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38 お城作り


 私たちの国の名前はナギ・ジルベリア王国になった。ジルベリアさんはこの名前を思いついた瞬間からいたく気に入り、私に相談するのも忘れてみんなに言って回ったらしい。

 結果、私が気づいたときにはもうナギ・ジルベリア王国が誕生していてしまったのだけど。


「すまぬ。良い名前だと思ってな。我輩天才か? と皆に言いたくなってしまったのだ。あとはあれよあれよという間にこんなことに」

「いいよ、気にしないで。私も良い名前だと思うし」


 自分の名前を国の名前にっていうのは正直言って抵抗あるけれど。でも、ジルベリアさんと連名ならいいかな。字数的に私の比率少ないし。


「そうだ、レイレオさんから報告があってさ。周辺の新規移住希望者含めて全員分の家ができたって」


 あれから数日が過ぎ、私たちの国はさらに発展を続けている。

 希望者全員分の家が用意され、みんな鍛冶人族ドワーフさんが建てた新しい家に移り住んでいた。

 お洒落な石畳の街路には、とんがり帽子の街灯が設置されて夜も活動できるようになった。私の能力により緑でいっぱいの並木通りが作られ、花壇では季節の花が揺れている。街の中央をはしる小川にはアーチの橋がかかり、その両脇には水車小屋が建ち並んでいた。


「ナギ、城を作ろう」


 ジルベリアさんが言ったのはそんなある日のことだった。


「城?」

「うむ。我輩たちの威光を示すためにも巨大で立派な居城が必要だと思うのだが」


 巨大で立派な居城……。

 前世で隣人のいびきが聞こえるレベルに壁が薄い六畳ワンルーム暮らしだった私的には今の環境でも十分すぎるくらいなんだけどな。

 しかしみんなに意見を求めたところ、


「城ですか! 素晴らしい。我も是非騎士として城の警護をしてみたいです」

「あたしも! あたしもしてみたいっす!」

「私はお掃除がしてみたいです、とシトラスは期待に満ちた目でナギ様を見つめます」

「窓ふきとカーテンのアイロンがけがしたいです、とライムは元気よく手を上げます」


 ドラゴンさんたちは、みんな目を輝かせて私に言ったし、


「ノエルもおしろがいい!」


 ノエルちゃんはさらにキラキラの目で私に言った。


「であろであろ! 良いよな、城!」


 ノエルちゃんの手を握って言うジルベリアさん。

 そうだった。御伽話好きの二人に城という言葉はこうかがばつぐんすぎる。


「いや、でも私はお城なんてすごいの建ててもらわなくても――」

「任せて。ノエルがそう言うと思って、じいじもう設計図描いてるから。すごいの作るから」


レイレオさんはにっとノエルちゃんに笑いかけて言った。


「やった! じいじだいすき!」

「じいじもノエルのこと大好きだよ」


 笑いあう二人はとっても微笑ましくて――って今はそれどころじゃない。


「本当にお城なんて建てられるんですか?」

「うん、できるよ。というか僕も久しぶりに大きな仕事をしてみたい気分になってきててさ。むしろ作らせてもらえないと手のふるえが止まらなくなるというか」

「……それはもはや依存症なのでは?」

「言われてみればそうなのかな。まあ、ダメならダメで別のもの作るからいいんだけど」


 特殊な人だった。

 でも、そっか。お城かぁ。

 私だって女子なわけでお城への憧れがまったくないわけじゃない。某夢の国とか一人で行っちゃうくらいには好きな方だったし。

 やばい、お城ちょっと良いかも。

 遠慮しないで良いと言われると、お城住みたい願望が自分の中からふつふつと湧き出てきた。

 ジルベリアさんもお城の方がいいみたいだし、これはもう作るしかないよね!


「よし、それじゃ建てちゃおっか、お城」


 こうして、竜の山の麓に私とみんなのお城ができることになったのである。






 建設予定地は、荒れ地を造成して作った街の奥にある一等地に決まった。

 周囲には美しい小川と黄緑色に輝く芝生が広がるとても素敵な場所だ。って、芝生の方は城の建設が決まってから私がソラちゃんと一緒に植えたのだけど。


「さあ、みんな最高の城作ろうか」

「はい! レイレオさん! よし、やっぞてめえら!」

「私たち大鬼族オーガ一同も誠心誠意励みます」

「オ任セクダサイ姫様。行クゾ皆! 我ラノ力ヲ見セルトキダ!」


 大歓声が上がる。みんなやる気十分みたいですごくうれしい。

 まず取りかかったのは、基礎工事。支持層と呼ばれる硬い岩盤まで土を掘り、細かく砕いた石を敷いて地面を転圧する。

 こうして安定した地盤を作ってから、その上にレリア鋼で組んだ鉄筋と外周の型枠を設置し、そこに『マランカランの土』と呼ばれる特殊な土を流し込む。

 この土はレイレオさんが発明したもので、生石灰、火山灰、火山岩と水を混ぜ合わせて作る。直射日光にさらさず、適切な温度と湿度で保って養生させれば、城塞都市のような大建築物も作れるほどの強度で硬化するのだとか。

