32 ささやかな後日談その2
そしてあっという間に数日が過ぎた。
集落に帰った私を、みんなそれはもう喜んで出迎えてくれた。
「ナギ様、おかえりなさい!」
ソラちゃんは全速力で駆けてきて私を見上げたし、
「よくぞお戻りになられましたナギさん。お疲れでしょう。今日はごゆっくりお休みください」
おばあちゃんはそう言って私の荷物を持とうとしてくれた。
「おかえりっすナギ様! うちの集落の平和はあたしたちがばっちり守っといたんで安心してくれていいっすよ」
「畑の拡張や温泉の整備も進めておきました、とライムは胸を張って報告します」
副長さん二人はぶんぶんと竜の尻尾を振って言ったし、
「御無事で何よりです、とシトラスはご主人様の帰宅に声を弾ませて出迎えます」
シトラスさんもぶんぶんと竜の尻尾を振って出迎えてくれた。
やっぱりわんこだ、このドラゴンさんたち。
ともあれ、私は愛されてるなぁと幸せな気持ちになりながら私は日常に戻った。
それからの日々は穏やかに進んでいる。
出発前は小さかった芋の葉っぱが大きくなっていたり、ソラちゃんの身長が少し伸びてたり。
ささやかな出来事に小さな幸せを噛みしめながら、私は集落をちょっとずつより良くしていけるよう励んでいる。
「まだ帰らないのですね……とシトラスは肩を落とします」
夕食後、シトラスさんは大空洞の方を見てしょんぼりしていたけど。
いつもなら、一緒にボードゲームしてる時間なのにって思ってるんだろう。
そんなある日のことだった。
「ナギ様! 大変ですナギ様!」
集落の中が大変な騒ぎになったのは。
「上位魔族の大軍がこの集落にッ!」
え、うそ、やばいじゃん!
あわてて現場に向かった私の目に映ったのは、リーシャさんとシトラスさん、大鬼族のお姫様、そして鍛冶人族のレイレオさんとじいじ2号もといセードルフさんが談笑している姿だった。
「よく帰ってきましたね、リーシャロット。てっきり私に恐れを成して逃げたのかと思いました、とシトラスは宿敵を出迎えます」
「それは我の台詞です! 今の我はナギ様との遠征を経て、かつての十倍、いや百倍の力をつけていると言っても過言ではありません。今日の夕食後の勝負ではまず間違いなく我が勝利することでしょう。逃げるなら今のうちですよ」
「それでしたら私も同様です、とシトラスは宿敵の思慮の浅さに嘆息します。私は貴方が不在の間に、千倍の力をつけました。勝つのはまず間違いなく私です」
「いえいえ、さっきのは言い間違いですから。我はもう一億倍力をつけてます」
「一兆倍」
「じゃあ、我は十兆倍です!」
早速小学生みたいな言い争いしてるし。
二人とも、一人ずつ話してるともっと大人な印象なんだけどな。
幼なじみだから、話してると子供時代に戻っちゃうんだろうか。
「とにかく、夕食後絶対勝負ですよ!」
「望むところです」
結局のところ二人とも一緒に遊びたいんだな。
もっと素直になればいいのに、と微笑ましく見ていた私に、声をかけたのは大鬼族のお姫様だった。
「ご無沙汰しておりました、ナギ様」
そう言って美しい所作で一礼する。
「なんだ。上位魔族って大鬼族さんか」
ほっと息を吐く。
事情を聞いてなかった犬人族さんが勘違いしたんだろう。
「でも、どうしてここに? 大鬼族さんこの辺に何か用事あったの?」
ものすごい数の大軍連れてるし。何目的の遠征なんだろうか。
「いえ、実はナギ様にお願いがございまして」
お姫様は白百合色の髪を揺らして深く頭を下げた。
「我々大鬼族一同を是非、ナギ様の元で働かせていただけないでしょうか」
「…………へ?」
予想外の言葉に、脳が一瞬機能を停止する。
「リーシャさん、どういうこと?」
「話し合いの結果、皆でナギ様の元へ移り住みその下で働くことでご恩を返したい、と大鬼族の方たちが強く希望しましてですね」
