27 大鬼族(オーガ)
魔王厨房で作る料理には完全回復の付与がつく。これを利用し、体力を回復させて顔の傷を治し、さらに気絶状態から起こそうというのが私の考えた作戦だった。
大木のような手足をしっかり縛り付けてから、携帯食として残しておいた一口パイを口に入れ、水で流し込む。
巨大な身体が淡い緑色に発光する。顔の傷がみるみるうちにふさがっていく。
目覚める前に、リーシャさんは大鬼族の頭に、厚手の袋をかぶせた。
「何をしてるの?」
「こうした方が効率的ですから」
「効率的?」
一体何を言ってるんだろう、と首をかしげる。やがて、大鬼族は目覚めたらしい。表情は見えないが、袋の中からくぐもった声がする。
「ム。オレハ一体何ヲ」
「あなたは既に完全に拘束されています。これから、いくつか質問をしていきますので正直に答えてください」
リーシャさんは感情の無い声で淡々と言った。
「我があなたに望むのは誠実さです。あなたが誠実であれば、あなたはこの場から生還できる可能性があります。誠実さだけがあなたを救うことができる。もし、誠実で無い行動が見受けられた場合、我はあなたにかぶせたそれに水を入れていきます。死に方にはいろいろありますが、溺死というのは特に苦痛なもののようですね。誠実なあなたには関係ない話だと思いますが」
「…………」
やり方がプロフェッショナルすぎて怖い。
「ア、アア! 誠実ニスル! イヤ、シマス!」
大鬼族はひどく怯えた声で言った。
敬語になっちゃったよ。めっちゃ効いてるよ。
「では、第一問。あなたの名前は」
「アクラ。アクラダ」
「良い名前ですね。次、第二問。拘束される直前、何故あなたはあの場所に現れたのですか」
「見回リダ。見回リヲシテイタ、ト思ウ」
「思うというのは?」
「先ホドマデノ記憶ガ不鮮明ナノダ。自分ノコトナノニ自分ジャ無イヨウナ感ジガスル。マルデ誰カニ操ラレテイタカノヨウナ」
「都合の良い嘘を吐いて誤魔化そうとするのは誠実な行いとは言えませんね。残念です」
「本当ダ! 本当ナンダ! 信ジテクレ!」
必死で袋の中からくぐもった声で訴える大鬼族のアクラさん。
なんだか、かわいそうになってきたな……。
もっとも、今の言葉は私も嘘なのかなって思ったけど。尋問される側の言葉としては都合良すぎだし。
「それは今後のあなたの心がけ次第です。では、第三問。何故他の魔族を連れ去っているのですか」
「奴隷トシテ労働サセ、我ラノ地下帝国ヲ作ラセル、ノガ目的ダッタト思ウ」
地下帝国……なるほど、それで鍛冶人族さんの建築技術が欲しかったのか。
「第四問。何故今奴隷の魔族たちは檻にいないのですか」
「労働ノ時間ガ終ワッテイナイカラダ」
「もう日が暮れてかなりの時間が経っていますが」
「奴隷ニ休息ハ必要ナイト、オ歴々ハ考エテイル。動ケナクナルマデ働カセ、倒レタトコロデ初メテ休息サセル。ソレクライガ下等種ニハチョウドイイノダ、ト」
「…………」
許せない。絶対に許せない。
休息が必要ないだって? 動けなくなるまで働かせるだって?
なんというブラック。
こんな労働環境あっていいわけがない。
働く人の人生をなんだと考えているのか。
私の場合は働きたくて働いてたからまだ良かったけど、働きたくない人を強制的にそこまで働かせるなんて。
仕事というのはあくまで、人生を良いものにするための一過程でないといけない。
しんどかったり、つらかったりすることもあるけれど、あれも良い経験だったな、とかあの仕事ができたことは私のちょっとした自慢だな、とかそういう充実感のためにあるわけで。
だから、人生が先で仕事が後。人生より大事な仕事なんてないし、仕事のために人生を台無しにするなんてあってはいけない。
やりすぎて台無しにしちゃった私だからわかる。
そんなのは絶対に間違ってる。
「大鬼族め……絶対に許さないぞ……!!」
「おお、ナギよ! 目が燃えておるな! 良いぞ!」
こんな労働環境は絶対に許すわけにはいかない。
そう、闘志を燃やしていた私を余所に、リーシャさんは質問を続ける。
「第五問。この大空洞の大鬼族が巨大化し、急激に強くなったのは何故ですか」
「霊酒ノ力ダ。アノ人間ガ持ッテキタ酒ヲ飲ンデカラ我々ハ――」
「お酒?」
「ソウダ! 姫様ヲ! 姫様ヲ助ケテクレ!」
大鬼族が叫びだしたのはそのときだった。立ち上がろうとし、バランスを崩して地面に転がる。
「オレノ命ハドウナッタッテイイ! イヤ、ヨクナイガシカシ姫様ノタメナラ本望ダ! ダカラ――」
