかげで私も冷静になることができた。もっとも、私の場合は神樹様がどれくらいすごいのか、実際に知らないからなのかもしれないけど。
「とにかく、接触してみよう。何か誤解があるのかもしれないし。話し合いで解決できれば一番良いから」
「ナギ様が直接行かれるのですか!?」
声をあげたのは、大鬼族のお姫様だった。
「うん、そのつもりだけど」
「いけません。危険すぎます」
「だからこそ、私が行かないと。大丈夫、私には最強の味方が付いてるから」
ね、と目配せする。
「無論だ」
ジルベリアさんは真剣な顔でうなずいた。
私たちは、急いで高位森精族が隊列を組んでいるという国の境界近くへと向かう。
既に騎士隊の緋龍族さんたちと大鬼族さんたちは、国を守るように布陣している。
そしてその先、森の中から魔族さんたちの大軍が顔を覗かせていた。
大木の身体を持つ巨人が樹人族。根のような形の長い髭と皺は、森の賢者のような知的な雰囲気がある。
蛇の下半身と六本の腕を持つ戦士が蛇王族。鍛え上げられたその身体は鋼のようで、見ているだけでその風格に圧倒される。
木の葉のような耳と銀の髪、褐色の肌の女が黒妖精族。妖艶で豊満な胸部装甲は私のそれよりはるかに大きい。おかしい。こんな不平等が許されて良いのだろうか。断固として抗議する所存である。
そして、彼らを率いるようにその背後に陣を組むのが高位森精族だった。
まずその際だった外見に圧倒される。神々の世界からそのまま降りてきたみたいに、その一人一人が神々しくさえ感じるくらいに美しい。金糸のような髪、白磁のような肌、翡翠色の瞳。
黄金色の弓や剣を携えたその姿には思わず息を呑んでしまうくらい風格がある。
「こんなにたくさん。いつ現れたの?」
「ソレガ、突然何ノ前触レモ無ク目ノ前ニ。魔術ラシキ光ハ確認デキタノデスガ」
「おそらく、転移魔法だと思われます」
リーシャさんが言う。
「しかし、これだけの大軍を一瞬で転移させる魔力量というのは……いくらなんでも規格外過ぎますね」
頬を引き攣らせるリーシャさん。
これが『神樹』の力ってことか。
「状況はどう?」
「先ホド、樹人族ノ小隊ガ伝令ニ来タトコロデス。話シ合イガシタイノデコノ国ノ王ヲ呼ベトノコトデシタ」
私を呼んでる、か。
話し合いなら望むところだ。
どういう目的かはわからないけど、なんとか平和的にことを収めないと。
「私が行くから、リーシャさんはみんなにこちらから手を出さないよう徹底させて」
「しかし、ナギ様が直接というのはいくらなんでも危険すぎます」
「ジルベリアさんがいるし、大丈夫。いざとなったら全力で逃げ帰るからさ」
「……必ずですよ。必ず生きて帰ってくださいね」
感情を抑え込み、真剣な声で言うリーシャさん。
「うん、任せて」
私はジルベリアさんと二人で大軍の中心に向かった。
「ジルベリアさん、力はできるだけ隠して。お願い」
「心得た」
「交渉は私がするから、周囲の警戒をお願いね」
「任せよ」
二メートル近い身長の蛇王族に、大木のような樹人族の巨人。いずれも、私が何千人いても敵わない強者たち。
無数の視線がすべて私たちに注がれる。落ち着かない。
「貴様がこの国の王か」
一人の蛇王族が私たちの前に歩み出る。
六本の腕には三本の長槍が握られていた。蛇の下半身がとぐろを巻いている。
「うん、私たち二人がそう」
「……二人?」
蛇王族の戦士は怪訝そうに私たちを見比べる。
「そう、二人」
「まあ、良い。着いてこい」
案内されてさらに奥の本陣へと進む。そこにいたのは、『神樹の森』の頂点に位置する魔族さんたち。
黄金の装身具に身を包んだ蛇王族の王は六本の腕を組み、感情の無い目で私を見下ろしていた。周囲を取り囲む屈強な戦士達よりもさらに高位の存在であることは感覚的にわかった。
あぐらをかいて腰を下ろす樹人族の王は、まるで大樹のようだった。身体は太く、座っているのに頭と背中の枝葉は空を覆うほどに大きい。周りに座る樹人族たちの姿はもはや森そのもののようだった。
足を組んで、退屈そうに腰掛ける黒妖精族の女王は、何と言ってもその胸部装甲。ほんと不公平だ。責任者出てこい。私その服着たら胸のところすっかすかだよ、すとーんってなるよ。
そして、高位森精族の長――神樹様は、思わず言葉を失うほど美しかった。美形揃いの高位森精族の中でもさらに格が違う。生き物としての次元が違うというか、同じ場所に立つ存在とは思えない神聖な雰囲気がそこにあった。
簡素な作りの純白のドレス、黄金の髪には月桂樹を編んで作った冠。まるで絵画の神話世界からそのまま飛びだしてきたみたいだった。
「貴方が王と。そう言うわけですか」
付き人らしい高位森精族が、鋭い目で私を見つめて言う。
話し合いが始まる。