 マランカランの土を流し込み、固まるのを待てば基礎は完成。続いて、いよいよお城本体の製作。

 しかしまずその前段階で、どういう外観のお城を作るのかという問題があった。

 私としてはノイシュヴァンシュタイン城的なお洒落で品が良くうっとりするようなお城がいいなぁ、という願望はあったのだけど。鍛冶人族ドワーフさんたちはそんな前世のお城知らないわけで、私はそれを形にして伝えなければならない。

 羽根ペンを手に、羊皮紙とにらめっこするけれど、しかしこれがとにかく難しかった。頭の中のお城はすごく素敵なのに、私の描いたものは幼稚園児の落書きレベル。美術2だった自分の残念な絵のセンスがここで露呈していた。


「……我輩こんな地獄みたいな城住みたくないぞ」

「違うんだよ。頭の中のお城はほんとに綺麗なんだって。ただ、描くとなぜかこうなっちゃって」

「我輩も絵画というのは経験が無いからな。イメージの元になった城を知ってるのもナギだけだし」

「私が……私が何とかしなければ……」


 憧れの素敵なお城生活をなんとしてでも手に入れるため、机にかじりついて奮闘する。

 そんな私にノエルちゃんが言った。


「ノエルはこういうのがいい!」

「おお、良いな! 精巧ではないがよく雰囲気が出ておる」


 ノエルちゃんが描いた絵に、ジルベリアさんは緋色の目を輝かせる。

 それはたしかに、子供らしい空想がぱんぱんに詰まった素敵なお城の絵だった。

 私が作りたかったノイシュヴァンシュタイン城の感じもばっちり出ている。小さいのに私が書けなかった絵を私以上にうまく書いちゃうなんて……。


「こ、この子、もしかして天才なんじゃ……」

「いや、ただの子供が描いた絵ではないか?」


 手をふるわせる私にあきれた声でジルベリアさんが言う。


「でも、見て。私のより五億倍うまい」

「ナギが下手なだけだぞ」

「ぐはっ」


 つうこんのいちげき!

 現実は時に鋭い刃となって私の心を裂く。


「その絵のイメージと言うと、こんな感じかな」


 レイレオさんがさらさらと羊皮紙にペンをはしらせる。

 ものの数分で描かれた絵に、私は言葉を失った。


「……レイレオさん、絵もめちゃくちゃうまいんですね」


 美術館に飾られてそうなレベルなんだけど。簡単に描いてたのに描き込みすごいんだけど。


「設計図を描くことは多いからそのおかげかな。お城の方はどう? 再現できてる?」

「完璧です。むしろ私が想像してたのより綺麗です。言うことないです」


 純白の壁に等間隔に並ぶ窓。濃い群青の屋根は落ち着いた上品な雰囲気。円錐状の尖塔は小人の帽子みたいにかわいらしい。


「よかったよ。じゃあ、これでいこう」


 こうして、ノエルちゃんとレイレオさんの力を借りて外観は決定。

 ここからはそのデザインに基づいて建物を作っていく。

 まずは図面作り。絵の中のお城を現実のものにするため、平面図と構造図を作っていく。倒れたり傾いたりしないよう、強度計算もしっかりと。レイレオさんが書いてる数式の羅列は文系の私にはさっぱりだったけど、見えないところまで手を抜かずにしてくれてることは私にもわかった。

 平面図と構造図ができたら次は加工図。柱、梁、床、壁などの寸法と形状を拾い出していく。必要な部材の形状が図示できたら、型枠を組む。墨を使って印をつけてから建て込んでいく。ほんの少しの狂いも許されない重要な作業だ。水準器を使い、精密に角度を調整する。

 型枠の準備が整ったら『マランカランの土』を流し込む。後で知ったけどこの土は、パンテオン神殿やフラウィウス円形闘技場を作ったローマンコンクリートに近い組成をしているらしい。劣化の原因となる二酸化炭素や塩分の染み込みを、火山灰が妨げて耐用年数が長くなるのだとか。

