34 牛ひき肉のカレーとナン
みんなが協力して作業してくれたおかげで、家作り作業は順調に進んだ。
そうこうしているうちに、五の刻が来て今日のお仕事は終わり。傾いた茜色の夕日を見ながらうんと伸びをする。
今日も一日充実してたなぁ。さあ、この後は一日の疲れを癒やす時間だ。
というわけで、早速お姫様たちを温泉へ連れてきたのだけど、
「ここはどういった施設なのですか?」
お姫様はきょとんと不思議そうに脱衣所から湯気の立つ温泉を見つめた。
お世話係らしいお姫様の侍女さんたちも同じ顔。ってか、お付きの侍女大鬼族さん多いな……。普通に二十人以上いるんだけど。脱衣所に入りきらないんだけど。
「温泉って言ってね。水浴びするところって言ったらいいのかな。温かくて気持ちいいんだ。一日いっぱい働いてくれたからその汗を流してもらえたらなって」
「まあ! ありがとうございます」
お姫様は感激した様子で目を細めて言ったけど、
「ナリマセン、姫様ガ他種族ノ者ニ肌ヲ見セルナド」
お付きの侍女さんはご不満な様子。
あら、あまり良くないことだったのかな。
内心少し反省する私。しかし、お姫様はむしろうれしそうに声を弾ませた。
「良いではないですか。ナギ様は私たちの命の恩人なのですから。それに、私こういうの初めてで気持ちが高ぶってしまいます」
「姫様ガソウ言ウノデシタラ……」
侍女さんたちも納得してくれたらしい。
服を脱いでみんなでいざ温泉へ!
磨き上げられた岩の感触が素足に気持ちいい。形の良い岩を並べて作られた湯船に足をつけて、お姫様は驚いた様子で目を丸くした。
「あ、温かい。不思議な感触です……」
新鮮な反応を微笑ましく思いつつ、私は赤色の温泉に浸かる。
身体をぽかぽか温めてくれる心地よいお湯の感触。体中の力も骨も抜けて、とろとろに溶けてしまいそうなくらい。
ああ、天国的な気持ちよさだよ。
しあわせ……。
「し、失礼します」
そんな私をしばし興味深げに見てから、お姫様はおずおずと温泉に素足を入れる。
ふくらはぎ、ひざ、と順番に。腰まで赤い湯に浸かって、そこで信じられないみたいに言った。
「な、ナギ様……」
「ん? どうかした?」
お姫様は呆然と赤い水面と湯気を手で撫でながら言った。
「これ、すごいです」
びっくりしたその反応がなんともうれしい。
「気に入ってくれたみたいでよかったよ」
私は頬を緩ませてから、「侍女さんたちも遠慮せず入って、入って」と温泉を薦めた。鬼の侍女さんたちもお姫様と同じでびっくりしてから、うっとりと幸せそうに目を閉じた。
よかった。みんなよろこんでくれてるみたい。
「仕事が終わったら毎日好きな時間に入ってくれていいからさ」
「まあ! 毎日入っていいのですか!」
声を弾ませるお姫様。
目を輝かせたのは侍女さんたちも同じだ。
「うん、好きなだけ入って。私がみんなに返せるものって今はこれくらいしかないから」
「そんな、十分すぎるくらいだと思いますけど。この集落の方たちはとても活き活きと生活されているように見受けられました。ゆうきゅう? というものが年間三十日も頂けると皆さん得意げでしたし」
「ううん、まだまだ全然返せてないよ。もっともっとここを良い場所にして、みんなに幸せに過ごしてもらえるようにするから」
就活落ちまくった社会的価値底辺な私を慕ってくれて一生懸命働いてくれる。
そんなみんなの姿がどれだけありがたいか。うれしいか。
いっぱい尽くしてくれるみんなのために、私も自分ができる最大限のものを返していかなくちゃ。
「それに、私の場合はこの後が本番だからさ」
「本番?」
「うん、すっごくおいしい晩ごはん作るから。こうご期待」
私はにっと目を細めた。
ではでは、早速料理の時間。
「よし、今日はカレーを作ろう」
食材は大鬼族さんが貯蔵していたものを持ってきてくれたおかげで豊富にある。
新しく来てくれたみんなの歓迎会も兼ねて、豪勢なごはんを作ってあげなくちゃ。
まずはカレーと一緒に食べるナン作りから。
強力粉、薄力粉、砂糖、塩、はちみつ、ベーキングパウダー、ドライイーストをホイッパーでよく混ぜ合わせる。水を加えて捏ね、生地がまとまったら台に出しバターを加えてさらに捏ねる。生地を丸めてまず一次発酵。ボウルに戻し、三十分ほど寝かせる。
待っている間にルー作り。使用するのは、畑で採れたばかりの新鮮なじゃがいもとにんじん。じゃがいもは一センチ角に、にんじんは五ミリ角に切る。
フライパンにオリーブオイルを敷き、玉ねぎを炒める。小さなふたでぎゅっと押してしばらく蒸し焼きに。かさが減ったら全体を混ぜて、もう一度ふたを押しつける。こうすることで火が入りやすくなりうまく炒められる。
玉ねぎがうっすら透き通ってきたら、牛ひき肉、じゃがいも、にんじんを追加。強火でさっと炒めて火を通したら、塩としょうゆを加えてさっとかき混ぜる。さらに、カレー粉、ガラムマサラ、黒胡椒、にんにく、しょうがを加えて炒めていく。
これにブイヨンを加えて沸騰させ、あくを取りながらじっくり煮込めば牛ひき肉のカレーは完成。
煮込んでいる間に、ナン作り再開。生地を四等分にし、打ち粉をして伸ばす。十分ほど二次発酵させてから、予熱しておいたオーブンで焼く。二百五十度で五分間。両面がきつね色になったらできあがり。
メインができたのであとはサラダとデザート。ロメインレタスとチーズのサラダと、オーブンで焼いた焼きプリンを添えたら、歓迎会パーティーメニュー完成だ!
