43 ナクアさん、びっくりする
ナクアさんは私の言葉を全然信じてはくれなかった。
私のことを『この子恐怖でおかしくなっちゃったんじゃないかしら』という顔で見つめ、『この子は私様が守らなきゃ。だって、初めて友達になってくれた魔族なんだから』と悲壮な覚悟を固めていた。
「大丈夫、安心して。私様誰にも負けないんだから。大鬼族も鍛冶人族も相手じゃないわ」
そうにっこり微笑んで言った。
良い子だ。
しかし、いつまでも誤解させたままでいるわけにはいかない。
私はナクアさんを懇切丁寧に説得した。やっぱり全然信じてもらえなかったので、騎士隊さんたちとリーシャさんを呼んできてもらった。強い護衛がいれば、少しは安心してもらえるだろう。
「ご安心ください。ナクア様は、私がこの身に変えてもお守りいたします。ナギ様のお客様は私にとっても大切なお方ですから」
「あ、ありがと……」
張り切るリーシャさんに、ナクアさんは戸惑っていた。
「嘘……こんなでたらめな魔力量、ありえない……」
呆然と呟く。そういえば、ナクアさんが城塞都市への道中で会ったときのリーシャさんはこんなに強そうなオーラ出してなかったっけ。
あのときは、なるべく力を隠してってお願いしてたからなぁ。
リーシャさんと騎士隊さんたちに守られて、私たちは街の方へと進む。
見張り小屋の脇を抜けて、見えてきた街の姿に、ナクアさんは藤色の瞳を見開いた。
「こ、これが鍛冶人族の作る街……」
建築の文化が進んでいない魔族さんにとっては本当に衝撃的な光景なのだろう。そう言えば、犬人族さんたちも最初に見たときは大分びっくりしてたっけ。
「あれが広場の噴水で、あそこに見えるのが中心部にある時計塔です。向こうで建設中なのは紡績工場で」
「あんなに綺麗で立派な建物がこの世にあるなんて……」
魅入られたみたいに街並みを見つめるナクアさん。
「お疲れ様です、ナギ様」
「あ、お疲れ様」
仕事中の鍛冶人族さんに会釈されて、私は言葉を返す。
「ほ、本当に鍛冶人族たちを従えてるなんて……」
ナクアさんは声を上ずらせて言った。
「従えてるというよりは仲間になってもらってるって感じですけどね。一応便宜上私が一番上ってことになってますけど、上から命令とかすることとかありませんし」
みんな、自分で考えていろいろ進めてくれてるからなぁ。私は何も言う必要ないんだよね。頼りになる魔族さんたちだ。
路地から一人の大鬼族さんが姿を現したのはそのときだった。
「ひっ、お、大鬼族」
ナクアさんが怯えた声で言う。
「あ、安心して。ナギは私が守るから」
一瞬後ろへ下がろうとしてから、ふるえる足で私の前に立つ。
通りがかった大鬼族さんは私たちに目を留めると、丁寧な所作で一礼して言った。
「怖ガラセテシマイ、申シ訳アリマセン。ソノ方ハナギ様ノオ客人デショウカ」
「うん、友達。ナクアさんって言うんだ」
「失礼イタシマシタ。ドウカ、私共ノコトハ忘レテ街ヲ楽シンデ頂ケルト幸イデス」
大鬼族さんはそう言ってもう一度頭を下げる。
紳士的な大鬼族さんだった。
「うん、こっちは大丈夫だから。大鬼族さんも気にしなくていいからね。何も悪いことしてないんだから」
「アリガトウゴザイマス、ナギ様」
大鬼族さんの背中を見送っていると、隣でナクアさんが言った。
「ごめんなさい。私様、つい怖くなっちゃって」
「気にしないでください。初対面なんだし仕方ないです。大鬼族さん見た目は大分怖いですし」
「いえ、よくないことだったわ。見た目で誤解されて怖がられるつらさは私様もわかってるはずなのに」
そう言えば、この子も周囲に怖がられることを気にしてたんだっけ。
「でも、本当にナギは大鬼族まで従えてるのね」
「仲間になってもらってる感じだけどね」
「強そうに見えないのにすごい。はっ、もしかして一見弱そうに見えるのは自分の力を隠してるということなのかしら」
「その通りです。ナギ様は素晴らしいお力を持っておられますから」
リーシャさんが満足げな顔で言う。
うん、それおいしいごはん作れる能力のことだよね。
たしかにリーシャさんにとっては素晴らしい能力かも知れないけどさ。
「そんなすごい魔族なのに、私様と友達になっていいの?」