「大人しくしなさい。それでは誠実な行いとは――」
「待って、リーシャさん」
絶対零度の声で言うリーシャさんを制す。
「何があったの?」
「アレハ、アル嵐ノ夜ノコトデシタ……」
私の問いに、大鬼族さんは静かな声で話し始めた。
その当時、この周辺の地域は魔獣による被害に頭を悩ませていたらしい。
巨大化した魔獣たちは作物を荒らし、森の豊かな果実を根こそぎ奪い去った。
とはいえ、第四森域で暮らす大鬼族にとって、それはそこまで深刻な状況では無かったと言う。大鬼族にとって魔獣は、数で押せば十分勝利できる相手だった。
苦しむのは周辺の第二森域、第三森域の下級魔族だった。食料は失われ、魔獣の脅威の前に安心して外を歩くこともできない。
この状況に、大鬼族の長である『姫様』は心を痛めていたのだそうだ。
なんとかしてあげたい。する方法はないかと日々考えていたという。
姫様が気に病む必要は無い。配下の大鬼族たちは諫めたが、姫様の意志は変わらなかった。
『私たちは同じ森の仲間です。仲間の危機に何もしないなんて、間違っています』
それから、こう続けた。
『それに、もし周辺の魔族さんたちを救うことができたなら。私たち大鬼族も怖がられず共に暮らせる魔族になれるかもしれませんから』
大鬼族たちは、その強さと見た目のせいで周辺魔族に怖がられ、遠ざけられることに悩んでいたのだそうだ。
自分たちの悪いイメージを払拭するため。そして周囲の魔族に好いてもらうため、大鬼族たちは住処にしていた大空洞を拡大し始めた。
大空洞の中は魔獣が出ることもない安全な場所だ。ここを大きな一つの街にして迎え入れれば、周囲の魔族たちも安全に暮らすことができる。
まず、始めにやって来たのは森梟族だった。彼らは大鬼族たちに深く感謝し、周囲の仲間にも大鬼族が怖くないことを伝えた。
大空洞は様々な魔族で賑わう場所になりつつあった。
そんなときだった。
一人の男が大空洞を訪れたのは。
『道に迷ってしまって。よろしければ、夜が明けるまでここで雨宿りをさせてもらえないかと』
黒い法衣を着た人間の男だった。
人懐っこい笑みを浮かべた彼は、決して悪い人間には見えなかった。
大鬼族たちは快く彼を迎え入れた。来客を祝って、その日は簡単な宴まで催されたそうだ。法衣の男は持っていた酒瓶を開け、皆に振る舞った。
その酒は信じられないほど甘く、美味しく。大鬼族たちは我先にと奪い合うように飲んだ。
そして気づいたときには、怪物になっていたという。
「強イ痛ミト飢餓感デマトモニ考エルコトモデキナイノデス。唯一ノ快楽ハ奪ウコト。踏ミニジリ、蹂躙シ、苦シム姿ヲ見テイルトキダケ、痛ミト飢エヲ忘レルコトガデキマシタ。ダカラ朦朧トスル意識ノ中我々ハアンナコトヲ……」
「随分と都合の良い言い訳ですね」
「本当ナンデス! 信ジテクレ!」
冷たく言うリーシャさんに頭を下げるアクラさん。
六メートル近くある身体を小さく折って言うその姿に嘘があるようには見えなかった。
「でも、どうしてアクラさんは元に戻ったの?」
私の問いに、アクラさんは黙り込む。
「ワカラナイ……。ダガ、何カトテツモナク美味シイモノガ口ニ入ッテキタ。スルト痛ミト飢エガ嘘ミタイニ消エタノデス」
おいしいものが口に?
あ、魔王厨房の完全回復能力だ。
そういえば、起こすためにパイ食べさせたっけ。
そっか。それで、黒い法衣の男が飲ませたお酒による洗脳が解けたんだ。
「ドウカ、姫様ヲ……姫様ヲ助ケテクレ。姫様ハ何モ悪クナイ。タダ、周囲ノ皆ヲ救オウトシタダケナンダ。俺ノコトハドウナッテモイイ。デモ、姫様ダケハ。姫様ダケハオ願イシマス」
アクラさんは頭を床につけて言う。
配下の魔族さんにそこまでさせるなんて、お姫様はきっと素敵な人なんだと思う。
強さに驕ることなく、他の魔族さんたちを助けようとした。自分でない誰かのために行動するなんて、簡単にできることじゃない。
アクラさんだってそうだ。今、お姫様のために上位魔族のプライドを捨て、一心不乱に頭を下げている。
そんな誠実な魔族さんたちが苦しむなんて間違っている。
形上とは言え、私一応魔王だしね。苦しむ魔族さんはやっぱ助けてあげないと。
「わかった。ベストを尽くすよ。でも、別にお姫様だけ救わなくてもいいんだよね?」
「エ?」
私は、ジルベリアさんとリーシャさんに悪い笑みを浮かべて言った。
「私思いついちゃった。二千対二十八の戦争に勝つ方法」