 って、これはレイレオさんの受け売りでちゃんと私が理解できているかは怪しいところなんだけど。

 土が固まって強度が出たら、型枠を解体して外していく。できたお城の壁は、私が想像していたよりずっと綺麗だった。表面はすべすべで、頬ずりしたくなるほど。

 塗料で白く塗っていくと、思い描いてたそのままお城が目の前に現れて、私は愕然とした。

 なにこれ、本当にできちゃってる……。

 鍛冶人族ドワーフさんの技術すげえ、すごすぎだよ。私じゃ何百年かけてもこんなのできないよ。

 こだわってくれたのは外見だけじゃない。内装にも鍛冶人族ドワーフさんたちは全力で力を注いでくれた。

 吹き抜けの広々としたエントランスの先には、二重の螺旋階段。宝石みたいに輝くシャンデリアが部屋中隅々まで暖色の光でやさしく照らしている。

 大理石の床は鏡のように磨き上げられ、ゲスト用らしいラグジュアリーソファーとテーブルが並んでいた。

 うん? どこの高級ホテルかな?

 ついぞ体験することの無かった最高品質の空間が広がってるんだけど。六畳ワンルーム豚こま暮らしだった私的には、大分足下おぼつかない感じなんだけど。


「申し訳ありません。ご不満だったでしょうか、とシトラスはナギ様のお顔を伺います」


 内装を担当してくれたシトラスさんは心配そうに私に言った。


「竜王国で見た王宮を参考に、それに負けないようできる限り努力したのですが……」

「いやいや、全然不満じゃない。むしろすごすぎてびっくりしただけだから」


 私はあわてて言う。


「すごく良い仕事してくれてありがとう。こんなに良いところに住めるなんて夢みたい」

「がんばった甲斐がありました、とシトラスは胸をなで下ろします」


 ほっと息を吐くシトラスさん。

 いつも一生懸命私のためにがんばってくれて。

 こんなに大事にされていいのかなって思っちゃうくらいだ。


「当然だ。シトラスは我輩とナギのメイド長だからな」


 満足げにうなずくジルベリアさん。


「にしても、これにはさすがの我輩も驚いたぞ。よもやここまで見事な王城を作るとは」

鍛冶人族ドワーフの方々が努力してくれたおかげです、とシトラスは感謝を伝えます」


 ぴょこんとその背中から顔を出したのは副メイド長さんだった。


「お部屋の方はもっと見事ですよ、とライムはご主人様二人に弾んだ声で申し上げます」

「なに!? 誠か!? よし、案内せよ!」


 二人に案内されて私たちは二重の螺旋階段を上った。鮮やかな真紅の絨毯ときらびやかな照明が迎えてくれる。五階の廊下を抜け、シックなアズティックブラウンの扉を開けると、そこにあったのは学校の教室二つ分ほどある広々とした部屋だった。

 テーブル、ロッキングチェア、ラグジュアリーソファー、化粧台、書棚、リビングボード。落ち着いたボルドーレッドの絨毯に、バーガンティのカーテン。何より私の心をつかんだのはキングサイズのベッドだった。

 なにこれ! やわらかい! すごい!

 高級感あるダークブラウンのヘッドボードとフレーム。その上に載った純白の分厚いマットレスは、私の身体をやさしく跳ね返してくれる。まるで宙に浮いているみたいな寝心地だった。こんなに気持ちいいベッドがあるなんて。

 きっと腕の良い鍛冶人族ドワーフの職人さんが手作業で丁寧に作ってくれたものなのだろう。

 なんと良い仕事をしてくれるんだ、とシーツに頬ずりせずにはいられない。

 ダメだ。これ起き上がれなくなるやつだ。ダメになる。私がダメになる……。


「主、傍から見てると大分情けない姿をしておるぞ」

「ジルベリアさんもねころぼうよ。いっしょにだめになろうよ」

「いや、我輩は王者の心を持っているからそんな風にはならぬが」


 やれやれ、と広いマットレスに身体を預けるジルベリアさん。

 瞬間、緋色の瞳が見開かれた。


「な、なんだこれは……!!」

「ね。やばいでしょ。とけるでしょー」

「うむ。だめになる。わがはいだめになるー」


 それから私たちは小一時間ほど、心地よいベッドの上でシーツに頬ずりするだけの生き物になったのだった。



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