ナクアさんはおずおずと私に言う。
そんなこと気にしなくていいのに。
「もちろんです。私、ナクアさんのこと好きなので」
「す、好き……」
ナクアさんはしばらくの間呆然としてから、
「ありがと! そんな風に言われるの初めて!」
駆け寄ってきて私の手を握る。
「私様もナギのこと好きよ! 困ったことあったら何でも言ってね! 何してるときでもすぐ駆けつけるから!」
やっぱり良い子だった。
「はい、ナクアさんも何でも言ってください。駆けつけますから。良かったら、この国に移り住んでほしいくらいなんですけど」
「私様がこの国に……」
ナクアさんは少しの間考えてから言った。
「ありがとう。誘ってくれてすごくうれしい。でも、やめておくわ。私様には仕えてくれる仲間とご先祖様からもらった土地があるから」
それからにっと目を細める。
「その代わり、お祝い事の時は絶対呼びなさいよね! 配下の者と総出でお祝いに駆けつけるから」
「はい、ありがとうございます」
こうして、国の外にも素敵な仲間ができたのでした。
別れ際に、ナクアさんは『神樹の森』の情勢について教えてくれた。
「道中で調べたところ現状、ナギの国に対する見方は大きく分けて二つね。一つは、とてもやさしく平和的な魔族の国。近隣の盗賊を倒してくれたとか、病の仲間を助けてくれたなんて話もよく聞くわ。感謝してもしきれない、と恩を感じている声もすごく多い。というか近くに住む魔族はみんなそう言ってるわね」
「そんな風に言ってくれてるんですか」
仲良くなりたいと思って挨拶回りしていたけれど、そこまで言ってもらえるなんて。がんばって回ってお土産渡したりごはん作ってきてよかったな、と思う。
「もう一つは、非常に狡猾で危険な魔族の国。鍛冶人族と大鬼族を配下にし、さらに近くの魔族の評判も良い。できすぎてる。そう思うのも、自然な感想だと思うわ。森の魔族は互いに勢力争いを続けているから、どうしても怪しく見えてしまうものなの。私様も正直こちらの方が有力だと思ってた。ごめんなさい」
「いえ、正直に言ってくれてむしろありがたいです」
多分私たちはうまくやりすぎてしまってるんだと思う。
急速な発展と勢力の拡大は、必然的に警戒心を煽ることになる。特に、直接関わりの無い遠くの魔族であれば尚更不気味なものとして映ることだろう。
「『神樹の森』三強と言われる、黒妖精族、蛇王族、樹人族。この辺りの動向は警戒しておいて損はないわ。それから、聖域の高位森精族だけは絶対に敵に回しちゃダメ。いくら大鬼族と鍛冶人族が手を組んでると言ってもとても歯が立たない」
「それ、レイレオさんも言ってました」
「さすが彼の高名な天才ね。良い見立てをしてる」
ナクアさんは感心した様子で言う。
「良い? 何があっても絶対に神樹だけは敵に回しちゃダメよ。あれはもう一魔族が持っていい力の域を超えている。その気になれば、ナギの国もすべて一瞬で消し飛ばしてしまえる化物だから」
「そ、そんなに強いんですか?」
ここまで大きくなってきたこの国を一瞬で消し飛ばしてしまえるなんて。
高位森精族の長と言ったって、いくらなんでもでたらめすぎる。
「信じられないかもしれないけど本当よ。神樹の木と一体化することで、それだけの力を手に入れてる。一人で世界さえ揺るがしてしまえる対界級の化物、それが神樹と呼ばれる高位森精族。幾多の新興勢力がその怒りを買って粉微塵にされてきたの。それがこの森の歴史」
ナクアさんは不安げに私を見つめて続けた。
「ナギの国がそうならないことを心から願ってるわ。良い? 何かあったらすぐ私様に言うのよ。戦おうなんて絶対に考えちゃダメ」
「わかりました。そうします」
「そう、最悪逃げればいいの。森の外にだって世界は広がってる。そのときは私様も協力するし、着いていくから」
「でも、先祖代々の土地なんじゃ」
「友達の一大事だもの。そこで立ち上がらない方が、私様ご先祖様に顔向けできないわ」
にっと笑ってナクアさんは言った。
「それじゃ、お祝い事のときは絶対呼びなさいよ。いいわね」
ナクアさんの姿が見えなくなるまで手を振りながら、私は好いてくれてるみんなのためにも国を守っていかなくちゃ、と思った。