「できたよ! 食べて食べて!」
鍛冶人族さんが作ってくれた大きなテーブルいっぱいに料理を広げる。
「このような料理、見たことがありません」
不思議そうに料理を見つめるお姫様。
「実に興味深いね」
レイレオさんも観察するみたいにひき肉のカレーを見つめている。
「美味いっ! やっぱりナギの料理は絶品だな!」
満面の笑みでナンにかぶりついてジルベリアさんは言う。
「主ら、早く食べねば我輩たちが全部食べ尽くしてしまうぞ?」
実際、周囲では緋龍族さんたちと犬人族さんが猛烈な勢いで食べ始めていた。
「ナギさんのお料理は元気をくれるんですよ。うちのおばあちゃんなんて近頃、狩りに参加するって言いだすくらい元気で」
「そう言うあんたは背も胸もまったく大きくならないけどね」
「これからだから! これから大きくなる予定だから!」
おばあちゃんの言葉に真っ赤な顔で反論するソラちゃん。
「幸せ味です、とシトラスは緩む頬を抑えます」
「そうですね。これは美味しいと言わざるを得ません。早速おかわりを」
「リーシャロットは食べ過ぎです。そんなことでは一番の部下とは言えません」
「そ、それは……」
その言葉はリーシャさんにはクリティカルヒットだったらしい。
「ナギ様……やはり食べ過ぎるのは良くないのでしょうか」
「え?」
「いえ、ナギ様にご迷惑をおかけしているのかなと。たしかに、もしそうなら一番の部下とは言えないかも知れませんし……」
不安げに言うリーシャさん。
「別に迷惑じゃ無いけどな。たくさん食べてくれるのうれしいし」
実際リーシャさんの食べる量はすごかったけれど、こちらもそれはもう最初から計算に入れている。
私だって、みんなのことをどんどん知っていってるんだから。
「た、たくさん食べてくれるのがうれしい……」
リーシャさんはサファイアブルーの瞳を瞬かせて、シトラスさんに向き直る。
「聞きましたか、シトラス! ナギ様は我のよく食べるところも好印象のようですよ!」
「それはナギ様がお優しいだけです。お手間を取らせている事実には変わりありません」
「しつこいですね。もう怒りました! こうなったら夕食後の勝負で徹底的に叩きつぶします」
「違います。叩きつぶすのは私です」
「「むむむ……」」
いつも通り仲良く喧嘩する二人だった。
そんな二人を見つめつつ、お姫様は手元のお皿に視線を落とす。
「では、いただきますね」
お姫様は慎重にカレーをナンに乗せ、口へ運ぶ。恐る恐るという感じで、小さな牙が覗く口で咀嚼して、それからぱっと目を輝かせた。
「お、おいしいです! これ、すごく!」
うまく言葉にならない様子で言った。
驚いたその顔がなんとも微笑ましい。
「こんなに美味しい食べ物があるなんて……信じられない……」
レイレオさんも目を見開いて言う。
「すごいね、止まらない。止まらないよ」
「じいじがそんなにたべるのはじめてみた」
「うん、僕はあんまり食に興味が無い人だからね。でも、これはすごいな。本当にすごい。びっくりしたよ」
ふふふ、そんなにすごいかなぁ。
めっちゃ褒めてくれて私は頬をゆるみに緩ませる。
今夜は二人の反応を思い返しながら幸せに眠れそうだよ。
にやにやしながら私もカレーを口に運ぶ。香辛料の香りが鼻の中で弾ける本格カレーは、私が想像していたよりさらにおいしかった。
あとをひく辛さの中に野菜とひき肉から出た濃厚な甘さが合わさって、目を閉じてうっとりせずにはいられない。
ああ、幸せだ。幸せ味だよ。
落ちそうになる頬をがんばって支えているうちに、幸せなカレーの夜は過ぎていったのでした。




