42 訪問者その2
お城も完成し、私たちの街はさらに発展を続けていた。
レイレオさんの提案で今は紡績工場の製作が進められている。鍛冶人族さんの持つ技術を総動員して作る大工場だ。
世界史で言うと、工場制機械工業というやつ。十八世紀半ば、イギリスの産業革命の中心となった革新的な手法になる。
私たちもうこんなところまで来たのか、と驚かずにはいられない。ついこの前まで、大分原始的な生活してたはずだったんだけどな。
とは言え、産業と技術の発展がそのまま住む人の幸せに直結するとは限らない。
産業革命時のイギリスは劣悪な労働環境で、貧しい少年たちが身体を壊すまで働かされてたんだよね。大学時代、ディケンズを読んでからその辺りのことを調べたことがあるけど、かなり胸が痛くなる感じだったっけ。
私はそんな悲劇を生まないよう、ワークライフバランスをしっかり考えて国を運営していかないと。
完全週休二日、残業無し、年間三十日の有給休暇を遠慮せず使えるようにっていうのは最低限。絶対遵守だ。
あとは無料で入れる温泉と、私が作るごはんが福利厚生。体調を崩してもすぐ治して健康に過ごせるし、そうでなくてもなるべく多くの人に食べてもらえるよう毎日がんばって作っている。
最近は人数が増えて、正直かなり大変なのだけど。
それでも、私がみんなに返せるものってこれくらいしかないからさ。
街の中で使える貨幣制度も整備されて、経済活動も生まれた。市場が毎朝開かれ、たくさんの魔族さんたちで賑わっている。
発展しているのは街だけでは無い。
みずみずしい青葉が整然と広がる大農場では、魔族さんたちがいきいきと働いている。大人しい魔獣さんたちが暮らす大牧場では、新鮮なミルクや羊毛、そしてお肉が私たちの生活を豊かなものにしてくれている。
農場と牧場の拡大によって、今では狩りをせずとも十分な量の食料を確保できるまでになっていた。
「順調だね。順調すぎるくらい順調」
どんどん発展していく私の小さな国。
突然の来訪者が現れたのはそんなある日だった。
「ナギ様に会いたいという魔族が街の外に」
「私に?」
ジルベリアさんに不在の間の仕事をお願いして、私は街の外に向かう。
騎士隊のドラゴンさんに先導されてたどり着いたその場所にいたのは、蜘蛛の魔族さんたちだった。
「ひ、久しぶりね」
先頭にいるナクアさんが気恥ずかしそうに、頬をかく。
城塞都市への道中で、ノエルちゃんのことを教えてくれた蜘蛛人族の女王様だ。
「お知り合いですか?」
騎士隊のドラゴンさんの言葉に、
「うん、友達」
と答える。
「と、友達……」
ナクアさんは顔を赤くして噛みしめるように言った。
この子やっぱりかわいいなおい。
ツンツンした感じの外見が私の好みに思い切り突き刺さっているナクアさんである。
「お久しぶりですね。元気にしてました?」
「ええ、元気よ。そっちも元気そうでよかったわ」
当たり障りの無い世間話が続きそうな流れの中で、不意にナクアさんの表情が変わった。
「って、こんなこと話してる場合じゃ無いの! 時間が無いのよ、時間が!」
ひどくあわてた様子で言う。
背中から覗く蜘蛛の脚があわあわと中空で揺れていた。
「時間が無い?」
「早く! 一刻も早くここを逃げないといけないの! じゃないと、大変なことになる!」
こっちよ、と私の手を掴もうとして、寸前で躊躇する。
「その……手握ってもいいかしら? 嫌じゃない?」
そう言えば、怖がられてばかりみたいなこと言ってたっけ。
多分こういうの慣れてないんだろう。
もちろんです、と手をつかむと、一瞬びっくりしてからやさしく握り返してくる。
いいなぁ、大丈夫だよってよしよししたいなぁ。
って、そんな場合じゃ無かった。
「逃げないといけないってどうして?」
「話は後、まずは走って! 事情は走りながら説明するから」
「わ、わかりました」
手を引かれて走りながら話を聞く。
一体何事だろう?
警護してくれてるリーシャさんたちからは特に報告無いし多分大丈夫だとは思うんだけど。
「ねえ、もっと本気で走って。じゃないと、敵が」
「いや、これ本気で走ってるんですけど」
「え?」
びっくりされてしまった。
「……ごめん、ほんと基礎スペック低いんです、私。ついでに言うと、もう大分心臓痛くて」
三十メートルは私にとっては長距離である。
「わかった。私様がおぶるわ」
「かたじけない」
「いいから。その……友達だし」
照れくさいらしく前を見たまま言う。
「ありがとう。それで、敵って?」
背中におぶられたまま、私はナクアさんの言葉を待つ。
もし本当に脅威が迫っているのなら、私は国の長としてそれをみんなに知らせないと。
「この辺りにとんでもなく強い魔族が現れたのよ。私たちなんかじゃ到底太刀打ちできない、異常な力を持った魔族が」
「そんなに強い魔族がどうしてこの辺りに?」
たしか緋龍族さんの影響で、この辺りは魔族があまり住んでないって話だったはずだけど。
「わからないわ。もしかすると、竜の山の緋龍族も従えようとしているのかも。さすがに伝説の竜種相手にそんなことできるとはとても思えないけど、でもやつらならそれも無いとは言い切れない」
相当強いらしい。
これは、この地域から撤退することも視野に入れないといけないかも。
国を守るのも大事だけど、みんなの命の方が大事だし。
でも、一体何者なんだろう、その魔族。
「しかも、強いだけじゃないの。森のはずれにある荒れ地で鍛冶人族と大鬼族を働かせて街を作ってるんだって。信じられる? あの聖王国の十字軍を撃退した鍛冶人族と、『神樹の森』でもトップクラスの力を持つ大鬼族を従えて働かせるなんて。一体どれだけの力があればそんなこと……」
「ん? ちょっと待って」
今ちょっとスルーできない言葉が聞こえた気がする。
「何かしら」
「その魔族、鍛冶人族さんと大鬼族さんと街作ってるんですか?」
「ええ、近衛隊の隊長が見たんだって。自分の目で見たわけじゃ無いから、私様も正直そんなことあるわけないって気持ちの方が強いんだけど」
ナクアさんはこめかみを背中の蜘蛛の脚でおさえながら言う。
「でも、もし本当だったらとんでもないことよ。こんなでたらめな勢力、もう『神樹の森』では最上位に匹敵すると言っても過言じゃ無い。さすがに聖域で暮らす高位森精族には及ばないと思うけど。でも、そういう連中なのよ、ここにいるのは」
「…………」
なんだかとんでもないことになっているみたいだった。
たしかに、言われてみるとあの大鬼族さんと鍛冶人族さんを仲間にしちゃってるわけでそういうことになってくるのかもしれないけど。
あと、実は緋龍族さんも仲間にしてたりするし。それこそ大事になりそうだから絶対言えないんだけどさ。
ともかく、今はこの子の誤解を解かないといけない。
「……ごめんなさい、多分それ私です」
「ん? どういうこと?」
多分聞き間違いか何かだなって感じで聞き返してくるナクアさんに私は言う。
「私、鍛冶人族さんと大鬼族さんと街作ってて」
「…………」
長い沈黙だった。
聞こえた言葉を確認するみたいに、しばし前を向いて考え込んで、それから言った。
「………………………………………………………………え?」




