プロローグ 誤解
真っ暗な闇の中、■■は部下の報告に呆然とした。
「大鬼族の洗脳が解けた……?」
言葉を失う。少しの間固まってから首を振る。
「ありえません。狂化の禁術は確実に作用していました。あれを解くなど聖女の奇跡か、高位森精族の秘術でも使わないことには」
「事実です。詳細は不明ですが、噂では彼の者は大鬼族と鍛冶人族を仲間にし、さらに勢力を拡大したとか。変異種である大鬼族の姫との戦闘を制したとのことでした」
「あの姫君を……」
■■は絶句してから続ける。
「……なるほど。さすが禁術を解くだけのことはある。彼の者は相当の実力者であるようですね」
「いかがいたしますか? 聖域に工作する前に、潰しておくという手も」
「いえ、問題ありません。『神樹の森』の急所は聖域です。神樹さえ潰してしまえば、森は滅びを待つしか無い。その術として、我々には“あれ”もありますから」
「そうですね。“あれ”もあります」
部下はにやりと口角を上げてうなずく。
「何より、最大の脅威である緋龍族は既に排除してある」
「ええ、その通りです」
■■は自信に満ちた笑みを浮かべ続ける。
「彼の者がいくら強者とは言え、緋龍族ほどの力はまずありませんから。我々が作り出した石死病を解く術はこの世界には存在しませんし。勝利は既に我らの手の中にあると言って良いでしょう」
指の先、ワイングラスで紫色の液体が揺れる。
重大な誤解と見落としがあることに、この夜彼らは最後まで気づかなかった。