「畜生に落ちた我々を救っていただいた。このご恩、是非ともナギ様の下で働いて返したいと思っております。どうか私共の我が儘を聞いていただけないでしょうか」
お姫様は切実な様子で言った。
「も、もちろん。仲間になってくれるのなら大歓迎、というかこっちからお願いしたいくらいだけど」
いいのかな。すごく強い大鬼族さんなんて仲間にしちゃって。
いや、ドラゴンさん仲間にしてる時点で今さらなんだけど。
「ありがとうございます! 救って頂いたご恩をお返しするべく、我々大鬼族一同全身全霊でナギ様のために働きます」
お姫様は私の言葉にまた深く頭を下げる。
まさか、大鬼族さんが仲間になってくれるなんて……。
ともあれ、これで集落の規模と戦力は大幅アップ。
その強靱な体力で、今までできなかったような大規模工事だってできちゃいそうだし。
これは頼りになるなぁ、って、いけない。鍛冶人族さんのことを忘れていた。
「で、レイレオさんとセードルフさんはどうしてここへ?」
「用件としてはそちらのお姫様と同じかな。助けてくれたナギさんのために、職人として力を貸したいという声が非常に多くてさ。そこにどうせなら復旧するより一からもっと大きな都市を作りたいという技術者としての欲も加わって、この集落に移り住むお願いに来たんだ」
「俺たちもナギさんの下で働かせてください。皆で力を合わせて、この世界の誰も見たことが無いようなすげえ街を作ってみせますから」
二人の言葉に私は情報の処理が追いつかなくてくらくらする。
え? 仲間になってくれるの? ほんとに?
すごくうれしいけど、実感が湧かないというか全然気持ちが着いていけないというか。
「あ、ありがとう。もちろん歓迎するけど」
「うん。任せて」
「最高の仕事をします」
レイレオさんとセードルフさんは満足げにうなずく。
そこでリーシャさんが私に近づいて言った。
「あと、大鬼族の下で暮らしていた下級魔族たちも仲間になりたいと言っているのですが構いませんか?」
よくよく見ると、たしかにフクロウさんたちや他の魔族さんの姿も見える。
「それはもちろん、構わないけど」
言いつつ、私は改めてその数に圧倒される。
こんなにたくさんの魔族さんが仲間になってくれるなんて。
これはもはや街を通り越して国ができちゃうような。
しかし、仲間になれて喜ぶみんなの姿を見ているうちに、段々と実感が湧いてきた。
これだけ仲間がいれば、一体何ができるだろう? きっとどんなことだってできるはずだ。
ただ数が多いだけじゃ無い。
大鬼族さんはすごく強いし、鍛冶人族さんは技術をたくさん持ってる。
犬人族さんたちはとっても真面目に働いてくれるし、他にもたくさんの魔族さんたちがいて。
何より、伝説の緋龍族さんまでいるのだ。
私たちなら、きっとみんなが想像もしてないような大きなことだってできちゃうはず。
世界征服も――ってさすがにそれはちょっと厳しいだろうけど。
でも、新人女神様のためにもどんどん勢力を拡大していきたいところだ。
街を作って、国を作って、もっともっと仲間を増やして。
ああ、夢が広がるなぁ。
『やさしい人になりなさい』
最期にお母さんはそう言った。
自分がそうなれているかはわからない。
お母さんに聞いたら、『まだまだだ』って笑われちゃうような、そんな気がする。
だけどなるべく近づけるように。
お母さんに誇れる自分になれるように。
私は生きていきたいなって思っている。
拝啓、天国のお母さん。
私は今、毎日がすごく楽しいよ。
というわけで、第一章完結です。
ごはんで仲間を増やし、鬼退治ということで桃太郎が裏テーマだったりする一章なのですがいかがでしたでしょうか。
更新多くなってしまって申し訳ありません。
明日からは第二章更新していきます。
個人的には一章より好きなので、楽しんでいただけたら幸いです。
それでは。




