40 ナギ・ジルベリア王国のある一日
お城ができた翌日、私はこの国をより良くするためのヒントを探すべく、こっそり街を回ってみることにした。
一応王様な私をみんなすごく慕っててくれるから、逆に普段の様子が見えづらかったりするんだよね。
社長が自分の会社のバイトとして一日働く的な感じで、みんなの生活ぶりをこっそり見て回ろうという作戦なのだった。
というわけで、まずはシトラスさん率いる緋龍族のメイドさんたち。居間、客間、玄関、廊下、と協力してお城の掃除に励んでくれていた。窓を拭き、水晶のシャンデリアを磨き、リネンと衣類の洗濯をする。
お城に移り住んだ結果、仕事は多くなったはずなのだけど、みんなむしろそれを好ましく思っているみたいだった。お城での仕事はメイド冥利に尽きるということか。あるいは、単純に思う存分働けるのがうれしいのかもしれない。
「今、シトラス様は執務室で帳簿を付けておられます。わからないことがあればこのライムに、ライムに聞くのですよ、とライムは大きな声でみんなにアピールします」
なるほど、この時間シトラスさんは財務大臣の仕事をしてくれてるのか。
副メイド長のライムさんが代わりに指揮を執っている様子。
「ライム様!」「ライム様!」と頼られてライムさんはうれしそうだった。
メイドさんたちの日常って感じでなんだか新鮮。
こうやってみんなが働いてくれるから、私は快適に過ごすことができるんだなぁと思う。もっと感謝しなくちゃ。
続いては、リーシャさん率いる騎士隊さん。
大鬼族さんと鍛冶人族さんも加わって、国の警護の仕事をがんばってくれていた。
兵舎では新しく加わった新人の訓練が行われている。
「あたしが訓練教官のウィルベル副騎士長っす! いいすか! 一人前の騎士になるまでお前たちは何の価値もないウジ虫かって言うとそんなことはないっす! みんな将来有望な騎士の卵たちっすからね! 金の卵っす!」
教育係を任されているのは副騎士長さんらしい。
「でも、だからこそあたしは諸君を厳しく鍛えるっす! 諸君は厳しいあたしを嫌うかもしれないすね。しかし、憎めばそれだけ学ぶかと言うとそんなこともないっす! 無理はしない程度にがんばるって言うのがナギ様の方針っすから! よって、厳しめだけど無理はしてない程度のほどよい感じをこの教習では目指していくっす! いいすか! 無理だと思ったらすぐにあたしに言うんすよ! 無理は絶対ダメっす!」
一見厳しそうでその実かなり優しそうな訓示だった。
ちゃんと私の方針は伝わっているらしい。
防衛大臣になったリーシャさんは執務室で大きくなった国の警護体制について考えてくれている様子。鍛冶人族さんたちによって新しい武器も作られていた。
安心して暮らせる生活を守るためみんながんばってくれているみたいだ。
続いて訪れたのは犬人族さんが運営する大農場。
「次期の収穫は今期以上を目指しましょう! でも、あくまで目標というだけですから、ノルマというわけではありません。それより、失敗してもいいので伸び伸び取り組んでほしいです」
今はミーティングの途中らしい。ソラちゃんが犬人族さんたちに話している。
「試したいことやより良くする提案があれば検討するので、どんな些細なことでも言ってきてください。採用された人には、『ナギ様のお料理優先食べられる券』を贈呈します」
立派にやってくれてるなぁ、と素直に感心した。
隣のおばあちゃんも安心して見守ってるし。
あの気弱なソラちゃんがあんな風に話せるようになるなんて。
立場が人を育てるってこういうことなんだ、と思った。
ミーティングが終わって犬人族さんたちが畑での仕事に戻る。水をやり、間引きをし、肥料を与え、土寄せをする。共同作業が得意な犬人族さんたちは、真面目に日々の仕事に励んでくれているみたいだった。
そんな犬人族さんたちをほっとした様子で見つめてから、ソラちゃんは品種改良用のスペースへ向かう。
「うーん。やっぱりいまいちかなぁ。もっと良いものができると思うんだけど」
新しくできた野菜に首をひねるソラちゃん。
私も鑑定スキルで確認することにした。
名称:銀蜜芋
希少度:A
安全度:A
食材等級:B
寸評:蜂蜜のように濃厚な甘みが特徴。収穫後一ヶ月寝かせることでさらに糖度が上がる。摂取すると、魔力量と対魔術抵抗が七パーセント上昇する。
この子は一体どれだけ高みを目指してるんだろう。
もしかしてわたしはとんでもない化物を世に生み出してしまったのでは……。
そんなことを思った大農場だった。
続いて訪れたのは、鍛冶人族さんと大鬼族さんが作業する工事現場。現在は、私が料理を振る舞う大食堂の増築とリフォームが行われている。
「この部分の処理はどうなさるのですか?」
大鬼族さんの作業を指揮するお姫様が振り向いて言う。
「そこは、あとで大理石をはめる予定だからそのままです。寸法だけ平面図にしっかり合わせておいてください」
じいじ2号ことセードルフさんが答える。今はレイレオさんの代わりに現場監督を務めているらしい。
「ナア、コノ柱ノ加工少シ足リナクハナイカ?」
巨大な柱を手に首をかしげる大鬼族さんに、
「ん? あ、ほんとだな。直すからちょっと待っててくれ」
白い髭をたくわえた鍛冶人族さんが大工道具を手に接合部の加工を修正する。
「しかしやるな兄ちゃん。このミスうちの新人じゃなかなか気づけねえのに」
「毎日見テイル内ニ少シハワカッテキタカモシレナイ。トハイエ、ミナサンニハマッタク敵ワナイガ」
「いや、良い目してるよ。良かったら俺らの仕事やってみねえか?」
「私ガ? 良イノカ?」
「筋が良い若いのは大歓迎さ。力が強く働き者とくれば尚更な。もちろん、現場に出るまである程度修行はしてもらうことになるが」
「是非ヤラセテクレ。私モミナサンノ技術ニトテモ興味ガアル」
作業している内に互いに対する理解度も上がっていっているらしい。
その反対側で話すのは別の大鬼族さんと鍛冶人族さん。
「オイ、今日飲ミニ行カナイカ?」
「お! 良いねえ。前飲んだ犬の兄ちゃんにも声かけるか」
「良イナ。俺モフクロウノ友人ニ声ヲカケヨウ」
仕事の後、飲みに行く約束をしていて、私は思わず頬が緩んでしまった。
犬人族さんや、他の少数魔族さんたちともよく飲んでるみたい。
仲良きことは美しきかな。
今度はみんながお酒飲んでるところに潜入しようかな?
なんて思っていたら、飲み会の話をしていた鍛冶人族さんが言った。
「良いところになったなこの街は」
「マッタクダ。森ノ魔族ハ互イニ敵対シ小競リ合イヲ繰リ返スノガ常ダッタト言ウノニ」
「まさか共に協力して生活する日が来るなんてな。ほんと、夢にも思わなかったよ」
白髭の鍛冶人族さんは感慨深げに言う。
「いつまでもこんな、穏やかで平和な日々が続けば良いのにな」
私もまったく同じ気持ちだった。
みんなが幸せに暮らせるよう、もっとがんばっていかなくちゃ。
そう改めて思った一日だった。




